第14話 風見鶏令嬢、ダサい登場に笑いを堪える
前回までのあらすじ
フラミンゴス教会の聖騎士団――『ワーヴェル騎士団』が町を訪れた。人々は彼らを熱狂的に迎え入れる。風見鶏のニーナはその中の一人、黒髪の騎士とどこかで会ったような気がするも……?
「――誰やったかなぁ? うーん、思い出せそうで思い出せんわぁ……」
◇◇◇
『ワーヴェル騎士団』がハッタン教会堂を訪ねてきた。代表する三人の騎士がウマオヤジと共に、教会堂の中へと入っていく。それを見届けたウチは、その中の一人、黒髪の騎士との記憶を蘇らそうとするも、頭の中にモヤがかかり、未だ思い出せんでいた。
なんや、ドキドキする。ウチはあの男をどこかで見たことがあんねん。けど、それがいつどこでやったか、まるで思い出せへん。
ただ、ウチの心臓はずっとドキドキしてて、あの男との再会を心待ちにしとる自分がいる。
「なんやの、もう。意味わからへんわ」
そう呟いたウチに、不思議と何かが近づいてくる気配がした。
「え? なに? ここに来るんかいな? え? あの男が? え、待って? この風見鶏の姿で再会したところで、あの男はウチがニーナ・ワトリエルやて気づくんか?」
フラミンゴス教会――救世主、ニーナ・ワトリエルの存在を、聖騎士団のあの男ならば知っとるかもしれへん。けど、なんや、風見鶏の姿を見られるんは、ちょっと恥ずかしい……。
あれ? ウチって、こない乙女やったっけ? さんざん脳筋令嬢とバカにされてきたウチや。兄貴らとの喧嘩も日常茶飯事で、そこらの男には負けへん令嬢、それがニーナ・ワトリエルや。
なのに、なんや。おかしい。あの男が近づいてくる――。そう思うだけで、心臓が高鳴ってしょうがない。
ダーダン
「ん? なんや?」
ダーダン ダーダン ダーダン ダーダン――。
町の広場で、教会の楽団が『新世界より』第四楽章の演奏を始めた。
「え? なに?」
演奏とともに、教会堂の屋根へと登ってくる気配が近づいてくる。
「え? これに合わせて登場する感じなん? いつの間に打ち合わせしたん?」
ダ ダーダダダーダダ ダーダダダダー
一番の盛り上がり部分と共に登場した、一人の黒髪の男――。
「ホンマに現れたー!?」
その直後、ウチはギュッと口を閉じた。
なんや、今更やけど、風見鶏にされた令嬢って、けっこうシュールや。それにベラベラ喋ったら余計滑稽やん?
ウチは黙って、なるべく男の顔を見んと、くるりと尻尾を向けた。
コツコツと鉄の鎧と剣の音、それから足音が近づいてくる。
なんや、えらいエエ匂いするやん。香水の匂いやろうか? 聖騎士って、お洒落なん? 王子様なん? ただのドラゴン退治するクッサイ、野暮ったいオッサン連中とちゃうの?
「――きーみが〜 すーきで〜 あーいしているよ〜」
な、なんか歌っとるー!?
しかも楽団の奏でる『新世界より』の曲に乗せて作った歌詞やん!? なんやようわからへんけど、
だっさー!!!!!?
あ、あかん。ダサい歌詞のくせに、エエ声して歌っとる分、なおさら笑いが込み上げてくる。
「――どーして〜 そーっぽを〜 むーいているの〜」
あかんてっ! ダサいんやって! 今顔見たら、吹き出すだけで済まんのやって!
ちょっと顔見ただけやけど、確かにイケメンやった。そのイケメンが、ダッサい歌でウチの気を引こうとしとる。あかん。ダメや。笑い転げてまう……!
「――こーっちを〜 むーいて〜 おーねがいだよ〜 おーねがいだよ〜」
「だああああ! もうっ! 分かったからそのダッサい歌やめーや!!!」
くるりと振り返ったウチの目の前に、キラキラと光る黒髪の男がいた。そうしてウチの鶏冠に優しく触れる手を見ようとして、それを顔に触れて止める指の感触が伝わってきた。
短髪の黒髪に映える、青い瞳が近づいてくる。
……せや。ウチはやっぱりこの男のことを知っとる。外見的にウチよりも十歳くらい年上で、優しく笑うその表情――。
その時、空気の読めへん騒々しい声が聞こえた。
「ようやっと追いついたでぇ! 今日こそサインもらうかならぁ、アルルカン!!!」
「アルル……カン?」
その瞬間、ウチの脳裏に幼い頃の記憶が蘇った――。
◇◇◇
ウチが小さい頃、フラミンゴス教会が主催するサーカスの一団が町を訪れた。その時に道化師として観客を賑わせていた男こそ、アルルカンやった。
ほんの二週間ほどの興行やったけど、ウチとライオネルはアルルカンと仲良くなった。アルルカンは本名やない。ただの道化師を指す名前やったけど、
『――フラミンゴス教会では、アルルカンは特別な役割を持っているんだよ』
そう化粧を落とした男は言った。長い黒髪を一つに束ね、青い瞳が笑うと綺麗な男やった。
その後、町を出立するアルルカンが、ウチの前で片膝をつき、忠誠するように言った。
『俺の――、どうか笑顔でいておくれ。いつか必ず、君を――』
◇◇◇
あれ? なんやったっけ? あの時、アルルカンはウチになんて言ったんやったっけ?
「――ハハハ。相変わらずだなぁ、少年。けど、俺のサインは結婚証明書にしかしないと決めているんだ」
男――アルルカンが愉快そうに笑ったところで、ウチはハッとした。
「せや、アルルカンやん! アルルカン! 髪が短くなったんと、体格も大きなっとるから、すぐには思い出せへんかったわぁ!」
懐かしい道化師との再会に、ウチは自分が風見鶏なんも忘れて喋った。
「ウンウン、そうだな、すぐには俺だって思い出せなかったよなぁ」
そう言ってニコニコしながらウチの顔に寄ったアルルカンが、「悪い子だなぁ、ニーナは」と真顔で言った。
「へ? あの、堪忍な……」
やっぱりウチって分かっとったんやな。せやけど、なんや、雰囲気が一変して、ちょっとだけ怖かったわ……。
「なあ、そんなケチケチせんとぉ、サインくれよぉ! 俺がどれだけお前のファンか知っとるやろ〜?」
相変らずライオネルのアホがサインを
ホンマ、残念な
「まあ、教会専属サーカスの道化師から、聖騎士団の副団長にまで出世したこの俺のファンであることは認めよう。だけどな、少年。俺は一度立てた誓いは、何があっても絶対に破らないと神に約束しているんだ。だから、分かっておくれ」
アルルカンがライオネルに向かい片膝をつき、ガシャンと鉄の鎧の音がした。
陽の光を浴びた綺麗な肌が、眩しいくらいイケメンに見える。それはライオネルも同じのようで、
「ぐはぁ……! どえらいイケメンやん! くそう! 今回も俺が引いてやるわぁ!」
そう悔しがるも、アルルカンの魅力の前では、男も女もないようやった。
「分かってくれてありがとうな、少年。まあ、俺が結婚証明書にサインをし終えたら、いくらでも君にサイン色紙を送ろう」
「や、やくそくやからなぁ!」
「ああ。騎士は嘘を吐かないからな。……それはそうと――」
そう言って立ち上がったアルルカン。ゆっくりとウチの方に振り返り、微笑みを浮かべた。
「君は随分と見ない間に、大変なことになってしまったなぁ、ニーナ」
「う、うん。まあ、色々あってなぁ……」
ゴニョゴニョと口ごもる。気まずさから視線を外したウチの前に、アルルカンが腰を落とした。
「どうすれば君のソレは解けるのかな?」
「え? あ、ああ、ウチは教会の救世主やからな。人々を救うことでもらえる"フラミンゴスポイント”を地道に貯めることで――」
「いいや、違うよ、ニーナ。ポイントなんか関係ないさ。君のソレを解く方法、それはね、――
「いんぽん? なんやそれ?」
「ああ、さすがは教会の風見鶏。
きょとんとするウチのほっぺた部分に、アルルカンの大きな手が触れた。
「教会の救世主――風見鶏はみな純潔の乙女だ。だからこそ、その純潔を奪えば、君は元の令嬢、ニーナ・ワトリエルに戻れる。……そう、淫奔とは純潔の対義語。こう言えば分かるかな、俺のニーナ」
アルルカンがウチの耳元で囁いた。
「――俺と結婚しよう、ニーナ・ワトリエル。君が純潔でなくなれば、すぐにでも
……は? え? それってつまり、アンタと契れ言うことかあああああ!!!?
けど、どうやって? ウチ、風見鶏やで?
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