その25 習性

(25)




(停電!?)

 百眼が慌てた瞬間、声が暗闇から聞こえた。

「丁度、今夜も九時半ですね」

(九時半?)

 百眼はスマホを取り出す。見れば時間は九時半丁度だった。

「成程、やはり停電になると暗いですね。色んなことが見えないや」

 ロダンの声向こうで人がざわつく気配がする。他の客が停電に反応しているのだろう。

「――そこで、駆けだした彼等は此処へとやってきた」

(駆けだした彼等?)

「そしてここ迄来て、何かに驚き、慌ててもと来た道を戻る。これは当たり前、だって此処は凹みの行き止まり。

 でも何故、ここに来たのだろう?どういう必然が此処にあったのだろう?そして何故慌てて来た道を戻ったのだろう?

 それだけじゃない。転んだ伊達…加藤、有馬、そして浅野、皆、それも偽名の人達…それが一つのグループになって、――ジュリアンとバタフライを恐れている。なんでここに来て振り返るようにして逃げたのか…多くの『何故』がある」

 淡々と響くロダンの声。

 百眼はその声を聞きながら客が立ち上がり引き戸を開けて、路地へと出てゆく気配を感じている。

 その気配によく耳を澄ませば停電に慣れた何人かの声も聞こえる。しかしながらそれでも停電の暗闇に感ずる動揺が大きいのか客が店前に出てゆく。それはやがて暗闇の路地で人だかりになった。

 人だかり――、それは人間の習性ともいえるかもしれない。

 見も知らぬ世界へ放り出されれば、それを確認せずにはいられない。災害が来れば、河川を見に行きたくなる人間の習性所以といえる。それはつまり人間の習性が成せるわざ

 それが今おでん屋『ななし』の前で、暗闇の中、人だかりを成立させている。

「――あっ、そういうことか」

 ロダンの声高な声に百眼は振り返った。

(えっ何が?)

 その瞬間、ぱっと部屋が明るくなった。思わず目をしかめる百眼。

 急な明かりで視界に差し込む眩しさに慣れない百眼は、眉間の皺をゆっくり緩めながら目を開けてゆく。見れば目前にはサングラスをしたロダンが居る。それは停電前と変わらない佇まいで。

 そして百眼は横を見た。

(…えっ!?)

 百眼は驚いて思わず、席から転げ落ちそうになった。隣には停電の間際まで居た筈の燕の姿は無く、代わりこの店の主人――、秀吉がちょこんと隣に座っていた。

 驚く百眼の横で明かりに照らされた老人はにこにこしながらロダンへ向かって、最後は低い声で言った。

「ほな、気ぃつけて転ばんようにお帰りなはれや。ロダンはん」




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