第26話
朝一番乗りで教室にたどり着いたのは、入学式以来初の事だ。
誰もいない教室は
耽っていても仕方がないから、とりあえずは自分の席に荷物を置いて、朝一番にやってくるはずだった人物を隠れて待つことにした。
教室後方のカーテンに巻き付いて、その人物の到着を待つ。
その人物は五分もしないうちに教室へ足を踏み入れてきた。
かなり挙動不審な感じで、周囲の様子をキョロキョロ伺いながら教室前方に位置する、矢野さんの机へとまっすぐに向かっていく。
その手には、何か紙のような物が握られているのが見えた。
まったく……結局、言いつけは守らなかったみたいだな。危惧していたとは言え、信用されていなかった事に少しがっかり感を覚えつつ、その後ろ姿に声を掛けた。
「滝沢。お前何してんだ」
誰もいないと思っていた教室で、突然に名前を呼ばれたもんだから、小心者の滝沢の肩が大きく跳ね、動きを停める。
背後から近づいていき。滝沢から紙をひったくる。
「手紙はもうやめろって、俺言ったよな?」
滝沢は壊れた首振り人形のように、首肯を繰り返して肯定を重ねる。
「……ご、ごめんなさい」
「とりあえずここで長話はまずい。場所変えるぞ」
パソコンがエラーを吐いたように、その場に立ち尽くす滝沢の手を引いて、教室を後にした。
誰かに話を聞かれるのはまずい。どこか、あまり人がいない場所はなかったかな……
あっ。脳裏に一箇所だけ浮かび上がる。
それは屋上へと続く階段の踊り場だ。
屋上は施錠されていて入れないし、朝のかったるい時間にわざわざここまでやってくる物好きは居ないはずだ。
少なくとも俺なら近づかない。つまり、内緒話をするにはもってこいの場所って事だ。
滝沢の手を引いて、まだ他の生徒の姿がない廊下を進み、屋上へと続く階段を登る。
屋上へと続く扉の前にたどり着き、そこで滝沢を開放した。
いつも通りの怯えたような表情で、俺の出方を見守っているようだ。
「滝沢、今まで矢野さんにやってきたような行動は一切合切慎むようにって、ここ最近、毎日言ってきたよな?」
「う、うん」
後ろめたいことでもあるのか滝沢は俺の目をみようとしない。
元々、コミュ症気味ではあるが、いつも以上に焦りの色が見えた。
「じゃあ、この手紙はなんだ?」
そう言いながら滝沢の前でヒラヒラと手紙を動かすと、俺から視線を逸らしながら滝沢は答えた。
「そ、それは、喜んでくれるかなと思って」
「はあ。今までそれでうまくいったのか?いってないよな?」
「で、でも、次は喜んでくれるかも……あっ……!」
滝沢が口を開いた瞬間に、先程ひったくった手紙を開封した。
糊付けもされていなかったから、簡単に内容物を拝む事ができた。
「……これは酷いな」
滝沢の名誉の為にも口には出さなかった。あくまでも本人的には、人に好かれる為にやっている事。ただ、この手紙を見たら矢野さんが卒倒すること間違いなしだ。かなり拗らせた内容だったとだけ明言させてもらう。
「うぅ……」
力なく崩れ落ちた滝沢と目線を合わせる為に、俺もしゃがみ込んだ。
久しぶりに近くで顔を見たが、顔の傷はキレイに治ったようでホッとした。ちなみに目は合っていない。
「滝沢が実践してきた心理学の使い方は斜め上をいっているんだ。実際、俺があの本を読んで正しく実践した所、あまり仲良くできていなかった陽川とも仲良くなれたし、矢野さんを含むグループの立ち上げにも成功した」
「お、おお!」
滝沢は感激したと言わんばかりに、感嘆の声を漏らし、パチパチと拍手をしてくれた。
だけど、俺が欲しいのはそんな反応じゃない。
「滝沢だって、正しく恋愛心理学を使えば、俺達のグループに入って、矢野さんとも親密になれるはずだ」
「そ、そんな事、わ、私には────」
「無理じゃない!俺だって、一学期の終わりには矢野さんにこっぴどく振られたんだ。それが今は同じグループに入る事にまで成功したんだ。……滝沢にだって、きっとできる」
滝沢が矢野さんにしてきた事を脳裏で反芻してみると、果たしてそうなのだろうかと、自分で言っていながら信念が揺らぎそうになる。
しかし、矢野さんは優しい。天使なのだ。きっと、滝沢の事だって許してくれるはずだ。
「そ、そうかな」
自信なさ気な様子を見せる滝沢の両肩を強く叩く。
少し痛かったのか、片目をつむって崩れた表情を見せた。
「任せろって。だから、この前も言ったけどさ、行動を起こす前に俺に必ず相談してくれ」
「う、うん」
「よし。これで話は終わりだと言いたい所だけど、宿題はやってきたかな?」
「しゅ、宿題?」
「一週間ちょっと前くらいに推しについて考えておけって言っただろ?」
俺が作ったグループはストリーについて話すグループではなく、あくまでも推しについて話すグループだ。
コミュ症な滝沢ではきっと話を合わせるのは難しい。
それならば滝沢に話を振らせて、こちらでなんとかフォローすれば良い。そう考えたのだ。
我ながら隙のない作戦。
「う、うん。考えてきた!」
今日一番の力強い声色で滝沢は答えた。心なしか、いつもより生き生きしているように見える。
「じゃあ、聞かせてもらおうか。滝沢の推しについて」
「プリン!」
「プリン?プリンって……あの、黄色い下地にカラメルの掛かってるあのデザートなんかで食べるデザートの事か?」
「うん!」
そう自信満々に答える滝沢の肩に手を置いた。違うそういう事じゃないと。
「あのな────シッ」
そこで階下から足音が近づいて来ることに気がついた。
コツコツとこちらへ向かってくる。複数人はいそうな様子だ。
今、ここで俺と滝沢が一緒にいる所を、見られるのはあまり良くない。
周囲を見回して、ロッカーを見つける。
慌てて手を伸ばすが、鍵が掛かっていた。
どうする……
「こ、こっち」
混乱して立ち尽くす俺に、滝沢が手招きをしていた。
そちらへ目を向けると、開かないはずの扉が開いていた。
たまたまか偶然か、神のおぼしめしか、屋上の扉の鍵が開いていたようだ。
慌てて扉の向こうへと転がり込む。
間一髪だった。
そして、来訪者が訪れる前に慌てて扉を閉めた。
その時に、カチャンと鍵がかかるような、嫌な音がしたような気がした。
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