第14話

 都合の良い事に、生徒指導室は一階、職員室の隣にある。



 本命は生徒指導室だけど、先に職員室の中の様子を確認する事にした。少しだけ扉を開けて、中の様子を伺ってみる。もうすぐ朝のホームルームということもあり、埋まっている座席の数は少ない。


 扉から見やすい位置にある横島先生の机も当然空席だ。


 となると、やっぱり滝沢が連行されたのは生徒指導室か。


 ゆっくりと扉を閉めてから踵を返す。



 少し歩いて歩みを止めた。


 生徒指導室。


 中から想像していたような怒号のような物が聞こえてくる事はない。


 しかし、なんというか、言葉では現しづらい、禍々しい異様な空気が生徒指導室一角に漂っている。


 なんとか助けようと思ってここまで来たものの、尻込みしてすぐに扉を開ける覚悟はできなかった。


 中がどんな様子か探るために、俺は扉にピタリと耳をつけた。

 壁に耳ありってやつだな。


「……」


 中での会話は途切れ途切れながらも聞き取る事はできた。

 しかし、中での会話の異様さが、耳をついた。


『こんなに顔怪我しちゃって、どうしたのよー。まさか!誰かにやられたの?まさか男!?うちの学校の生徒なら今すぐ言いなさい!お姉ちゃんが締めてあげるから』


 聞いたことのある声、いつもより甘ったるく感じるが、芯の通ったその声は、横島先生の物で間違いない。


 聞いてはいけない物を聞いてしまったような気がして、思わず扉から耳を離した。


 きっと来る場所を間違ってしまったのだろう。


 念の為、顔を上げて、表示札を確認してみるが、そこにはしっかりと『生徒指導室』と表記されていた。


 もしかしたら滝沢はもっと上、校長室なんかに連れて行かれてしまったのかもしれないな。


『だ、大丈夫。わ、私がドジで、一人で転んだだけだから』


 かなり弱々しい声色だけど、静まり返った廊下にかすかに聞こえたその声は滝沢の物で間違いない。


 慌てて扉に耳を寄せる。


『なに言ってるのよ!ただ転んだだけで、こんな風になるはずがないでしょ!お姉ちゃんの目はごまかせないんだから』


 頭の中はクエスチョンマークで溢れていた。


 あの横島先生が滝沢のお姉ちゃん!?お姉ちゃん?……お姉ちゃん。全く意味がわからない。


 というか理解をしたくない気持ちが強かった。


『で、でも、本当だから……』


 滝沢が転んで怪我をしたのは事実だ。しかし、加害者がいたとすればそれは俺だ。主観的に見て俺が悪いかどうかは判断しかねる所はあるが、追いかけ回したのは俺だ。


 にしてもなんで、滝沢が俺の事を庇っているのかもよくわからないし、いや、その前に横島先生がお姉ちゃんってどういう事だよ……


『お姉ちゃん怒らないから、本当の事を話しなさい!』


 野太い声が廊下にも響き渡った。わからん。本当によくわからん。


 そもそも退学うんぬんの話をすると連れて行かれたと聞いたのに、どういう事だ?


『ほ、本当に転んだだけだから……』


 今にも消え入りそうな声色。

 状況もよくわからないし、目的もよくわからなくなってしまったが、なんとなく滝沢を放っておいてはいけない気がする。


 なんか危ない事になりかねないしな。


 よし!


 心の中で頬を叩き、気合を入れて扉を勢いよく開いた。


「ちょっといいですか」


 そこにはやはり、ガタイの良い横島先生と、椅子に座らされて小さくなっている滝沢の姿があった。

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