その32 原罪的堕落

(32)




「…どうするなんて」

 言うとロダンは頭を掻いた。

「何もしないですよ。唯、僕が知りたいことに答えてくれれば、…それだけで十分…」

 と、言いながら言葉を切ったロダンは燕を見る。

「なんですが、先程も言ったように――、あのグループは、何故、破滅したのか…、その理由が知りたいんですよ。燕さんは無関係ではないでしょうから」

 燕は目を細めた。細めた視線から沈黙が剃刀のようにロダンへ飛ぶ。その沈黙の刃は、何を切るための物か。

 それはロダンの憶測か、それとも現実と非現実を切り裂く為か。

「凄い目つきですよ、燕さん。余りの目力にアッシは今ぶるぶる震えそうでやんす。…ええ、ならば僕の方から言いましょうか、『あのグループ』とは何か」

 言うと、彼は小さな紙片をズボンのポケットから取り出した。それは四方を正等辺に切り抜かれたものではなく、何か必要な部分だけを切り抜いたもの、――そう、新聞の切り抜き記事だった。

 そして黙殺を放つ燕へとそれを差し出す。

 燕はそれを切り払うように手元に引き寄せると、開いて中を見た。

 暫くの刻が、その新聞の切り抜きに切り込まれていく。やがて刻が切り込まれた新聞記事から視線を外した燕が、ロダンを見た。

「――なんや、この記事は?」

 ロダンは、…ええと小さく言うと燕に言う。

「まぁ、直接的には燕さんには関係ない事件ですね。――ほんの少し前に都内のホテルでセックスの乱交パーティを摘発したという猥褻事件の切り抜き」

「それぐらいはワイにも分かる」

 燕は切り抜きを指に挟み、ロダンへ向ける。

「あとそれから突然ですが、僕は劇団員でもあります」

「それは以前聞いた筈や」

 燕は指に切り抜きを挟んだまま器用に電子パッドをタップする。そして何かを見つけて、頷いて言う。

「シャボン玉爆弾」

「ええ、そうです。ちなみにほら卍楼の電柱にペタペタチラシが張られてるでしょう?あれが僕とそして『百眼』こと西願寺亮介君の居る劇団なんすよ」

 燕が何かを思い出したように答えた。

「――ああ、あれか。電信柱の…、下間さんからちょっと知り合いの関係やと言われてたんで、相手にしなかったが。あれがそうか」

「です」

「…で、それがどんな意味があるんや」

 ロダンは頷いてから頭を掻き、それから首をぴしゃりと叩いた。

「僕はですね、そんな劇団員をしながら図書館の非常勤で働いてまして…まぁ、そんな記事とか保管されているからこっそりとそうした事件記事なんかは入手し易い立場なんです」

「だから?」

 ロダンは小さく咳払いする。

「そう、その記事は、まぁ…あのグループと非日常的な性的交流グループが現実にあるという意味を燕さんに示したくて此処に持ってきて…。おや、燕さん。そんな集団が存在するものか?という顔をしてますね?でもね、現実にそうした記事を見ることがあるでしょう?

 つまり人間という存在は現実の中に本当の拭いきれない現実を創り出せる――、ある意味『非現実フィクション』を創造できる稀有な才能があるのです。

 そしてですが…、つまり色んな性的趣向の秘密結社的なグループを燦々と太陽輝く世界の下に素知らぬ顔した素振りで隠している社会が現実にある。

 それも極めて男女の『エロス』の深度を味わうのみならず、性差、年齢等を超えた…いや、それ以上の禁忌タブーともいえる領域。社会道徳に背律する歪んだ性愛――、少年少女への『エロス』すらも。

 こうした諸々はXY、XXという人間の生殖的『エロス』を超えた、精神の産物が生み出した人間そのものの原罪的堕落、いや…見方によっては他方にとってその精神的世界は天国パライソなのかもしれませんがね」

 ロダンが長広舌の最後に言葉を放った瞬間、燕が立ち上がった。立ち上がってロダンを睨んで呑み込む様な貌は、まるで酒呑童子の如く紅潮し、今にも肢体を引き裂かんばかりだ。

 だが、ロダンは気迫を気にする風もなくさらりと言った。

「まぁ、そんな禁忌グループなんですよ、




 

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