第34話

 放課後になっても、滝沢の席には荷物は取り残されたまま、本人が戻って来る事は無かった。


 あいつは、どうしちゃったんだろうな。


 滝沢に連絡を取るべくスマホを開くと、メッセージが一件届いていた。


『陽葵の学校にストリーが居るんだってな!こっちでも噂になってる。』


 メッセージの送り主は笹川秋人。

 既に昨日の出来事が他県の高校まで情報が拡散されてしまっているようだった。


 しかし、不可解だったのはその後に続く文字列だ。


『でも、それってある意味ニセモノなんだよ。

 だって、本物は俺の側にいるからな』


 全くもって意味不明だった。


 何をもって、何をとしているのか。


 本文と一緒に添付されていた画像には、秋人と可愛らしい女の子の自撮りツーショットが映っていた。


 体を寄せ合い、腰に手を回している所を見るに、これが秋人が言っていた彼女なのだと言うことを理解した。


 この機に乗じて、可愛い彼女を見せつけたかったのか。まあ男子高校生たるもの、そんな日もあるだろう。


 「ちょっと待って!誰だよその男」


 俺のスマホを上部から覗き込み、怒気を含んだ声色で吉岡。


 目を合わせると血走っている。ちょっと怖い。


「誰って俺の幼馴染だよ。今はサッカー推薦で他県に行ってるんだけどな、っておい」


 最後までいい終える前に、俺の手からスマホが奪い取られた。


「やっぱり」


「やっぱりじゃないよ。返せ」


 奪い返そうとしたスマホは、吉岡によってがっちりトホールドされていてびくともしない。


「ストリーちゃんだ!」


「はあ?ストリーって今朝話題になってたやつか?それがどこに居るってんだよ。結局断定できたのか?」


 吉岡は血走った目をこちらに向け、右手で俺のスマホ画面に指さした。


「なにもかにも、ここにいるじゃないか!ストリーちゃんが。……志津里アイリたんが!ここ最近全く姿も見せず、仕事もセーブしていたが男になんぞうつつをぬかしていたなんて。ぐぬぬぬぬ」


 吉岡は悔しそうに唇を噛んでいた。唇から血が出てしまいそうな勢いだ。


 そんな吉岡が指し示しているのは、秋人の彼女とみられる女の子。


 そうそう偶然ってのが重なるとも思えないし、吉岡の勘違いって可能性の方が高いと思う。きっと他人のそら似って奴だと思うけどな。


 まあ、そんな事はどちらだって良い。俺にとっては関係のない事だ。


 今は優先しなければならない事があるからな。

 滝沢の安否の方が心配だ。


「とりあえず、俺のスマホを返してくれ」


 秋人にも返信をしなければならないけれど、ひとまずは滝沢が最優先だ。


「おい見ろよ。校門の方。大変な事になってるぜ。ストリーを探しに他校の生徒が集まっているらしいぞ」


 クラスのどこかでそんな声が上がった。


 釣られて窓の外を見ると、人だかりが出来ているのが見えた。


 校門を取り囲むようにして、黒い集団が蠢いていた。 


 どいつもこいつもストリーが好きだな。……好きな理由はわからなくもないんだけど。


「ちょっと、けんちゃん。良いかな?」


 外の様子に気を取られているうちに気がつけばすぐ真横に陽川が立っていた。その横には矢野さんの姿もある。

 矢野さんは今日も麗しいな。


 今朝の出来事のせいで、俺はすぐに目を逸らした。


「ああ。なんだよ姫」


「……帰り、一緒に帰ってほしいんだけど」


「なんでだよ。俺は桐生と談義しなければならない事があるから忙しいんだ。矢野ちゃんと二人で帰れるだろう。しっし」


 犬でも追い払おうとするようにあしらうが、陽川の様子はいつもと違っていた。


 すがるように、吉岡の背中のシャツを弱々しく摘んだ。  


「お、お願い。ミスをしてしまった私が悪いのはわかってる。でも、こんな大事になるとは思わなかったの……」


 いつもとは違う様子に、さすがの吉岡も陽川の手を振りほどく事はしなかった。


「大事な話があるのなら、桐生くんも一緒で構わない。学校から少し離れる間だけでいいから、私たちに、同行してはくれないかしら?」


 今朝の陽川の言い分からするなら、俺とは近づきたくもないし、矢野さんに近づけるなんて言語道断なはずだ。

 それなのに矢野さんも同伴させた上で、俺の同行も許可するなんて、いつでも勝ち気な陽川にしてはおかしい。


 もしかしたら今日の天気予報は槍が降る予報で、その盾にしようとしているのかもしれない。


「……なんかあったのかよ?」


 察したのか、吉岡も懐疑の目を向ける。


「うん。あとで詳しく話すから、今は聞かないで貰えると助かるかも」



「はあ、わーったよ。桐生もそれでいいか?」



 滝沢に何があったのかも気になるが、ひとまずは弱っているクラスメイトを放っておく事もできないだろう。


「俺は別に構わない」


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