その30 最後の幕が上がる音がスル
(30)
国道を南へ向けば、淀川を渡り大阪の巨大な
金曜日の昼下がり、夕暮れも間近になるこの時間帯は、大阪の北――、京都や兵庫で仕事を終えた車が国道を南下し、会社がある
だが、それはもう少し先の時間。
今の頃合いの卍楼は車の車輪が音を鳴らして国道を過ぎてゆく幹線道路沿いの一地区に過ぎない。
その幹線道路沿いのコンビニのイートインコーナーにロダンと燕は座っている。まるで、卍楼の夜の始まりを待つ客のように。
いや、違う。二人はそんな夜の肌触りを楽しむような表情ではない。どちらかと言えば、夜の始まりではなく、何かの劇の終わりを待つ
では、それはどんな劇だというのか。
そして劇の緞帳は誰が上げるのか。
日常が存在するごく普通のコンビニのイートインで非日常を交じり合わせた
それは卍楼の事件と言う劇を結末に向かわせるという劇であり、その脚本を最後まで書きあげたのは――誰あろう、ロダン以外に無い。
聞き給え、日常を浸蝕する非日常と言う車輪が軋む音。
やがてロダンがコーヒーの入ったコップを口から離した時、遂に車輪が動き出し『卍楼』劇の最終幕が上がった。
「――、不思議だったんすよ。伊達…加藤、有馬、浅野――、此処で転んだ人達は皆、偽名でしょ?そしてそれだけでなく、同じ場所で転んでいる。それも『提灯横丁』の出入り口付近。 僕は、加藤、有馬両名の事故は知りません。
だってその頃はまだ――、西願寺さんとこからある依頼を受けていなかったので、易者として卍楼には店を出していなかったんです」
燕はカップを口から離す。
「――西願寺からの依頼だと?なんや、それは?」
「まぁ、それはちょっとしたプライベートなことなんで言えませんがね。でも凄く興味深いことです。そしてそれは卍楼の一連の事件とは関りがないことです。ですからこの事件に僕が関わったのは偶々伊達さんが、僕に声を掛けたこと――、それだけです。
そして燕さんが僕に投げかけた言葉の所為もありますかね。――、ちなみにあの二人の占いは凶や。何故なら――、忘れとったらいいものを掘り下げに、わざわざ此処にやって来たんやからなという興味をそそられるメッセージ」
ふっと燕が笑う。
「ちゃっかり覚えてるやんけ。忘れもせず」
「です、です」
百眼は言うなり頭をぴしゃりと叩く。
「僕は変装してましてね。本当の百眼――、そう、西願寺亮介君に。
彼は僕の劇団仲間でね、その彼からの依頼を受けて卍楼を少し調べる為にちょっと本物に成り代わり…燕さんの前に現れてしまった。そして、まぁ恐らくお気づきでしょうが、僕の正体は…」
言うなり作務衣の内側から黒いものを二つ出して、一つは頭に、そして一つは目に駆けた。
彼がその場で成した姿は――、まるでマッチ棒。
その姿を苦々しく燕が見て、言った。
「…つまりテメェはあの時の男、四天王寺ロダン」
「でさぁ、燕さん。見事に地獄の閻魔様を、アッシは騙せやしたかね?」
言うなりケラケラと笑った。
だが燕はロダンの陽気さの中を錐の如く、鋭い視線をねじりこます。
「…何のために変装が必要だった?」
「そりゃ、いずれ、あそこに本物の百眼に居てもらうためです。あ、…でも、『いずれ』と言うのは、偶然できた産物です。僕は初めから劇の役者としての気分を感じる為に練習として変装をして西願寺からの依頼を楽しんでいただけで、この『いずれ』と言うのは、僕が卍楼の事件に興味を持ったからできた産物なんです。
偶々変装したことがこの事件の犯人の目をくらませる必要として大いに有効でした。それは犯人のみならず、被害者も僕に騙されて、色んな情報を話して『いずれ』そこに僕が居たんだと分からせる為に」
「被害者や犯人やと?」
「ええそうです。被害者と犯人」
「被害者の事はええ。だが犯人やと?それは誰や、教えろ。それをワレが知ってるように匂わすから、こうしてここについてきたんや。ワイは卍楼の『
言うと燕はジャケットの内側から電子パッドを取り出した。そこに何かを書き込もうと画面をタップする。
「…そうですか」
言うとロダンは髪を掻いて、サングラスを取った。ロダンはカップを口へ運ぶとコーヒーを飲んだ。
そして燕の方を振り返った。
「それはあなたですよ。燕さん」
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