第16話

「今、この二人どういう関係なんだろう?そう思ったんでしょ」


 オネエ口調の横島先生は、俺が疑問に思っていた事をピタリと当てて見せた。


 妙に勘が鋭い。

 なんちゃらの勘は当たる的な奴なのだろうかと驚き半分、感心半分で頷くと、横島先生は体の前で両手を使い、大きくバツを作って見せた。


「それはトップシークレット!詮索するのはダメ。もちろん、周りの友達に言いふらしてもダメ。────もし破ったら、どうなるか……わかってるわよね?」


 オネエ口調の横島先生は普段の十倍は迫力があった。されたことはないけれど、怒鳴りつけられるよりよっぽど怖い。それに、最後に舌なめずりしたの、なにあれ。いったい俺はどうなってしまうんだ……


 背筋に悪寒が走り、嫌な汗が流れた。


「しません、しません。しませんよ!もう今後一切、二人の関係性を聞いたりしませんし、誰にも言いふらしたりしません。本当です。信じてください」


 両手を顔の前でパタパタと振り、自分にはそんなつもりはないと必死に否定した。


 横島先生は疑うような目つきでしばし見たあと、唐突に笑顔を浮かべると、お嬢様のようなしなやかさで祈るように両の掌を胸の前で合わせた。


「そう。それならいい。今回は凛に怪我を負わせた事も不問にするわ。……次はないけどね」


 ボソリと最後に呟いた言葉は重低音で、地面を伝ってくるようだった。


「は、はい肝に銘じます」


「お姉ちゃん。き、桐生君をイジメないで」


「イジメてない。これは凛、あなたのためなんだからね」


「で、でも、かわいそう」


 もう、直接勘ぐるつもりも言いふらすつもりもないけれど、この二人、本当にいったいどんな関係性なんだろう。

 担任の男性教師をお姉ちゃんと呼ぶ滝沢はおかしい。


 担任男性教師が女子生徒を名前呼びしているのも引っかかる。


 元から滝沢はおかしいやつだと思っていた。

 けれど、百歩譲ってお兄ちゃんならまだわかる。……それはそれで禁断の関係感が強まることになるのだけれど。


 ……いや待てよ、もしや、横島先生がオネエだからお姉ちゃんなのか?


 滝沢も矢野さんに好意を寄せているわけで、そういったに寛容な滝沢が、禁断の関係は築いた上で、お姉ちゃんと呼んでいる可能性もあるよな。


 なんて考えていたら、横島先生にキッと睨まれた。

 やっぱりこの人、心を読めるな。

 もう考えるのもよそう。早くこの場をさりたくなってきた。


 そもそも、俺は何をしにここに来たんだっけ……


「あっ」


「ど、どうしたの?」


「滝沢が退学になるって言うのは本当なのでしょうか?」


 俺が生徒指導室にやってきた本来の目的。それは滝沢の退学を阻止する事。


 いろんな事が起きすぎて、すっかりど忘れしてしまっていた。


 つい先程、事の顛末は噛み砕いて話したつもりではあるが、滝沢が矢野さんにしていた事は理解してもらうのは難しいだろう。


 あの本がこの場にあれば、説明もしやすいわけだが……


「ああそれはね。誰が言っていたのかは知らないけど、私が揉み消したから大丈夫。二週間の謹慎にはなるけれど」



 揉み消した!?


 横島先生の口から飛び出してきた言葉に驚いて目を見開いてしまった。


「どうしたのよ?そんな顔しちゃって」


 もはや横島先生の口調が完全にオネエ口調に変化している事も、全く気にならなかった。


「揉み消したってどうやったんですか!?」


「それは秘密。詮索はNGよ」


 人差し指を鼻筋に当てて、矢野さんがやったのなら蠱惑的こわくてきに映るであろう仕草をした。

 もちろんやっているのはガタイの良い横島先生だから、俺は思わず目を背けた。


「とりあえず、今日の所はもう凛には帰って貰うから、凛の荷物を教室から持ってきてもらってもいい?」


「それは、構いませんが」

 

 確認の為に滝沢の方を向くと、滝沢はわずかに顎を引いた。

 その仕草を肯定と捉え、俺は席を立ちながら答えた。


「わかりました」


「うん。よろしくね」


 そして、生徒指導室の扉を開き、廊下へ一歩踏み出した所で振り返る。


 これだけは聞かなければならない。  


 どうしても。


「横島先生ってオネエなんですか?」

 

 その問いに言葉で答えが返ってくることはなかったけれど、変わりに横島先生のこんな姿を知らない女子生徒が見たら気絶してしまいそうなウィンクが飛んできた。


 すぐに廊下側を向くと、黙って教室に向かって歩き出した。




 




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