第6話 風見鶏令嬢、幼稚園の学芸会を思い出す

 目の前で心臓から血を流す兄貴らを見て、ウチは息さえできひんかった。


「孤独? なんや、それ……」


 ユルンヌが笑いながらウチの前に降臨した。


「ええ。孤独に打ち勝ってこその救世主。人々を救わんとする貴方もまた、孤独でなければならないわぁ?」


 妙に艶っぽい口調が、ウチをイラっとさせた。


「だからって、ウチの兄貴らを殺すことあらへんやろ! アンタ、天使の分際で、なに他人ひとの兄貴、っとんねん!」


「あらあらぁ? 私の愛しい風見鶏ったら、まさか怒っているのぉ?」


「当たり前やろ! 天使かて、やっていいことと悪いことがあるんや! ウチの兄貴殺した恨み、ただじゃ晴らしてやらんからなぁ!」


 ボロボロと涙が零れ落ちていく。絶叫に近い叫び声に、ユルンヌはそっぽを向いて耳を塞いだ。


「分かったわよぉ。なら、もう一度、やり直しね」


 そう言って、ユルンヌがパチンと指を鳴らした。

 

 ♦♦♦

「ニーナ、君が世界を救う救世主やって? すごいやないか! お兄ちゃん、感激やでぇ!」


「ええ? チョコやん?」


「ふふふ。まさかワシより先に世界を救う悪魔狩りになるやなんてな。ニー坊、ワシも一緒に、この世に巣くうすべての悪魔を滅殺するでぇ!」


「なに言うとんの、ジーー」


「いいなぁ、ニーナちゃん。救世主なんて、誰でもなれるものではないでしょう? ボクも救世主になって、人々から媚び諂われたいなぁ」


「サニー、アンタ、救世主の意味分かっとんの?」


 やいややいやと、三人がウチを取り囲み、「すごいすごい」と褒めてくる。


 あ、あかん、そないに褒められたら、ウチまた、調子に乗ってまうやん!


 自然と、あの鳴き声がウチから飛び出てきた。


 コ・コ・コ・コケーコッ――。


「——はい、ストップ」


 ♢♢♢

 最後のコを言う前に、ウチは元の時間に戻って来た。見れば、三人の兄貴らは、やいややいやとウチを取り囲んでいる。


「へ? 生きとるやん。どないなってんの?」


 訳が分からずとも、ウチは兄貴らとその後も他愛もない話をしてはツッコミ、その場をやり過ごした。


 そうして兄貴らが帰った後、ようやくユルンヌが降臨した。


「どういうことや、ユルンヌ。時間が巻き戻ったんか?」


「ええ。貴方がそれを望んだのでしょう?」


「せやけど! ったく、意味わからん天使やで」


 ふいっとユルンヌに尻尾を向けた。


「ふふ。鶏さんが鳴いてはダメよぉ」


「……? どういう意味や?」


 少しだけ、ユルンヌの方に体を向ける。


「あらぁ? 貴方、チャランヌから聞いていないのぉ?」


「いちいち腹立つ喋り方すんなや。って、チャランヌ? アイツからはフラミンゴスポイントのことしか聞かされてないで?」


「まあ! まったく、これだから第五席の天使はダメンヌなのよ。あのね、私の愛しい風見鶏。風見鶏は本来、悪魔除けの意味で教会につけられているものなの。その風見鶏、つまり鶏は、人間が悪魔除けのために神に捧げたもの。その鶏が鳴くということは、信仰心に外れた行い。神に捧げられるのを拒絶したに等しい行いよ」


「は? 意味が分からんのやけど」


「だからね、神に捧げられた鶏は、黙って悪魔除けをしなさい、ということ。沈黙を破るのは、神への冒涜。悪魔と手を組んだと思われても仕方ない行いよ」


「はあ? ウチが悪魔と手を組む? 意味わからんし。なんならずっと、ウチはここで叫び続けとるで?」


「そうね。だからかしら。風見鶏になった貴方と接した誰かの中に、悪魔がいる――。そう思って、私は降臨したの。私の愛しい風見鶏を守るためにね」


「何言うてますの。だからウチは悪魔となんて接してませんのやって。ウチがここに来てから接したのは、ウマオヤジにライオネル、兄貴らと、後はアンタら天使二人やで?」


「ええ。その中に、もしかしたら悪魔がいるのかもしれないわぁ?」


「あほらし。悪魔なんて信じとる阿呆がおるんか?」


 って、ジオンは小さい頃からしきりに悪魔狩りになる言うて、煩かったな。今もやけど。


「ま、まあ、おるにしても、ウチのところなんて来んやろ? こないな煩い風見鶏、悪魔はんの方から逃げていくさかいな」


「ふふ」

 

 俄かにユルンヌが笑った。


「ええ、そうねぇ、私の愛しい風見鶏」


 ほえええ。えらい別嬪さんやん。喋り方はイラっとするけど、笑った天使はんは、やっぱり別次元の存在やなぁ。後光も射して、えらいキラキラ光っとりますなぁ。


「今日はうっかり貴方のお兄さんたちを殺してしまって、ごめんなさいね」


「ほんまやで! ってか、風見鶏でも泣けるんやな」


「それはそうよ。貴方はまだ人間なのだから。ねえ知ってる? 私の愛しい風見鶏。この世界には各地にフラミンゴス教会の建てた教会堂があるけれど、その天辺に位置する場所に、それぞれ風見鶏がつけられているの。そのすべてが、この世界を救う救世主として選ばれた、元人間よ」 


「は? 元人間?」


「そう。各地に貴方と同じように風見鶏にされた救世主がいるというわけ。そして彼らはやがて、救世主として目覚め、人間であったことすら忘れていくわ?」


「……は?」


 ぞぞぞと背筋に寒気が走った。


「つまり、それは、ウチも……」


「ええ。やがては自分が人間だということも忘れ、教会の救世主として目覚める日が訪れるということよぉ」


「はああああああ?」


 なんやて? なんやて? なんやてええええ?


「ウ、ウチが、人間だったということを忘れるっちゅうんか?」


「ええ。その記憶すらなくなり、やがては風見鶏として、立派な救世主になるわ?」


「いややいややいやああああ! ウチはニーナ・ワトリエルや! トコナミアの公爵家令嬢やで? アカン、どんどん良からぬ方向へと進んでいってしもうてるわ……」


 しゅんと落ち込むウチの体を、ユルンヌがそっと抱きしめてくれた。


「安心して、私の愛しい風見鶏。私がきっと貴方を元の令嬢の姿に戻してあげるからぁ」


「へ? フラミンゴスポイントを1億貯めないと、元の姿に戻れへんのやろ?」


「そうね。でも、その1億ポイントも、お父様の匙加減で決まってくるわ? 私がお父様と話をして、元に戻るためのポイントをもっと低くしてもらえないか、交渉してくるからぁ」


「なっ!? そないなコト、出来るんかぁ?」


「だいじょーぶよ、私の愛しい風見鶏。何と言ったって、私はユルンヌ。お父様がこの世界を創られた時に、四番目に生まれた天使、それが私なのだからぁ」


 その言葉に、不思議と脳裏にその時の神さまの映像が映った——。


♦♦♦

『——はあ。1から3番目の天使は、堅物ばっかやったなぁ。次はなんや、もう少し、頭のネジが緩い子がええなぁ』


 そうして、光に包まれた物体が、人の形となって、この世に生まれた。第四天使、ユルンヌの誕生である——。


♢♢♢

 脳裏に入り込んできた映像がプチンと切れ、現実に戻って来たウチは、「はあはあ」と乱れる息を整えた。


「な、なんやったんや、今の。けど、なんか懐かしい気がすんねんけど」


 せや、あの映像は、ウチが幼稚園の年長組の時に演じた、『五大教典』の一編、『創世記天使編』より、『ユルンヌ誕生』の一幕やんけ。ちなみに神役は、当時の園長で、可愛いユルンヌ役がウチやった。せや、ユルンヌは、神が創り出した天使の中でも、頭のネジが緩い残念な天使やった。


「そないな天使に、お父様(神)を説得できんのか!?」


「ふふふ。だいじょーぶよ、私の愛しい風見鶏。お父様は、ダントツ私には甘いからぁ」


「ホンマかぁ? 頭のネジ緩く造られとるんやろ、アンタ。神サン説得できる頭があるとは思えねんけど」


「だいじょーぶ、だいじょーぶ。私が必ず貴方を元の姿に戻してあげるからぁ」


 そう言うと、ユルンヌは、天高く飛んでいった。


「ホンマに大丈夫かぁ? アイツの『だいじょーぶ』って言い方、絶対大丈夫やないんやけど。……はあ。せやけど、他人に頼ってばかりやったらアカンな。自分でもどうにかせんと」


 ウチは改めて、自分でフラミンゴスポイントを稼ぐ手段を考えた。



♦♦♦あとがき♢♢♢

 第六話をご覧いただき、ありがとうございます。結局、お兄さま達は何事もなかったかのように生き返りましたね。本当、作者によるご都合主義が前面に出た回でした。しかし、ニーナに接してきた人物の中に悪魔がいる……これも、何らかの伏線か? 今のところは、何も考えてはいないです。……とまぁ、いつまでもそういうことを言ってはいられないですね。そろそろちゃんとプロット立ててきまーす!




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