第7話 風見鶏令嬢、悪魔と悪魔狩りに出会う。

ここまでのあらすじ

 

 五大天使・ユルンヌによって三人の兄を殺されたニーナ。絶望と孤独を胸に、打倒五大天使を誓い、今日もコツコツとフラミンゴスポイントを貯めるのであった。頑張れニーナ、負けるなニワトリ令——


「——もうええわ! ええ加減、この適当な『前回までのあらすじ』やめろや! 悲しいかな、ウチのアホな兄貴らは生きとんねん!」


♢♢♢

 頭のネジが緩めのユルンヌがお父様(神さん)を説得できるとは思えず、ウチは地道にフラミンゴスポイントを貯める道を歩み出した。


「——と言うても、そうそう困っとる人もおらんしなぁ。第一、風見鶏のウチに出来る救済も限られとるし……」


 教会堂の上から見下ろす町は今日も平和で、天気も快晴。何処にも困っとる人なんておらへんのやから、商売あがったりや。


「はあ。どないして1億ポイントなんて貯めたらええんやろ」


 溜息を吐くも、ユルンヌの言葉を思い出し、身震いした。


『——各地に貴方と同じように風見鶏にされた救世主がいるというわけ。そして彼らはやがて、救世主として目覚め、人間であったことすら忘れていくわ?』


「せや。早う元に戻らな、ウチが人間だったっつう記憶もなくなるんやったわ。せやけど、ウチ以外にも風見鶏にされた奴らがおんねんな。一体何したんやろ」


 そう独り言を呟くウチの目に、町中をきょろきょろしながら歩く少女の姿が映った。


「ん? なんや、あの子。えらい不安そうに一人で歩いとるやん。まさか迷子か?」


 じっと見下ろすウチの目に、とうとう泣き出した少女が映る。


「ああほら、泣いとるやん! 親はどないしたんや、早う見つけてあげな……!」


 ウチもまた少女の周辺をきょろきょろ見回すも、親らしき人影はない。それどころか、人っ子一人歩いとらん状況に、さすがのウチも「ん?」と眉を顰めた。快晴だった天気も、どんよりした雲が町に影を落とす。


「あれ? なんや、町の様子おかしないか?」


「——ああ、気付いた? さすがは風見鶏。この俺サマの魔力に気づくとは」


 はっとして振り返ると、そこに見るからに悪い感じの男がおった。


「あ、あんた、誰っ……?」


「俺サマか? 俺サマはお前達フラミンゴス教会の敵——。悪魔のトラスト様だぜぃ?」


「あ、あくまやて!?」


「そう。お前達の神と天使を抹殺し、人間を悪の外道に堕とす存在だぜぃ?」


 男は黒髪に赤目。頭から二本の角が伸び、肩から腕にかけて黒タイツをピッチリ履いたような姿で、胸や腹は露出しとる。下半身こそ黒タイツでも履いとるんか言うくらい、ピッチピッチの恰好で、背中からは黒い翼が生えとった。もちろん、長い尻尾の先は、三角に尖っとる。

 

 正しく、誰もが想像する悪魔やんけ!


 ウチは初めて見る悪魔に驚愕しながらも、既にこの状況で天使とも接しとるから、妙に落ち着いとった。


「はああ。ホンマに悪魔もおんねんなぁ。まあ、天使がおるんなら、悪魔もおるかぁ。んで、この状況は、アンタが作りはったんか?」


「そうだぜぃ、マイハニー! 俺サマとハニー、二人きりの世界を創るためにな」


「そっかぁ、なら悪いんやけど、元に戻してくれへん?」


「は? なんで?」


「なんでって、ウチはあの迷子になっとる少女を助けなアカンねん。んでもって、フラミンゴスポイントを稼ぐんや!」


「迷子?」


 ポカンとトラストが少女の方に目を向けた。


「ありゃ、本当だ。あれ? おっかしーな。町の人間はみんな眠らせたはずなんだけど……」


 んー? と眉間にしわを寄せて訝しがるトラストに、ウチの方も眉を顰めた。


「なんや、アンタ。悪魔言うわりに、周りに気ぃ遣えるタイプの悪魔か?」


「なっ……? そんな訳ないだろ! お、おれサマはハニーとの二人だけの世界を創るべく、邪魔な人間を一人残らず夢の世界に閉じ込めた、わっるい悪魔だぜぃ!」


 取り繕うように悪を語る男に、ウチはますます疑いの目を向けた。


「ホンマかぁ~? なんやアンタ、全然悪魔らしないで?」


「ば、ばかいえ! 俺サマはれっきとした悪魔! 悪魔なのっ! くそう、なら目にもの見せてやるぜぃ……」


 そう言うと、トラストは迷子の少女目掛けて飛んでいった。


「なっ、アンタっ……!」


 ウチの制止も聞かずに、トラストが少女の目の前に現れた。


「——ひゃっ……! だ、だれ……?」


「俺サマか? 俺サマはなぁ……」


 不思議と、二人の会話はウチの耳に届いとる。


「俺サマはっ……」


 ばっと両手を上げたトラストが、少女目掛けてウズウズとした表情を向けた。猫みたいな口端から牙がのぞくも、可愛らしい少女が首を傾げたところで、


「俺サマはこの町の新しいマスコットキャラクター、ネコトラアクストンだ!」


「ネコトラアクストンー?? ネコとトラストと悪魔の三拍子やん! ほんで、悪魔いうの、微妙に隠しとるやん!」


 教会堂からのツッコミに、トラストもといネコトラアクストンは、「しっ!」と、黙っとれいう仕草を送ってきた。


「ーーねことらとん……? お兄ちゃん、この町のマスコットなん?」


「そうだぜぃ! 俺サマはこの町の平和を守る、ネコトラアクストンサマなのだっ! どうだ、怖いだろ!」


 そう言って少女に襲いかかろうとするも、それが無邪気な笑顔なもんやから、まったくと言っていいほど、怖くあらへん。少女の方もまったく恐れんと、「おにーちゃん、黒猫ちゃんみたいでかわえー」なんて、懐いとる。


 なんやあれ。ただネコ気取った愛嬌ある青年が、迷子になっとった少女を保護しとるだけやん。


 はっとした。


「それ、ウチの役目なんですけどぉー?」


 遠くの悪魔と迷子に向かい、叫ぶ。ウチの叫びも虚しく、悪魔は少女の手を引き、ヨチヨチ歩きで少女の自宅を探し始めた。


「なんやあの悪魔、傍から見たら、ただのエエ奴やん。くっそう、腹立つわぁ。半裸でうろついた罪で捕まらんかなぁ」


 その時やった。どんより空から一筋の光が差し込んできた。天使の梯子言うんかな。真っ直ぐにトラストと少女の下に伸びていく。


「なんや? 天使でも降臨するんかいな?」


「――おっ、第三天使のお出ましだぜぃ?」


 悪魔のトラストが、余裕そうに言った。


 なんや、悪魔のくせに、えらく落ち着いとるやん? 天使が怖ないんか? ん? あいつ、第三天使言うてなかったか? ということは、チャランヌ、ユルンヌより上席っちゅうことか? アイツらよりマシやとええんやけど……。


 なんて思とったうちに、光とともに天使らしき存在が降臨してきた。


「ホンマに天使の梯子やん」


「――よぉ、ガリンヌ。久しぶりなんだぜぃ?」


「……うるさいですよ、トラスト。悪魔風情が私に話しかけないでください。馬鹿が伝染うつる」


「なんや、あの天使。やけに優等生っぽいやん? きっちりスーツまで着込んで、メガネまでかけてはるやん」


 遠くに降臨した天使は、ウチの目からもはっきりと分かるほど、険阻な表情でトラストを睨みつけている。


「名前は確かガリンヌ言うとったな。まさか、ガリ勉から来とるんちゃうやろなぁ?」


 ウチの独り言に、きぃっとガリンヌが怖い顔をこっちに向けた。超マッハなスピードで、教会堂の風見鶏ウチのとこまで飛んできた。


「私はフラミンゴス教会、五大教典の一つ、『カサイ書』の守護天使、ガリンヌと申します。第三天使として、父様より頂いたお役目のため、常日頃より悪魔狩りをしている、天使なのです! 断じて、ガリ勉などと揶揄される存在ではありません!」


 なんや、こいつ。ロイヤルブルーの短髪で、前髪は七三分け。黒縁メガネの奥の金瞳。冷静そうな見た目のくせに、熱気ムンムンやん。


「はあ。ウチはニーナ――」


「ニーナ・ワトリエル。君のことは生まれたときから知っている。天使たるもの、すべての人類の生死を把握していて当然ですからね! そう、ニーナ・ワトリエル。東亜はトコナミアのワトリエル卿の長女として生まれて14年。素行不良、成績不良、不良仲間としかつるまない、まさしく不良令嬢」


「不良不良うっさいなぁ! ほっとけや!」


 苛立つウチに向かって、ガリンヌは嘲笑を浮かべながら、眼鏡の縁を人差し指で上げた。


「っふ。そのような不良令嬢に、救世主などという大役が務まるのですか?」


「ウチかて、好きで救世主になってへんわ! 教会の奴らに無理やり風見鶏にされたっちゅうねん!」


「まあ、好き好んで風見鶏きゅうせいしゅになる阿呆もいないでしょうからね。ですが貴方は風見鶏。ならば風見鶏として、最低限、悪魔除けの役目くらい務めなさい」


 上から目線のガリンヌに、苛立つウチは前歯をギリギリさせた。


「っふ。まあ、貴方のような小娘に、悪魔除けなどという大役は務まらないでしょうが。まあ、今回は初回サービスです。プロの天使による悪魔狩りを良く見ていなさい」


 そう言うと、眼鏡の縁を上げたガリンヌが、再びトラストの下へと飛んでいった。


 なんやの、この展開。ウチはただ、“ポイ活”がしたいだけなんやけど……。




 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る