第27話
「今、誰かいなかった?」
「そう?」
あまり防音はしっかりしていないようで、扉の向こうからクリアに声が聞こえてきた。
「なんか、扉が閉まる音がしたような気がしたのよ」
声の主がそう言った直後、ガチャガチャと扉のドアノブが動かされるも、やはり、嫌な予感通り鍵がかかってしまったようで、扉が開く事はなかった。
「開かないね。気のせいだったのかも」
扉の向こうの人物の疑念は晴れたようで、ガチャガチャとノブを捻る音は止まった。
俺達がここからどうやって脱出するのかってのはさておいて、一先ずの危機は去ったようだ。
安堵して、扉横の壁にもたれながら腰を下ろすと、その横に滝沢もスカートの裾を気にしながら座った。
「嫌な事があったらいつだって抜けていいから。もしなんかあったら、私にすぐ相談して。桐生君に問題があれば、私が
なんか物騒なやり取りが扉の向こうで繰り広げられているが、扉の向こうには少なくとも二人はいるようだ。
まさか桐生って俺の事か?俺以外にこの学校で桐生と言う名は目にした事がないが。
「大丈夫。彼だってそんなに悪い子じゃないと思うの」
「ちょっと良いやつかなって私も思ったんだけどさ、昨日の夜、サクラちゃんから噂話を聞いちゃってね」
「噂話?」
「ああ。それはいいの。まだ確定したってわけじゃないから。もし、私のエマを傷つけようとしたらただじゃ置かないけど。ようやく現れたエマに近づかせてもいいかもって思える男かも、と思ったのに」
扉の向こうの人物が誰なのか確定した。
思わずため息が漏れてしまう。
陽川姫に矢野エマだ。
短い会話だったが、突っ込みどころ満載だ。
噂とは果たしてなんの事なのか、俺が矢野さんを傷つけるとはどういう意味なのか、まったく身に覚えがなかった。
以前、告白をして振られた事そのものが、矢野さんを傷つける行為だったと言われれば否定のしようもないが。
不思議そうな顔で滝沢が俺の方を見ていたが、洋画なんかで外国人が何のことやらみたいな時にするポーズを取ってみた。特に意味はない。
「姫がなんの話をしているのか、よくわからないんだけど?桐生君がどうかしたの?」
「とりあえず、今のところエマは細かい事は気にしなくていいわ。もし、桐生君が何か嫌がらせしてきたり、危害を加えようとしたら、すぐに私に言って欲しいだけ」
「うん。わかった。でも、桐生君は優しいし、いい人よ」
「エマは簡単に人を信用しすぎなの。やっぱりまだまだ私がお目付け役をしなきゃダメね。さあ、教室へ戻りましょう」
「うん。わかったわ」
その会話を最後に、扉の向こうから会話は聞こえなくなった。どうやら二人は立ち去ったようだ。
ぼんやりと扉を眺めながら、昨日の晩に陽川から届いた個人メッセを思い出していた。
『あんたの事、エマに近づく害虫みたいに思っていたけど、そんなに悪いやつじゃないのかもね』
あれはブラフだったのだろうか?なんのための?俺を成敗するため?
意味がわからなすぎて、人間不信になりそうまである。
「ね、ねえ、桐生君。わ、私達も、戻らないと」
「……ああそうだな」
ついさっきまで滝沢に偉そうに恋愛心理学がどういうものか、を説いていた事が急に恥ずかしく感じられた。
滝沢に促されるままに立ち上がり、ドアノブに手を伸ばすが扉が開く事はなかった。
ショックのあまり、鍵がしまってしまった事を失念していた。
ドアノブの上には鍵穴があるが、俺はこの鍵を持っていない。
周囲を見回してみるが、他に出入り口はない。
つまりこの状態は将棋でいう所の詰み。なのである。
何度かガチャガチャとドアノブを捻ってみたけれど、鍵は開くはずもない。
そんな俺の姿を、滝沢は座ったまま不思議そうに見つめていた。
「お前さ、少しは焦ったりしないの?俺達、閉じ込められてるんだよ。立ち入り禁止の屋上に」
「こ、これがあるから」
そう言うと、滝沢は手に持っていた、銀色の物を突き出してきた。
それは、以前見たことがある滝沢の部屋の鍵とは違っていた。
なぜ、一目で見分けられたのかと言えば、プリンのキーホールダーがついていた。
「なんだよこれ?」
「お、屋上の鍵。お姉ちゃんに持たされてるの」
お姉ちゃん?ああ、横島先生の事か。なんで横島先生が滝沢に屋上の鍵を渡したのかは、よくわからないけど助かった。
滝沢から鍵を受け取り、鍵穴に差し込むと、スルリとシリンダーが回り解錠された。
「とりあえず、教室戻るか」
滝沢に鍵を返しながらそう声をかけた。
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