その6 閻魔
(6)
沈黙が再び訪れた。
その沈黙は百眼次第で破れるのだが、しかし彼は中々それを破ろうとしなかった。何か思案があるのか?それにしても、沈黙の間が長かった。そしてとうとうそれに焦れた燕が組んだ足を解くや否や、いきなり易台を下から激しく蹴り上げた。
地から響く激音が百眼の顔を打った。
「ひぃ!!」
頭を抱え込んで百眼が叫ぶ。
激音は辺りにも響き、側を通る何人かが降り返った。しかし振り返っても、そこは占いの場所。もしかしたら望まない占いの結果が出て客が思わず激高したのかとも思わせてしまう感がこの場にはあり、事実、誰も激音の後には振り返ることなく、そう都合よく結論付けて歩き過ぎて行った。
人がまばらになった場所で燕と百眼が向かい合っている。
一方は怒れる軍鶏の如く、また一方は震えあがる子犬の如く。
「…なぁ、あんた」
低い声で燕が頭を抱えた百眼へ言う。
「知ってるやろ?『卍楼』言うたら、大阪の北の玄関口の盛り場。それもお天道様が隠れなさった夜の世界で輝く盛り場――この世の獄やで。そしてそこを仕切る御人は下間さんいうて、ここら辺の差配一切を仕切るいわば吉原で言う総名主や。そしてその獄を案内するワイは、――どう謂われているか、知ってるやろ?」
――そう、僕は聞いている。
百眼は頷いた。
「ええ、知ってましゅ。…勿論」
「なら、言うてみ?」
百眼はか細く息を吐くと恐る恐る口を開いた。
「…え、えん、ま…」
「ん?聞こえへん。もそっとちゃんと大きな声で」
燕が耳を立てる。その耳へ向かって百眼が声を張った。
「え、閻魔さん!!」
燕は指をぱちりと鳴らすと百眼を指差した。
「せやがな、よう知っとる。さすが、西願寺家の手先や」
百眼は慌てて、声を上げた。
「と、とんでもない。僕が西願寺の手先だなんて、
百眼は手をばたつかせながら懸命に釈明する。確かにそれは事実である。そしてここでバイトの為、店を出しているのも、ごく単純明快な西願寺家との繋がりがあるからだった。
それは…、
「ほんなら、言ってくれるかな。本当の名前を『百眼』さん。まずはそっから始めようよ、僕等の関係を。でないと腹割って話せないやんか」
燕が指をパッと開いて百眼を見た。それはまさに締め付けられた苦心を開かせるには十分すぎる――、美しい笑顔だった。
だから百眼は思わず、その笑顔に痺れてしまい、心が解放された安心感から声が出てしまった。
「僕、西願寺亮介と言いましゅ。西願寺家のものでしゅ。だから家の手先ではありません」
聞いて驚いたのは、勿論――、燕である。
「…はぁ~?」
声が蛇尾を踏んで曲がると、彼は腕を組んだ。そして首を傾けて静かに百眼を見た。
「確かに、それならあんたは手先ではないな。だってご本家西願寺の人やもんね」
深々と頷くとやがて、電子パッドに書き込むとスーツの内側に仕舞った。
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