その40 おわり 卍楼へ向かう人
(40)
佐竹は取材先の卍楼から戻ると、誰もいなくなった事務所でパソコンのキーボードを叩いた。卍楼の事件記事を書く為である。だが、彼は数行文字を打ち込むと顔を上げて、不意に窓ガラス向こうに見える夕暮れの空を見た。
遠くに大阪湾へ沈む夕陽が見える。
すると彼はそのまま窓ガラス迄歩き、夕焼け空を見ながら、浪華の夜の始まりを感じた。
時計を見れば金曜日の午後六時を過ぎている。
そしておもむろに首を横に振った。
(まぁ、いいか。急がずとも)
そう思うと打ち込んだ文字をプリントアウトしてからパソコンをシャットダウンして、荷物をまとめると事務所の電灯を消した。
そのまま彼はエレベーターへ向かい、ボタンを押す。
エレベーターが来るまでの数秒、自分が打ち込んだ記事の原稿を手元に引き寄せて見た。
僅かな時の中で彼は自分が書いた原稿の中に誰かの息吹を感じたのか、不意に微笑を浮かべる。
そしてエレベーターのドアが開くと同時に原稿をバッグに仕舞いこんだ。
(まぁ、急いだところでロダン君に会える訳でもない…)
そんな心と共に沈んでゆくエレベーターフがフロアに着くと彼は扉が開いた瞬間、急に思った。
(夜の卍楼にでも行ってみるか…取材とは違って唯の楽しみに)
そう思うと不思議と身が軽くなる。謂わば今日の彼は仕事を投げ出した犯罪者だ。しかし彼は気に留めることなく浪華世界へと歩き出す。その足取りは軽い。
そして自分が書いた未完成記事の原稿を心に思い浮かべながら佐竹は、――いつロダンに会えるだろうかと思った。
――『卍楼』の提灯横丁にあるおでん屋「ななし」の主人――
彼の頭部付近にはお仕込みのおでんの具が沢山浮かんでおり、作業中であったと見受けられる。
持病の心臓病もあることから死因は仕事中に突然発作が起きたことによる突然死(水死)という検死結果となっているが、しかしながら故人の口の中に灰になった紙屑があったことや、同時期に卍楼の明神皮膚科クリニックに強盗が侵入したこともあり、大阪府警の角谷刑事は他殺の線や諸々の諸事情を含め、事件の洗い直しをしている。
以上。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます