その23 大根、牛筋、また大根に卵
(23)
「ほんまに仏像があった回廊やね。天井も高いし、ほら、恐らく当時仏像とか運び出した時の滑車がまだ天井にある」
言うとロダンはおでんの大根に薬味を振る。
それから箸で摘まみ、僅かにからしをつけてから頬張ったロダンが、ピタリと咀嚼する動きを止めたのは、燕が彼へ問いかけをしたからだ。
「それでな、あんた。ワイらの一体どんな評判――、いや噂を聞いたんや」
動きを止めたロダンは何かを考えたのだろう、しかしそれはほんの一瞬だけで後は口をもぐもぐと動かし、大根を喉奥へ押し込んだ。そして再び箸を動かして、今度は牛筋へと箸を伸ばした。その伸ばした箸先へ、再び燕が今度は声を
「おい、聞いとるんや。
だがロダンは燕の態度を気に留める風もなく、怒塊を牛筋ごと口へ運ぶと、十分咀嚼してから、ごくりと喉奥へ流し込んだ。
彼は橋を置くと燕と百眼の顔を交互に見て、臓腑へ落ち行く二つの塊の感触を確かめるように手を腹部へと探らせながら言った。
「そりゃ、勿論――事件ですぜぇ。此処最近『卍楼』で発生している例の転倒事件。それについてでさぁ」
何処の土地言葉とも分かりかねる言葉で彼は言う。だがその言葉に誰よりも素早く反応したのは百眼。
彼は手を激しく振る。
「いやいや、一体何の事か、僕は全然関係ないで。だって卍楼で店を出したのも今日が初めてなんやから」
「何?」
燕が振り向き、鋭く言葉を放つ。
「初めてやと?」
「そうですわ。僕は――、此処やなく別の天神橋の方で今まで易やらしてもらってたんやから」
百眼の言葉に燕は顔を紅潮させるが、しかし何も言わず、今度はその顔面をロダンに向けた。
見ればロダンが今度は大根を口に運んでいる。燕はロダンに向けて言った。だが声音は低く、彼だけにしか分からぬように。
「…あんた、
もぐもぐ口を動かすロダン。彼は顔を左右に振った。食べる事と答えを同時に燕に伝える。
察した燕はにじり寄る。今度は少し声が高くなった。
「ならぁ、あんた。何者や?誰かに依頼されて、何か調べてるんか?」
ロダンは喉を動かし、大根を飲み込んだ。飲み込むと手元にグラスを引き寄せ、今度は一気にビールを流し込んだ。燕の視界向こうで大きくアフロヘアが揺れる。
どこか人を喰ったようなロダンの態度に、燕はさっと顔色を変えると、サングラス越しの見えぬロダンの
「ワレ、黙り腐りやがって。ワイをおちょくるんか?ええか!よく聞け。ワイはなぁ。この卍楼の閻魔や。謂わば、此処の全てを取り仕切る門番や」
「いえ、唯の『
縮れ毛のアフロヘアがさらりと揺れた。
ロダンは喧嘩の仕方を心得ているのかもしれない。相手の挑発を上手に返す。
返された燕はいきなり箸を手に取るや否や、勢いよく一気に卵に突き刺した。しかし、箸は上手に卵に突き刺さらず、跳ねて礫の如く百眼の頬に当たってテーブルに落ちた。
「ひぃいい!!」
声を上げて仰け反る百眼を見ることなく、燕は手をぱっと伸ばし、いきなりロダンのシャツの襟首を掴んだ。紫色の手がぐっとロダンを強く引き寄せる。
にじり寄る燕。ロダンを睨む彼の美しい貌は写楽の描いた威嚇する大谷鬼次の様だ。
「…ええか。聞いてるんや、はよ。答えんかい」
力任せに引き寄せられたロダンは手を軽く伸ばすと燕の手首を掴む。そして軽く力を入れた。
「まぁまぁ」
ロダンが言うとその瞬間、燕の顔が痛みに歪んだ。
「痛ぇ…っ!!」
声を上げる燕。
痛みが走ったのか、襟首から手を離すとロダンが触れた手首の箇所を見る。しかし何も変化は見えない。肉眼に捉えられなかった痛みが手首の下で疼く。そんな痛みを摩る燕へ、ロダンが言った。
「答えますよ、燕さん」
目線は鋭く、燕がロダンへ声を荒げる。
「早よ、言え!」
「はい、西願寺さんからの依頼です」
その言葉を聞いた百眼と燕は、ほぼ同時に同じように彼に向かって吠えるように言った。
「何やて!?」
それから二人は互いにそれぞれの腑に落ちないような顔つきでロダンを見たが、彼は何食わぬ顔して先程テーブルに落ちた卵を手で掴むと、ぽいと口の中へ放り込んだ。
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