第23話

 電話に出るなり聞こえてきた声はゾンビのような女のうめき声だった。


「あ……あ、あー、あ────」


 思わずスマホを放り投げそうになるも、どことなく聞いたことがある声で、自分の勘が正しいのか、電話の向こうへ問いかけてみた。


「……まさかとは思うが、滝沢か?」


「そ、そそうそう、そう。滝沢です」


 かなり焦った様子だ。なにか危険な事にでも巻き込まれたのだろうか?


「落ち着いて話せ。何があった?」


「す、す、スマホ」


「スマホ?」


「しゅしゅ、しゅうりにき、きた」


 話している内容があまりに端的で、話の概要が見えてこない。


「スマホの修理をしに行ったのか?それで」


「そ、そう、で、でも、は、話し、がつ、通じなくて、た、たすけてほしい」


 いつにもまして、言葉が出てこない様子だった。

 それだけ滝沢を焦らせるがあったのだろう。

 とりあえず、何かしら助けてほしい事がある。と言うところだけは聞き取れた。


「俺はどうすればいいんだ?」


「え、駅前の、こ、コウシュ────」


 そこまで聞き取れた所で、ブーというブザー音と共に同時に通話が切れ、ツーツーという電子音が鳴り響く。


「なんで切ったんだよ」


 まあいい。どうして欲しいのかはだいたいわかった。

 おそらく、スマホの修理に行って何らかのトラブルにあったから助けてほしい。そういう事なのだろう。

 途中で通話が切れてしまったけれど、滝沢が俺に伝えたかったのはおそらく、『駅前のコウシュ──に来てほしい』と言うことだと推察できる。


 コウシュ──とは公衆電話から着信があったことから、公衆電話だと推理するのは容易だけど。


 まったく、もうすぐ夕飯だっていうのに。


「しょうがねえな」


 玄関横にぶら下がっている自転車の鍵を掴み取り、キッチンの方角に向かって叫ぶようにして言った。


「母さん。ちょっと出かけてくるから、先にご飯食べてて」


 母さんからの返事が返ってくる前に玄関を出た。


 小言を言われるのは滝沢ではなくこの俺だ。たまったもんじゃないからね。



 ───────────────────────



 できるだけ急いでペダルを漕いで、やってきたのは平和台駅だ。携帯ショップに修理をしに来たと言っていたから、この辺りで携帯ショップと言えば平和台駅なのだ。


 おそらく滝沢はこの周辺の公衆電話の近くに潜伏しているはずだ。


 普段、公衆電話を使う事なんてなくて、なんて意識してないから、探すのに手間取るかなと思ったのだけれど、踏切を越えてすぐの所に電話ボックスを見つけた。


 だけど、その周辺に滝沢の姿は見えない。


「まいったね」


 連絡の取りようのない相手と待ち合わせをするのは、こんなに大変な事なんだな。

 昔の人はそれですれ違ったりしていた。なんて母さんから聞いた事はあったけれど、自分が経験することになるなんて思わなかった。


 電話ボックス横にある郵便ポストの脇に自転車を停めて、近くに公衆電話が他にないかスマホで検索をかける事にした。


 もしかしたら、滝沢が指定した待ち合わせ場所は、ここじゃないのかもしれない。


 すぐに検索結果は表示される。周辺の検索結果は二件。目の前の電話ボックスと他にもう一つ。


 どうやら、流山駅にもあるようだった。


 仕方ない、そっちも見に行って見るか。


 スマホをしまい、ペダルに再度足をかけて自転車を漕ぎ出そうとすると、何かに足首を掴まれた。


「は?」


 ポストの裏に張り付くようにして座り込んだ、髪の長い女が俺の足首を掴んでいた。

 髪はかなり乱れていて、某ホラー映画の亡霊のように顔が隠れていて恐怖を煽る。


「き、き、き」


「ひぃ!」


 振りほどいて慌てて逃げようとした。

 だけど、女も手を離さない。

 引きずってでも逃げる決心をして、ペダルを強く踏み込むと、女は顔から地面に倒れこんだ。


 見る角度は違えど、どこかで見たことがある風景だった。つい先日、真後ろから見たよな。


「も、もしかして滝沢か?」


 女は立ち上がり、頷いて見せた。


「なんだよ脅かすなよ」


 安堵して、自転車から降りて滝沢と正対する。


「ご、ごめんね。び、びっくりして逃げてきたから」


「逃げてきたってどこから?」


「け、携帯ショップ」


 なんとなく何があったのかを察して思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 おそらく、対人が怖くなって逃げ出したんだろうな。それで俺に助けを求めたと。


「そうか。とりあえず、身だしなみは整えた方が良いんじゃないか」


「う、うん」


 滝沢は返事をすると、髪をかきあげた。


 そこには、血まみれの滝沢が居た。


「ひえっ!」


 俺は思わず悲鳴をあげてしまった。


 時間は六時過ぎ。通勤通学で駅からちょうど出てきた降車客の衆目を集めてしまった。


 おい、見ろよあの子、顔から血を流してるぞ。

 あの男がやったのか?

 女に手を出すなんて最低。

 かわいそう。


 この場に居てはダメだ。そう瞬時に判断して、滝沢に自転車の後ろに乗るように促した。


「早く乗れ」


「う、うん」


 そして、すぐに駅を後にした。


 衆目の目から逃れる為に、女子との二人乗り童貞を奪われたのだった。




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