第8話

 激しい雨。雷鳴が轟く中、隣町へと急いで向かう。

雨のせいで視界が遮られ、前に進むのがやっとといった感じだった。


昼間三十度近くあった気温は肌寒く感じるほどで、体感十五度くらいまで低下している。


 こんな中でも、まだあの公園に居たとすれば、滝沢はとんでもないお人好しで、大馬鹿ものだ。


 滝沢の事を心配はしていたけれど、いない方が良いと思っていた。


 そうすれば、滝沢を疑ってしまった俺自身を許せる。


 滝沢が嘘をついていたのかどうかは、有耶無耶のままにはなってしまうけれど、モヤモヤとした気持ちは多少晴れるはずだ。


「マジかよ」


 一番の近道で目指していた橋は、川の増水の影響でバリケードが張られ通行止めになっていた。


 川を覗き込まなくても水位が護岸のギリギリに迫っている事がわかる。


 バリケードを強行突破する事も一瞬考えたけれど、ルールは破りたくなかった。こんな時、秋斗だったらカッコよく飛び越えて行くのだろうけど、俺にそれはできなかった。



 

 もう帰るか?こんな豪雨の中、反省の為に傘もささずに修行僧のように浴びているアホが居るか?


 引き返そうとした瞬間、横島先生に連れて行かれた時に見せた、憂いを帯びた滝沢の横顔が思い浮かぶ。


「あーもう!俺は馬鹿野郎だ」


 川の下流を目指す。この行動はナンセンスにも思えるだろうが────


 川の下流の方には川の地下に貯水タンクがあって、増水時にはそちらに水が流れ込むようになっていると聞いたことがあった。


 そっちが通れなかったら諦めよう。無理に増水した川を渡ろうとしたら俺自身にも危険が及ぶかもしれない。



 後輪を蹴り上げるようにして、下流側にフロントタイヤを向けた。



 ───────────────────────



 読み通り、下流側から向こう岸に渡る事は出来た。


 あとは急いで公園に向かって、滝沢が居ないことを確認して帰る。


 そうすれば少しはスッキリするはずだ。


 予定より二十分以上かけて公園にたどり着き。

 園内を覗き込んだ時、思わずため息をついてしまった。


 本当に今日はため息の多い日だ。


 自転車を入り口に止めて、完全に不審者とかした──いや元から不審者か──傘もささず立ち尽くす少女の肩に手を置いた。


「お前、こんな雨の中何やってんだよ!?」


 ピクリと肩が跳ねてこちらに振り向くと、少し強張った顔で応答した。


「あっ、き、桐生君。あなたに反省をしろって言われたからこうして雨に────」


「お前、なんで俺の言ったことなんか守ろうとしてるんだよ。普通帰るだろ?!大雨でここら一帯大変な事になっているんだぞ!」


 豪雨に洗い流されて、キレイになった傷だらけの顔を不器用に綻ばせる。笑顔を作ろうとしているのだろうけど、上手く笑えていなかった。


「じょ、冗談だったんだ。そうだよね。普通なら帰るよね」


 そう言った滝沢の顔は街頭に照らされているせいか、やけに青白く見えた。

 右手から伝わってくるはずの体温の温もりを感じない。


「……お前、大丈夫か?」


 次の瞬間、足元から崩れ落ちるように、滝沢は倒れた。


 背後からで申し訳ないけれど、腰に手を回す事でなんとか地面に倒れないようにすることはできた。

 コートが雨を吸っているせいでズシリと重く感じた。


「ご、ごめんね」


「なんで謝るんだよ。謝らなきゃならないのは俺の方だろ」


「ううん。全部私が悪い」


「とりあえず救急車呼ぶから」


 ケツポケットを探ろうとして、自分のミスに気がついた。

 スマホを持ってきていなかった。

 なんてこった。こんな時に────そうだ。


「滝沢、スマホ貸してくれ」


「う、うん」


 かなり弱々しい返事をしたあと、保護シートすら貼られていない、バリバリに画面が割れたスマホを俺に差し出してくる。


 緊急通報ならロックの解除もいらなかったはずだ。

 慌ててスマホの電源ボタンを押してみるも、全く反応しない。

 まさか、この雨で壊れてしまったのか?


 「どうしたら良いんだ。誰かに助けを求めるか?恥を忍んで矢野さんに────」


 弱々しい力で滝沢が俺の右手をクイクイと引いた。

 青白い顔でフルフルと首を横に振る。


「私の家、すぐ、そこだから。体を温めればすぐに良くなると思うから」


 滝沢がこうなってしまった一端は俺にある。本人が矢野さんに知られたくないと言うのなら、そうしてあげたい。


「わかった。背中に乗れるか?」


「うん」


「案内してくれ」


 滝沢を背負い、土砂降りの雨の中歩き始めた。





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