その24 狐には油揚げ

(24)




 ――どういうことだ?


 そんな気持ちがはっきりと分かる程、二人の顔つきはありありと困惑している。

 とは言え、その困惑は二人それぞれかもしれない。

 燕からすれば西願寺と言う謂わば昔の卍楼の差配者が、現在差配している下間に対して何かちょっかいを出してきてるなと感ずいているところがあり、また一方の百眼からすれば、――これは自分の実家ともいえるところから依頼をされてロダンが動いているということでもあるし…、そんな困惑がありありと浮かんではいるが、しかし当のロダン自身は、また箸をこんにゃくに突き刺してそれを何事もなく咀嚼している。

 なんとも珍奇な生き物と言えば、ロダンがそうかもしれない。二人の困惑する気持ちの上で気兼ねすることなく、まるでどこ風吹くという相貌で、おでんを食べているのだ。


 しかし、何者なんや、コイツは…


 そんな疑問がロダンへ突き刺さった時、彼は申し訳なさそうに頭をポリポリと掻いた。

「とは言っても、別にこの事件に直接関係があって調べ事をしてる訳ではなくて、謂わばまぁこの件は依頼された本筋の『ついで』なんです」

 言葉を聞いて顔を上げたのは燕。

 彼は横の百眼をじろりと見た。

「おい、百眼。あんた知らんのか?コイツの事」

「いや、知らへん、知らへん。ほんまに」

 百眼は剥げた頭をつるりと撫でて釈明をする。

 燕は視線をロダンへ向けた。

「横に居るコイツも本物の…西願寺の者かどうか。いくら下間さんと面通ししたといってもな。ワイが会ったあの易者が本物の『百眼』かもしれえへんし」

 そっぽ向かれて慌てる百眼が作務衣から財布を取り出す。それから何かを取り出すと燕に見せた。

「ほら、これならええでしょ?見てください。これで確実に僕が西願寺の本物だと分かる」

 燕が手に取るとそれを面前でみた。免許証だった。それをじっと見ると、ふんと小さく言って百眼へ返す。

「――本物やな」

「でしょ?」

 百眼は財布に免許証を仕舞いながら、燕に答える。燕はしかし、首を振る。

「だが、西願寺でもワイが会ったあの『百眼』じゃない。背が高いのと剥げ頭だけが同じやけどな」

 それを聞いてアフロヘアのロダンが笑う。それを聞いて燕がむっとした顔つきでになる。

「何がおかしいんや?」

「いえね。燕さん。どうも狐に化かされた顔つきやなと。それがおかしくて」

 言うとロダンが箸でおでん皿を指す。

「ほら、油揚げがありますよ。狐には油揚げです」

 けっと燕は吐き捨てるように言う。しかし、彼は箸を伸ばすとそれを口に含んだ。その食べっぷりをロダンは見ていたが、しかし、彼は感心するように顎に手を遣った。

「…いや、ですが、逆かな?実は燕さんが妖狐で化けて僕等を騙そうとしてる。『本当』を奥深くしまい込んでね」

 ついと空気がずれるような感覚がして、油揚げで濡れた燕の唇が動いた。

「――ほんま癇に障るよなぁ、やっぱ。アンタ」

 言うと燕は手を頭に持って行き、それから頭髪の鶏冠に触れた。その瞬間、髪が音もなく流れ落ちる。すると彼はスーツの内側からサングラスを取り出し、掛けた。

 そして足を組むとロダンと向き合う。

 百眼が見る二人の構図は、互いにサングラスを掛けたレゲエ調のアフロと長髪のロック系の二人。

 それがおでん皿を挟み、対峙している。

 

 ――…一体なんやというんだ。


 よくよく考えれば百眼が一番迷惑かもしれない。燕にはドツかれ、このロダンと言う人物のおかげで自分はどうも変なところに追い込まれている。

 百眼が腰を浮かせた。

 席を立とう――、そう百眼が思った時だった。

 突如、停電が起きた。



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