第11話
「ひゃあー!!」
しばしの静寂の後、背後の壁が
正しく言えば、滝沢がお風呂場の扉を開いただけの事なのだが、俺はお風呂場の中に倒れ込んだ。
背中にびしゃりと嫌な感触がしたあと、柔らかい何かが俺の顔面に降ってきた。
「ごごごごご、ごめんなひゃい」
決して、その柔らかい物に手は伸ばさい。きっとこれは何かの勘違いで、俺に触れているのは滝沢ではない。
いや、きっと滝沢なのだけれど、そう思わないと何かがおかしくなってしまうような気がした。
「とりあえず落ちつけ」
滝沢にと言うより、自分に言い聞かせるようにそう言った。
「あー、う、うん。うん!ご、ごめんね。落ち着く落ち着く」
何を勘違いしたのか、滝沢は少し移動して、俺のお腹の上に座ったようだった。
周囲は暗くて良く見えないけれど、研ぎ澄まされた神経がそう理解した。
「違う。立て」
「ひゃ、ひゃい!ってあわっ!」
慌てて立ち上がった滝沢は、濡れたタイルで足を滑らせたようで俺の上に倒れ込んできた。
ドシンと俺の腹部を強く圧迫して、転がるように俺の上を通り過ぎて行った。
不意にみぞおちに肘鉄を食らったような衝撃。中学の頃、秋斗とじゃれて遊んでいた最中、不意に肘が入った時の事を思い出していた。
「うぐぐ」
「だ、大丈夫?」
「だ、ダイジョウブだ」
かなり苦しかったが、無理をしてそう返事をした。
滝沢も痛かったろうに、真っ先に心配をしてくれるなんて、案外心根は優しいやつなのかもしれない。
動画配信サイトで見た呼吸法で痛みを軽減、緩和する方法を試すべく「フーッフーッ」と繰り返す。
効いたか効いてないかはよくわからなかったけれど、しばらくしたら痛みは和らいできて、体を起こすことはできた。
まだ少し苦しいが、会話するには不便はないくらいには回復した。
「お前、暗い所苦手なのか?」
視認することはできない暗闇の中に、滝沢の息づかいは感じられた。
「う、うん。小さい頃にね、悪いことをすると押し入れの中に閉じ込められていたの。そ、それで暗い所はちょっと苦手で……」
かなりハードなカミングアウトをされて、どう返答すべきかわからなかった。
「……そうなのか。大変だったな」
「ううん。私が悪いこだったから、そ、それより、桐生君は大丈夫?怪我してない?」
「滝沢こそ大丈夫か?」
「う、うん。私は大丈夫」
「そうか。それなら良かった」
ピカピカ。
そう言いながら、気配のする方に視線を向けていると、突然照明が瞬いた。
最初は目がなれなくてよく見えないけれど、慣れてくると、鼻血を流している滝沢がこちらを見ていた。
「滝沢!また鼻血出てる。鼻だ。鼻をつまめ!」
「えっ、う、うん」
滝沢は言われるがままに鼻をつまもうとした。
そこで気がついた。
滝沢は風呂に入っていた。────つまり裸だ。
膝を抱えるようにして座っていたから、奇跡的にこちらからな何も見えなかったが、そんな滝沢が今、手を上げたらどうなるだろうか?
気がついた瞬間、俺は立ち上がると同時に部屋の一番奥まで走った。
「ど、どうじだの?」
後を追ってくる滝沢は全く気にしている様子はない。
おそらく、滝沢の恋愛対象は女性で、男には全く興味はないのだろうが、俺は違う。
滝沢に興味があるない。の話ではなく、いろいろとまずい。
何がとは言えないが非常にまずい状態にある。
決して振り返りはしない。俺には良識もあれば良心もあるのだ。
「どうしたのってわかるだろ」
「ふぇ?」
少し目線を上にずらそうとすると、そこには大きな窓があった。
電気が付いていて、なおかつカーテンが閉められていないとどうなるか?
夜のコンビニから窓の外を見ようとしたときの事を想像してもらうとわかりやすいと思う。
そう。反射するのだ。
まるで、鏡のように。
あられもない滝沢凛の姿、全てを映し出していた。
俺は絶叫するとともに自らの目を両手で強く覆った。
「頼むから、風呂に戻るか服を着るかどっちかにしてくれ!」
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