第30話
次の休み時間。陽川らしくなく、どことなくキャピキャピとした様子でこちらに歩いてきた。
もちろん彼女の目的は吉岡であって、俺ではない。
「けんちゃんと一緒に仕事できるなんて私すごく嬉しい!エマも協力してくれるって言ってたし、絶対成功させようね!」
「姫。お前俺の事嵌めただろ?」
「えーっ?なんのはなしー?」
白々しくしらを切る陽川。吉岡と二人で学園祭のクラスリーダーになるために不意打ちをしたのは火を見るよりも明らかだった。
それはないだろうと訴える吉岡の抗議は無視してギュッと腕に抱きついた。
「これで一緒にいられるね」
「俺は姫と一緒にいたくない」
「なんでそんな事言う訳?けんちゃんひどーい。ぴえんだよ」
はー。見ちゃいられないね。
トイレにでも行こうかと立ち上がると、いつもの鋭い視線が飛んできた。
そんな事しなくても邪魔者はさっさと消えますよ。
「ちょっと待ちなさいよ。桐生君」
しかし、立ち去ろうとする俺を意に反して呼び止めてきたのは陽川の方だった。俺の聞き間違いの可能性も考えて一応聞き直す。
「……俺?」
「そう。桐生君はあなたしかいないでしょ?」
「なんだよ?せっかく吉岡とイチャコラできてるからこっちは空気読んて消えてやろうとしてんのにさ」
「イチャコラなんてしてない。姫が勝手に抱きついてきているだけだ」
吉岡は抗議をした上で必死に陽川を振りほどこうとしているが、陽川が離れる気配はない。むしろしがみついている手にさらに力が込められたようにすら見える。いや、吉岡の嫌がる反応を見るに、実際にそうなのだろう。
「あなた、滝沢さんと付き合っているの?」
「はっ!?!?」
突拍子もない陽川の発言に、時間が制止したように感じた。
否定すれば良いだけの話なのだけれど、おとなしく俺の横の席に座る滝沢は、聞いていなかったのか聞こえていなかったのか無反応だ。
「そ、そんなわけないだろ!急に変なこと言うなよな」
「ふーん」
陽川は意味ありげに俺の足元から頭の先までを順に見た後、吉岡から手を離して俺の方に歩みを進め、顔が接触してしまうのではないかと思う距離まで近づくと、俺の耳元の方に口を寄せた。
そして、吐息のような声色で囁いた。
「……最近、滝沢さんの家に入り浸りなんですってね?」
「な、なんでそれを」
思わずそんな言葉が口をついて出てしまっていた。
この後の陽川の言葉を聞いて、ハッタリだったのだと気がついたのだけれど、時既に遅しとはまさにこの事か。
「やっぱり本当なんだ。ちょっとガッカリ」
「……せ、先生に頼まれて、仕方なくだな」
「へー、先生に頼まれたら自転車に二人乗りで晩ご飯の買い物に行ったり、路上でキスなんかしちゃうんだね」
二人乗りで買い物に行ったことは確かにあった。
しかし、当然、滝沢とキスをしたことなんてない。
あくまでも俺は滝沢の協力者で、恋人同士ではないのだから。
滝沢からしても俺は恋愛対象外。異性として見られてないのだから、恋人同士になれるはずがないのだ。
滝沢は女子を恋愛対象として見ていて、学年一の美少女、矢野エマを狙っていて、そのアプローチを手助けをするために俺がいる。
しかしどうだろう。滝沢の恋愛観を知らないものが今の話を聞いたらどう思うだろうか?
十中八九、陽川の話を信用するのではないだろうか。
その証拠に、近くの席のクラスメイト達が聞き耳を立てているのがわかった。
普段、休み時間はうるさいくらいなのに、誰一人会話をしていない。おかしいくらいに誰もこちらに視線を向けない。
このままこの場で陽川にペラペラと話をさせているのはマズイ。
嘘が真実になってしまう。
俺は陽川の手首を掴んだ。
「ちょっとなに?」
抗議を無視して、俺は陽川の手を強く引いた。
「ちょっと桐生君!?」
行く当てなんてない。俺は陽川の手を引いたまま、教室を飛び出した。
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