その14 答えは「蝶(バタフライ)」

(14)




「側に落ちていた?」

「そうです」

 百眼は浅野へ答える。すると浅野は目を伏せて、箸置きを翳している百眼から目を逸らした。それから黙然として、手のひらを開いたり閉じたりを繰り返す。

 その様子を百眼は横目でちらりと見た。

(…何か、ある、この箸置きと伊達さんが駆けだしたことを結びつける何か)

 翳していた百眼は箸置きを注視する。

 素材は磁器だろうか、それとも陶器か、白磁の小さな箸置き。しかしそれはある昆虫を模している。それは羽を広げた蝶。

(――蝶、バタフライ)

 心の中である男の貌が浮かぶ。それはこの卍楼の『案内人』――通称、閻魔。

(そういえば…、浅野さん、店に入ると言ったよな、僕に)


 ――「あの男はいないな?」


 そう、あの男とは猿渡燕。

 指先で箸置きをくるりと表裏を返す。百眼の中で燕の相貌も裏返しになる。裏を返すが、しかし、何かしらの特別さは見られない。どこにでもある箸置きの様だ。

(何があるというのだろう)

 思うと翳していた箸置きを二人の目前に置いた。木製のテーブルの上で羽を広げるバタフライ。それがLED灯の下で浮かび上がる。まるで蝶が今にでも羽ばたいていきそうだ。

 百眼が問いかける。

 それは浅野に?

 それともこのバタフライに?

「伊達さんと何がこれと繋がっているのでしょうか」

 浅野は手を開いたり、閉じたりを繰り返しながら百眼へ訊いた。

「なんだと、君は思うん?」

 それは丁寧な口調だ。訊かれた問いに対して、答えずして、相手の腹中に答えを求める質問。

 百眼は試されているようだ。それは答えを知る教師が、未だ答えを知らない生徒へのテストとして。

 だが、答えを当てたとしても、その答えに対して満足な笑みを浅野が見せるかどうかは、百眼には分からない。分からないが、百眼にはそれ程…難しいテストではないように思えた。

 だから、――ごくシンプルに答えた。

「おそらくですが、これでしょう?」

 百眼が箸置きを指差した。その指先が示すのが彼の答えだ。


 そして指差した先には――正に羽ばたかんとしているバタフライだった。

 




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