第4話
マスタードーナツ。通称マスド。低価格で美味しく、また安価な飲み放題もあり、ここいらの高校生のたむろスポットになっている場所である。
もちろん、われわれ
どちらかと言えば陰キャ寄りな俺ですら吉岡に誘われて来る事もある。
そんな店の一番奥のテーブル席に座るのは三人。
俺、吉岡、陽川。
おい吉岡!矢野さんは結局いねえじゃねえか。いや、まあ、いなくて良かったんだけどさ。向こうがどう思っているかは知らないけど俺は気まずいし。
各々がドーナツを買ってきて席についた瞬間、陽川は『待ってました』と言わんばかりに口を開いた。
「で、早速なんだけどさ、けんちゃん聞いてよ」
吉岡は「おう」とは返事はしたものの興味なさそうにドーナツをほうばり始めた。
俺には話しかけてなさそうだけど、一応頷いてはみせて、陽川の方へ視線を向けた。
「滝沢さんってさ本当にひどいのよ。今までエマがどれだけ我慢してきたか」
吉岡が返事をしないため、仕方なく俺が頷いてみせる。
「例えば、どんな事があったの?」
すると陽川はお前には話していないと言わんばかりに、キッとキツイ目つきで俺を見た。
彼女からしてみれば俺は、吉岡を誘い出す出すためのおまけ。あくまでも置き物のような存在のようだ。
両手を持ち上げ、ホールドアップのポーズをとって、敵意はないこと、妨害するつもりはないことを伝え、砂糖たっぷりのカフェオレに手を伸ばした。
ただ連れてこられただけなのに酷くないかですかね。
「今までずっとエマは我慢してきたの。でも今回の花はやり過ぎ。さすがにあれはないわ」
それはごもっともな意見だ。もし登校して、自らの机の上に花が置かれていたならば、どんな反応をすれば良いのか、なんて想像もつかない。
俺だったら、何も見なかったことにして、黙って帰って不登校になってしまうかもしれない。
矢野さんはそうならなければ良いけど。心配だな。
俺に心配されるのは心外かもしれないけれど、同情せずにはいられない。
「今までだって、
「まるでストーカーみたいだな」
吉岡が陽川のドーナツに手を伸ばしながらそう言った。
どうやらその行為を咎めるつもりはないらしく、陽川のドーナツは吉岡の胃袋の中へと消えていく。
「でしょ!本当にストーカーなの。けんちゃん。なんとかしてあげられないかな?」
「酷いとは思うけどさ、実際にそれを見たわけでもないからな俺達は」
吉岡の言う通り、一方的な話を聞いただけでは全てが全て、本当の話しなのかはわからない。
矢野さん思いの陽川の事だ。多少は話を盛りもしているだろうし。
しかし、周囲からの滝沢の評判はあまりにも悪い。そのせいか、なくもない話しなのではないかとも思ってしまう。
「幼馴染の私の話が信じられないの?」
「別に信じてないってわけじゃあないさ」
「それだったらさー、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから、私がやろうとしてることを手伝ってよ」
「……俺はパス。バイトと推し活で忙しいからな。話を聞くだけならって言ったろ。────さてと」
そう言って吉岡はバッグを拾い上げて肩に掛ける。
「これからバイトだから、あとはゆっくり二人で話してくれよ。労働前の良い腹ごしらえになったわ。じゃあ、また明日な」
「ちょっと、けんちゃん!」
その後を慌てて追いかけていく陽川。
二人が座っていた二人がけのテーブルの上には、空になった二枚の皿だけが残された。
結局、俺はなんでここに呼ばれたんだ?
「はあ」
ため息をついたあとドーナツに手を伸ばし、一人さみしくほうばる。
こんな時だからか、いつも教室で孤立して、一人でいる滝沢の姿が脳裏に浮かぶ。
今の自分の姿と、一人ぼっちの滝沢の姿が重なったのだ。
滝沢はなんで、矢野さんの机の上に花を置いたりしたんだろうな。……もしかして一人が寂しいから?
それはないか。滝沢の行動原理がわからない以上、断定する事はできない。
いや、わかったとしても断定はできないな。
孤独とドーナツを胃袋に収め、三人分の皿を纏めて出口に向かった。
「まったく、どうしてかね」
そういや横島先生に連れて行かれる時、滝沢も同じような事を呟いていたな。
どこか寂しそうな表情の滝沢の横顔が脳裏にこびりついていた。
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