その19 歩く百眼
(19)
北から南へ淀川を渡ると天神橋筋商店がある。日本で一番長い商店街だ。北から南へ商店街を下れば、その最後で天満宮に当たる。
天満宮は淀川の支流が流れ込む船の中継地として、古より江戸期も含め、八軒屋浜界隈として栄え、現代の大阪でも信仰を集めている社の一つだ。
百眼はその商店街の天満宮側にある易者の師匠の所から、今、北へと歩みを向けている。
長い商店街を歩く彼。しかし彼の姿はいつものような作務衣ではない。サングラスを掛けてTシャツにキャップ帽を被り、ジーンズとスニーカ姿で、脇には数枚のチラシを抱えている。
軽装な姿で歩く百眼。そんな姿を見て彼の事を誰が易者だと思うだろうか。
途中、佃煮屋が見えた。すると彼はがらりと扉を開けて、中で店の婦人と二言、三言言葉を交わし、チラシを渡す。二人は親しいのかもしれない。笑顔が互いに混じっている。
そして後は戸を閉めて、また北へと歩き出すが、途中、商店街を外れると大きなビル前で立ち止まった。
それはガラス張りの大きなテレビ局だ。
夏空がそのガラスに映えて、陽を反射させる。するとそのガラスに飛行機の姿が映った。それは大きな白い機体のジェット機。それが勢いよく過ぎてゆく。
彼はジェット機が過ぎ去るのを見届けると再び北へと歩き出す。
そしてまたどこかの店内へ入ると、チラシを渡し、笑顔で出てゆく。どうやら彼はチラシを配り歩いているようだ。何か目的があるのか。
やがてそれを何度繰り返しただろうか、遂に彼は商店街の最後に来た。
彼の面前に大きな交差点が見える。
信号が変わると彼は交差点を渡り始めた。交差点を渡る彼の手にチラシは一枚もない。どうやらチラシを全部配り終えたようだ。
そのチラシに何が書かれ、どんな目的があるというのか、――分からない。しかし彼はとにかく目的を果たしたようだ。
だが交差点を当たり終えた彼は歩みを終えない。
一体、目的を達成した筈の彼が、尚も歩み続けるのは何の為だろう。繁華街ともいえる商店街は背後に離れつつある。繁華街を離れた先に何があって、一体、彼はどこへ向かうのか。
すると彼のスマホが鳴った。
手にする彼。
やがて歩みを止めて小さな木立に入り、彼は電話に出た。
「あ、りょうーちん?」
百眼は話し出す。
「…うん、今全部終わったよ。天神橋商店街は僕が全部配った。だからりょーちんはさ、そうだなぁ、中崎町辺りお願いできる?…うん、そうそう、…お願いね…あ、僕?これから?…ほら、言ってたよね、救急病院へ運ばれた知り合いがいるって?…うん、そう、いまから其処に行くねん。
え、どこかって?ほら天神橋のN病院、うん、そこ…じゃぁ、また連絡するよ。りょーちん、いや…百眼かな?え…それを言うなって?だっていいやない?百眼なんて、名前だけでめっちゃ易者として当たりそうやんか、まぁ、君は本物なんやから、うははっ、焦ってどもっちゃうのは君の特徴だね、さしすせそ!!そう、それそれ!!…うん…ほなら、またね」
言うと…『百眼』は電話を切った。
それから彼は閑静な住宅街を抜けるとやがて大きな病院へと入り、そして受付で言った。
「あの、803に入院してる浅野さん――、あ、
言うと帽子を取り、禿げた頭をつるりとなでて、首筋をぴしゃりと音を立てて叩いた。その姿に愛嬌を感じたのか、受付の女子職員はくすりと笑うと面会カードを彼の面前へ差し出した。
すると彼はカードを引き寄せ、手早く名前を書き込んだ。
彼が書き込んだ名前。
受付の職員が手元で確認すると、やがて目を向けてエレベータを指差し、言った。
「では西願寺さん。どうぞ、エレベータで八階へお上がりください」
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