第22話

 バーチャルキャラ、ストリーについての講義は二時間にも及んだ。


 俺の部屋にやってきたのが四時くらいで、壁に掛けられた時計の針は、六時近くを指し示している。

 窓の外はすっかり日が沈みかけていて、真っ赤な光線が部屋を照らし出していた。


 正直な所、俺はすっかり疲れ切っていた。


 自分から聞いた事だ。決して、全く興味がない訳ではない。テスト直前に暗記しなければならない要点を詰め込んでいるような感覚に近い。


 陽川もさぞ疲れただろうと視線を向けてみると、疲れた様子はなく、機嫌良さそうに吉岡の言葉に相槌を打っていた。


「……ふむ」


 そうか。合点がいった。先程までの会話で陽川のやつが、ストリーについて妙に詳しいと思っていたけど、こいつ隠れファンなんだな。


 好きな相手と好きな物を共有する、そりゃ陽川からしてみれば最高の時間だったに違いない。


 むしろ吉岡が好きだから陽川も好きになったまである。なんたって吉岡狂いだからな。


 どちらにせよ俺にしては好都合だ。陽川が一人で話を聞いてくれていた事もそうだし、俺がこれから提案しようとしている事にとっても。


 そろそろ頃合いか。


「あ、あのさ」


 完全に二人の世界に入ってしまっている所申し訳ないのだけれど、声をかけた。

 そろそろお開きにしたいところでもあるし。


 するといつものようにキツイ視線がキッと─────飛んでこなかった。



「何かしら?」


 上機嫌な様子で俺に返事をする陽川に違和感を覚える。

 いつもならこう、目から光線が飛んでくるか、キツイ一言をお見舞いされる所なのに。


 よほど吉岡と推しについて語り合えたのが嬉しかったのだろう。


「せっかくだから、推しについて語り合うグループ作らないか?ほら、今も盛り上がっているところだけれど、時間ももう遅いし」


 言いながら時計を指差すと、もうこんな時間かと吉岡。

 吉岡に同調するように陽川は一つ頷いた。


「下等で下劣なあなたにしては悪くない意見ね」


 思ったよりもうまくいってしまい、思わず動きが止まってしまった。

 まさか、こんな簡単にグループの立ち上げに陽川が賛成するだなんて、予想だにしていなかったのだ。


 しばらく陽川と見つめ合っていた。


「……」


「お前らどうした?」


 吉岡が不思議な物を見るような目つきで俺と陽川を交互に見た。


 すると陽川は、らしくない、可愛らしい咳払いをした。

 咳払いで俺は我に返り、急いでスマホを取り出した。


「……あっ、そうそう。メッセージアプリでグループを作らないか?これだったら時間関係なく語り合えるし、どこかに集まろうって時も都合もつけやすいと思うし」


「いいぜ」


「……まあ、いいわよ」


 せっかく取り付けた了解だ。両人の気が変わらないうちに急いでメッセージアプリで【推し活】と名付けたグループを立ち上げ、吉岡を招待した。


「陽川のIDは知らないから吉岡が招待してくれるか?」


「オーケー」


 吉岡が返事をした直後、姫と言う名のアカウントが参加してきた。


「それ、私だから。それにしても【推し活】って、もっと捻ったグループ名、考えられなかったわけ?」



「いや、ほらさ、普段の生活で【推し】について話すことってあまりできない訳じゃん?ストリーについてだけじゃなくて、なんでもお互いに共有できたらいいなと思ってさ。ハハハ」


 柄にもなく乾いた笑いをしてしまった。我ながら苦しい言い訳をしたもんだなと。

 口がうまければもっとスマートにこなせたのだろうか?きっと秋斗ならもっとうまくやってのけたんだろうな。ハハハ……


 しかし、陽川から返ってきた反応は意外なものだった。


「ふーん。桐生君、私はあなたの事をあまり知らないのだけれど、あなたにも推しがいるの?」


 当然、俺に推しなんていない。ただ、後から理由をつけて、滝沢をグループに押し込むための言いわけだ。こんな時、秋斗ならどう返すだろうか。秋斗ならきっと……


「いる。にはいるんだけど、恥ずかしくて面と向かっては、まだ話せないかな」


 うまくかわすはずだ。


「ふーん」


 苦しかったか、先程まで敵対心の感じられなかった目つきが疑念のこもった物へ変化していく。


「で、でもさ、今日ストリーについて聞いて、興味を持ったんだ。これから二人とストリーについても話していきたいと思っているよ」


「そう。ストリーのどこに興味を持ったの?」


「……そうだね、何に対しても全力で取り組んでいる所かな。苦手なホラーゲームを頑張ってプレイしている所とか、雑談配信で真剣に視聴者の悩みを聞いてあげたりしている所とか」


 これは実際に凄いと思った所だ。吉岡に教えられるまで知らなかった配信だけれど、これからは時間が合えば見ようかなと思うくらいには興味は持っていた。


 しかし、俺の言葉を信じていないのか、目を見開いて俺の事を凝視してきた。

 お互いに黙ったまま三秒程して、陽川は俺から視線を外した。


「ねえ、けんちゃん。もう帰ろう?」


「おー、それもそうだな。じゃあ帰るわ」


 そんなやり取りがあって二人は立ち上がり、俺もそれに続いた。

 玄関まで送って、扉が閉まる直前、人差し指と親指を立てて、ピストルを撃つような仕草をしながら吉岡は言った。


「あとでオススメの動画、グループで共有するから、絶対に見ろよ」



「ああ。絶対に見る」


 扉が閉まる直前。俺の返事を聞いて満足そうに微笑む陽川の姿が見えた。



 さてと、ここからどうやって滝沢をグループに参加させる口実を作るかだな。

 矢野さんをグループに追加する方法は……追々考えていこう。


 それにしても陽川のやつ、いつもあんなふうに笑ってればいいのにな。そうしたら多少は────


 不意に手に持ったままのスマホが振動をした。

 画面を見てみると誰かからの着信を告げていた。


 なぜ誰かから、なんて回りくどい表現をしたのかと言えば、電話をかけてきている相手の表示が【公衆電話】だったからだ。


 少し躊躇はあったけれど、俺は電話を取った。

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