その15 推論

(15)




 蝶が羽ばたく。

 夜の世界に。


 そんな世界に人々が語る蝶とは、それは夜蝶という意味だろう。夜の世界の花蜜を求め羽ばたく蝶――、それこそが夜蝶バタフライ

 しかし、今百眼の目前に居る蝶は、陶器と一体化した羽ばたこうにも羽ばたけぬ人工の有機物。

 しかしながらそれが浮かび上がって羽ばたこうと見えたのは、酔鯨で酔う人々の喧騒がそうさせたのか。

 それとも百眼の心理的情景がそう心を逸らせた為か。

 ならば何がそう心を逸らせたのか?

 問いかけ続けなければならない、心の深層深くに見え隠れする『答え』に。


「――蝶でしょうね」

 浅野はビクリとした。開いた手はそのままにして顔を上げる。そしてそこに居る易者の顔をまじまじと見た。

「答え――、当たりました?」

 百眼は浅野から笑顔を引き出したくて陽気に言うが、しかしながら引き出されたいと願う浅野は顔を強張らせている。強い緊張顔全体に見えた。

 百眼は話を続ける。

「答えは簡単です。まぁ、陶磁器でしょうかね、この箸置きはどこにでもある物。もしこの中に何か貴重な指輪とかが埋め込まれていとしたら――ほら、ホームズにもあるじゃないですか?似たような事件小説が、ちょっと今は思い出せないですが…まぁそんな事件なら僕も本当に驚きますけどね」


 言って百眼はニコリとする。それからグラスに手酌でビールを注ぐと、ぐぃと一気に喉奥に流し込んだ。苦味が答えに迫って沸き上がる熱と混じり、百眼は自身が饒舌になるのを押さえられない。話を続ける百眼は少し酔い始めていた。

「これはどこにでもある…なんなら百均とかでも売ってる工業品。どう見ても、特に何も隠されている意味は無い。そう、考えれば次に出てくるのはこの箸置きの『意味』の捉え治しです…そうとなると伊達さんが何かに刺激されて店を出ようとしたのであるならば――、『意味』を変換させて『伝言でんごん』、つまりメッセージと考え直します。

 だけど此処にも疑問が残ります。何故なら『伝言』として何にも書かれていない。箸置きの裏も表も丹念に見ましたが、何もない。では『伝言』は間違いなのか。しかし、間違いを修正する前によく考えました。この『蝶』の図案…これは捨て置けるか、ならば…です。まずは此処で踏みとどまり、結論として…」

「蝶だ、という事やね」

 浅野が頷いた。そして彼は僅かに強張りを残しながらも百眼に笑顔を見せた。だが、その笑顔は一瞬だけで、また強張りを顔前面に浮かばせた。









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