その33 最後の言葉『バタフらぁい』

(33)




 憤怒の貌がそれでも美しい。

 燕という男は不思議だ、――ロダンはそう思った。

 憤怒すらもどこか美しく見えるのだ。だが自身は、別段鬼気迫る燕の気迫を気にしていない。

 ではどうしてロダンは気にしないでいれるのか?

 それは彼の心の中ではこの現実瞬間が劇場で演じている役者同士の真剣な演技だと思えているからだ。

 役者とは勿論、閻魔こと『燕』と自身である『四天王ロダン』に相違ない。


 ――ではこの二人劇は一体どのような最終フィナーレを迎えるだろうか。


 そう思うとロダンは僅かに頬が緩んだ。

 この劇は自分が作り上げた脚本ではあるかも知れないが、しかし、その結末はひょっとしたら自分の思い描く結末とは違うかもしれないからだ。

 故に苦笑が浮かんだ、と言える。

「そう、イカれてるんです、あの大名達は」

 言葉を燕に向けたロダンは話を続ける。

「僕はね、燕さん。あの気狂い――、ああ、浅野さんのことですが」

「浅野?」

 燕の唸る低い声を聞いて、ロダンは指を二度ほど横に振る。

「ちょいちょい、知らんぷりは無しでさぁ、燕さん。彼、浅野さんはあなたが最初にこの事件で手を組んだ人ですよね?まぁこれはちょい想像の入った仮説ですが」

 ふふふとロダンが笑って口を動かす。

「話を続けます。僕がね、浅野さん、まぁこれも偽名ですが…彼を見舞った時、聞いたんですよ、彼の口から。

『伊達さん…加藤さん、有馬さん、俺達は、少年を愛でて愛した。特にひと際美しい、…なあ、天草四郎の如き神童の少年、そうとも、そうとも…、俺達は愛したよなぁ…バタフらぁい』、――、これだけでグループを特定する多くの事が隠喩されていることが分かりますよね?燕さん」

 燕は声を発さない。代わりに憤怒の美しさを纏いながらロダンを注視している。

 ロダンは鼻を鳴らして、注視する燕へ語りかける。

「この事件の被害者って、浅野、伊達、加藤、有馬。これだけでも戦国好きの歴史ファンならすぐに分かってしまうぐらいの大名の名前。もう少し付け加えると、――天草四郎の如き神童の少年なんていえばドンピシャすぎる」

 ロダンは指を今度はこめかみへ人差し指を突きだし、銃の如く当てた。

「正にズキューンでさぁ。これはもう本当に簡単すぎる隠喩。…でも…でもですよ、。どうしてそんな大名の偽名を使って互いを呼び合うんでしょうね。僕が察するに恐らく彼らは互いの本名を知らない。でも一般的な社会通念上、そんな人間関係が有り得るのでしょうか。いや、結論を急ぎましょう。物事の常識から何歩か引いて、もし有り得るのならば、そのグループにどんな理由があるというのか?」

 燕は答えない。沈黙が今度は美しい輪舞を描くように彼の全身に匂い立つ。そんな燕に対してロダンはこめかみに当てていた人差し指を今度は上に向けると、何かを発砲するような勢いで笑いながら言った。

「そりゃ、やましいことしてるからでしょう!!」

 さも愉快気にロダンは言うと、今度は手を開いてヒラヒラと羽のように動かしながら、話を続けてゆく。

「そしてグループのやましい理由として決定的なのは――『俺達は、少年を愛でて愛した、特にひと際美しい』の言葉です。少年を愛すこと…、これは本当に道徳上の禁忌タブーともいえる『エロス』です。

 現実を良く知る彼らにとっては正にそのことは『背徳的やましいこと』であるという理解に寸分の狂いもないでしょう。正にこの事だけでも、このグループは現実世界に『非現実フィクション』を創り出した人間様様万歳にんげんさまさまばんざいのイカれた集団なんでさぁ!!」

 ロダンのヒラヒラ動いた指が燕の貌の前で止まった。燕はじっとその指を、いや、羽を見る。

「――そして、最後の言葉『バタフらぁい』――」

 ロダンは羽を崩して、指を先程こめかみに当てた銃の形にして燕へ向けた。


「それこそが…あなたですよね?猿渡燕さん」

 

 

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