第6話
「どうだ。止まったか?」
滝沢は首をふるふると横に振る。
公園のベンチに座らせて安静にして鼻を押さえさせているが、鼻血はまだ止まっていないようだ。
スマホですぐに応急処置を調べたけれど、果たしてこれで本当にあっているのだろうか。
少し心配だ。
「ご、ごべんだざい」
止血の為に鼻を摘んでいる滝沢は、滑舌悪く謝罪をしてきたが、それは俺に向けるためのものではない。
それを被害者である矢野さんが受け入れるとも思えないが。
「とりあえず止血することに集中してくれ。話はそれからだ」
滝沢はコクリと一つ頷いた。
チラリと横顔を見やると、とても残念だった。
入学当初、美人だと思っていたその横顔は、擦りむいてあちらこちらに傷ができてしまっているし、固まった血液でベタベタになってしまい、見る影もない。
流れ落ちた紅血がカーキ色のコートまでをも汚してしまっていた。
サラサラでキレイだなと思っていた亜麻色の長い髪もボサボサでまるで浮浪者のような風貌だ。
見ているのもなにか悪い気がしてきて、そのまま天を仰いだ。
俺も何してんだろうな。
吉岡と陽川に付き合ってマスドに行っていなければこんな事にはきっとならなかった。
矢野さんの事を気にして、こんな遠回りしてまで矢野さんの家の近くまでやって来なかっただろうし、滝沢と遭遇する事もなかっただろう。
そうすれば今頃は、涼しいベッドの上でゴロゴロしながらアニメでも観ていたかもしれない。
そんな事を考えていたら自然と、無意識にため息が溢れていた。
「は、本当に、ごめんなひゃい」
声のした方を見ると、滝沢は鼻から手を離していた。
「手、離しても大丈夫なのか?」
「と、と止まりました」
「それは良かった。っていうかさ、謝る相手が違うだろ。聞いたぞ。お前、矢野さんのストーカーしてるんだってな」
「えっ?す、す、ストーカー!?」
ストーカーと言う言葉にかなり驚いたようで、滝沢は教室で時折あげる奇声のような声を上げた。
驚く要素あるかね?現につい先ほどもストーカーをしてたわけで。
「お前、変装して矢野さんの家の前に居たろ?矢野さんは迷惑してるってナイト様が言ってたぞ。ほどほどにしとけよ」
ナイト様ってのは陽川の蔑称だ。陽川に相手にされなかった男子生徒達が使っている陰口だ。
矢野さん程ではないが、陽川も美人の部類なのだ。なんか悔しいけど。
矢野エマに御執心で、陽川姫と言う名が災いして、あれじゃ姫じゃなくてエマ姫を守る『ナイト様』じゃねえかって誰かが言い出したのが始まりだったな。
今じゃすっかり定着している。
「し、してないよ。す、す、ストーカーなんてしてない!」
「だったら、なんで変装してあんなところに居たんだよ?」
「そ、それは……」
「それは、なんだよ」
「ご、誤解を解こうと思って……」
自信なさげに語尾は消え入りそうで、実際に風の音にかき消されてよく聞き取れなかった。
「誤解?新学期の朝っぱらから問題起こしておいて、そりゃないんじゃないか。あんなのただのイジメだろ。間接的に死ねって言っているのと変わらないんだからな」
滝沢は挙動不審に視線をアチラコチラを這わせながら、口元に手を当てて震える声を絞り出す。
「そ、それ、ど、どういう意味、かな?」
「本気で言ってんのか?よく創作のドラマなんかであるだろ。イジメられてる奴が登校したら机の上に花が飾られてましたって奴」
「ち、違う、わ、私は、そんな事をしたわけじゃない!キレイなお花だったから、共有できたら、少しは仲良くなれるかなって思って……」
「はあ?お前はイタズラでもイジメ目的でもなくあんな事をしたって言うのか?さすがにそれは無理がある言い訳なんじゃないのか」
聞いていて虫唾が走った。背中のあたりがゾワゾワとした。おそらくこういう奴の事をサイコパスって言うんだろうなって思った。
「で、でも、本に書いてあったの。仲良くするには何かプレゼントをあげれば良いって」
何が本だよ。サイコパスが。この場を収めるための言い訳だろそんなの。自分の事でもないのに、かなり頭にきた。
気がついたら怒鳴りつけるように声を荒げてしまっていた。
「それは苦しい言い訳だな。俺は知ってんだぞ。他にもいろいろやらかしてたみたいじゃないか。過度な付きまとい、謎の手紙を机に忍ばせたり、ちょっとした嫌がらせも繰り返していたんだろ!」
「そ、そ、それは違うよ。矢野さんと仲良くなりたいから本に書いてあった通りにしていただけで!」
かなり必死な様子で、ぐちゃぐちゃになってしまった顔で訴えて来る。
「苦しいな。そんな言い訳が通用すると思っているのか?それに本、本って言っているがどんな本だよ。仲良くする為に嫌がらせを勧める本なんて見たことも聞いたこともないね」
滝沢はコートのポケットからスマホを取り出すと何やら操作をし始めた。
取り出したスマホは、さっき転んだ時の衝撃のせいか画面はバリバリに割れていた。
相手にしているだけ時間の無駄だ。さっさと帰るか。もう二度とこいつと話す事はないだろう。早く席替えしてくれねえかな。
ピピピ。
ベンチから立ち上がった時、スマホの通知音が鳴った。
取り出して確認すると、お天気レーダーの通知だった。
どうやらこの辺りに間もなく雨が降るらしい。
立ち去るにはちょうどよいタイミングだな。
「こ、これ」
滝沢は立ち去ろうとする俺に、バリバリに割れた画面を向ける。
そこに映し出されていたのは、奇抜な色使いの表紙の本。どこかで見たことがあるような気がしたが、すぐに視線を外した。
「俺は帰る。これから雨が降るらしいから、お前は反省の為に雨にでもうたれたほうが良いんじゃないのか?」
「まっ、待って、話を聞いて」
滝沢の言葉は無視して足を進めた。
公園を出ても滝沢が着いてくる事はなかった。
西側の空がピカピカと光っている。雨雲はすぐそこまで迫っているようだ。
矢野さんの家の前は避けて、少し早足で帰宅を急いだ。
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