第13話
翌日の朝、学校へ向うと、隣の席は空席のままだった。
俺が登校したのは遅刻ギリギリこ滑り込みセーフだった。つまり滝沢は遅刻、又は休みという事になる。
昨日は体調は大丈夫だ、と言っていたのに、もしかしたら俺に気を使って嘘をついていたのかもしれないな。
少し心配だ。
「よう桐生。殿様出勤。ご苦労さん」
いやみったらしく声を掛けてきたのは、一つ前の席の吉岡だ。
「別に遅刻してないんだから殿様出勤ではないだろ。って言うかお前の言葉づかいって、時々おっさんみたいだよな」
俺の指摘が気に食わなかったのか、吉岡は両手を顔の横に突き出して、外国映画で役者が理解が及ばない時に見せるようなポーズをしてみせた。
「あっ、そうそう。なんかさ滝沢のやつ、顔にえらい怪我してたぞ。もしかしたら矢野の親衛隊にでもやられたのかもな。可哀想に」
昨日、矢野さんの家の近くの路上であった事を思い出した。勢いよく顔面から突っ込んで痛そうだったよな。
というか、まてよ……
「なんで滝沢が怪我してること、吉岡が知ってるんだよ?」
「なんだ。お前も知ってんのか」
吉岡は顎に手を当ててははーんと一人で納得してから、後ろ向きに椅子に座り直してこちらに顔を向けた。
「そういや、桐生は矢野に告白して振られてたもんな。お礼参りで女の子の顔あんなにしたら可哀想だろ」
「……俺がやったわけじゃないよ」
俺は追いかけただけで、直接的に危害を加えた訳では無い。
追いかけた事で間接的に怪我をするきっかけになってしまった事には変わりはないが、その両者には大きな開きがある。
「冗談だよ。桐生にそんな度胸ないもんな」
吉岡はヘラヘラと笑う。なんか腹が立つ。
「っていうか、どこで滝沢を見たんだ」
「教室だよ。朝早く来ていたみたいだけど、ちょうど俺が来たタイミングで横島先生に連れていかれたぜ。────今から二十分くらい前かな。まあ、昨日、あんな事をしたんだから自業自得だよな。よく学校に来れたもんだよ。俺だったら恥ずかしくて校門まで来て、引き返しているところだぜ」
「……ああ」
よくよく考えてみればそうだよな。
俺と滝沢は個人的にはわかり合う事ができた。
だがら、矢野さんに関する事件は既に解決したように錯覚をしていた。
しかし、実際はどうだろうか。
事態は何も終息していなし好転もしていない。
それどころか、教室内の空気からして、悪い方向に進んでいる可能性が高いと思った。
教室前方に目をやると、女子生徒数人が矢野さんの周りに集まっている。
聞き耳を立ててみると、全面的に滝沢を批難する声。吉岡と俺意外のクラスメイトも女子生徒達の会話に聞き耳を立てているように感じた。
空気感を感じ取るに、矢野さんを取り囲んでいる女子生徒に肯定的な雰囲気だ。否定的な態度を取っている生徒は一人もいないように見えた。
そりゃそうだよな。今まで滝沢がしてきた事、矢野さんがされてきた事を正面きって聞いたら、滝沢が嫌がらせをしていたようにしか思えない。
滝沢が人付き合いがすごく苦手で、それも超が百個くらい付くほど不器用なせいで、恋愛心理学を間違った解釈をして、斜め上の方法で実践していただけだ。なんて、この場で俺が言った所で、誰も理解を示さないのは火を見るよりもあきらかだった。
せめてもの救いと言えば、矢野さんがその空気には乗らずに、滝沢さんにもなにか思うところが合ったのかもとフォローしてくれている所か。
ナイト様はそんな護衛対象を不満顔で見ているが、個人的にはありがたい。
「なんかさ、滝沢、退学になるかもしれないんだってさ。まあ昨日、姫から聞いた話が本当なら、自業自得だよな」
「はっ!?その話し、本当かよ!?」
「ああ。クラスの女子たちが話してたぜ。矢野は別に気にしてないって言ってたみたいだけど、姫が全部洗いざらい話したらしい」
実際、滝沢のしてきた事は間違っている。
しかし、滝沢凛という女の子のほんの表層とは言え、内面までを知ってしまった俺には滝沢を非難する事はできない。
過ちはあれど、注意をすればこれからは改善をしていける。同じ過ちは犯さない。俺はそう確信していた。
昨日までは敬遠していた女子生徒だったけれど、今、俺の中では彼女の印象は百八十度変わっている。
ただ不器用なだけで、純真で、純朴な一般的な間隔とは少しズレた女の子。それが滝沢凛という人物なのだ。
横島先生に迫られて、滝沢は上手く話すことができるだろうか?……きっと無理だ。
場合によっては他の教師も複数人で滝沢を責め立てているかもしれない。
そう思い立った瞬間、俺はいても立ってもいられなかった。
「どこに連れて行かれたと思う?」
「普通に考えたら、生徒指導室……それか職員室かね?」
「そうだよな」
そう答えると同時に、俺は自席から立ち上がった。
勢いよく椅子を引いたもんだから、キィという音がクラス中に響き渡って、一斉にクラスメイトの視線がこちらを向いた。
「もう、始業ベルなるぞ?」
唐突に立ち上がった俺を、吉岡さえも不思議そうに見ていた。
「トイレだ。先生が来たらそう伝えておいてくれ。年一レベルの腹痛だから、もう戻って来れないかもしれない」
そう言い残し、早足で教室を後にした。
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