第25話 走れメ……風見鶏令嬢!
ウソやろ。風見鶏令嬢がもう一人増えてもうたやん。ユルンヌにより風見鶏にされた令嬢――ネストリア・コーリャン。かける言葉があるとすれば……。
「だ、だいじょうぶか? ネア……」
恐る恐る訊ねるも、返ってくる言葉はない。ズーンと落ち込むように項垂れた
「ウチ、このままずっとこの姿で教会堂の上におらなアカンのやろか……」
アカン。完全に生気失っとるやん。そりゃそうやろ。ウチと違って、この子は調子に乗って教会堂まで行進した訳やあらへんもん。
「ま、まさか! そないなことあらへんやろ! これはちょっとした天使の戯れやって! なあ、ユルンヌ!」
ちょっとした冗談よぉ〜、が返ってくることを期待したウチがバカやった。
「えぇ〜? 二人ともお揃いで可愛らしいし、ずっとこのままでも良いわよねぇ?」
「アホアホ阿呆っ――! なに言うてんねん!」
案の定、ズーン……と沈むネアの横顔が不憫でしかあらへん。
「な、なあ、冗談やろ、ユルンヌ。さすがにネアまで風見鶏にされるんは可哀想や。頼むから元に戻したってぇや」
「そうねぇ……」
ユルンヌがピンクゴールドの瞳を閉じ、人差し指を頬に添える。ぱあっと美人の顔に笑みが浮かんだ。
「なら、こうしましょう。私の愛しい風見鶏ニーナ、あなたを一度人間の姿に戻すわぁ」
「えっ!? ホンマかいな! ヨッシャー!」
「ちょ、なんでニーナだけやねん! ウチの方を人間に戻さんかい!」
「落ち着いてぇ、二人とも。話は最後まで聞かなきゃダメよぉ。それで人間に戻ったニーナは、今日の日没までに千人もの人々を救済すること――。それができたら、ネストリアを元の姿に戻してあげるわぁ。でもそれができなかった場合、ネストリアはずっとこのまま風見鶏でいてもらうわよぉ?」
「なっ……!? 千人もの人々を救済するやなんて無理やろう! ただでさえ、この町で困っとる人もおらんっちゅうのに!」
「誰もこの町で救済活動をしなさい、なんて言っていないわぁ? ニーナ、あなたにはナルシアに飛んでもらうわよぉ」
「ナルシアって、西側諸国やろ? 確か『西の教皇』サマが治める九星連合国の中で、一番治安が悪い国やなかったっけ?」
「その通りよぉ。ナルシアは今、反教会によるデモ隊と教会兵との一触即発状態が続いている国よぉ。そこで千人もの人々を救済すること。それができたら、あなたにはううんっとフラミンゴスポイントが付与されるわぁ。ナルシアは人口も多いし、救済を願っている民も大勢いる。場合によっては、九千万ポイントが付与されるかもしれないわよぉ?」
そないなれば、ウチが元の姿に戻るんも時間の問題やな。なら、やることは一つや。
「分かったわ。ナルシアに行く」
うんと強く頷いたウチに、「ニーナ……」とネアの不安そうな瞳が向けられた。
「大丈夫や、ネア。ウチがパパッと救済してくるからな。待っててや!」
励ますように明るく笑ったウチに、ネアは眉間を突かれたように驚くも、そっと微笑んだ。
「うん。分かったわ。せやけど、無理だけはせんといてや?」
「分かっとる」
なんや、今回は友情展開やん。女友達なんておらへんウチやけど、ネアは特別な友達のように思えてならんかった。
「ああ、そうだわぁ。一つ言い忘れてたけど、ニーナ。今回もしあなたが『千人もの人々を救済すること』を放棄した場合、あなたは救世主失格の烙印を押され、人間の姿に戻れるわよぉ?」
「……は? それってどういう意味なん?」
「だからぁ、救済活動を放棄した救世主を、お父様は見放すということよぉ。その場合はネストリアが新しい救世主風見鶏となり、あなたは元の平凡な人間として生きていくことになるわぁ?」
ユルンヌの言葉がうまく理解できん。せやけど、ウチが今回の救済活動を放棄したら、元の姿には戻れる、そういうことやんなぁ?
パチパチと瞬きするネアが、震える声で訊ねる。
「な、なあ、それってつまり、ニーナがウチを犠牲にして、このまま逃げることもできるっちゅうコトやんなぁ?」
「そういうことよぉ、ネストリア。まさしく己か友情か、究極の選択となるわねぇ、私の可愛いニーナ
」
ネアの視線が痛いほど突き刺さる。
「わ、わかっとるよなぁ、ニーナ。絶対逃げんといてや?」
「……」
「え? ええ? えええ? なんか言うてや、ニーナ! アンタ、逃げたりせんよな、ニーナ?」
「……ん? うん、せやな。逃げたりせえへんよ、……たぶん」
日没までに千人もの人々を救済するか、それとも放棄して人間の姿に戻るか――。
あれ? こないな小説、あらへんかったっけ?
「友情を取るか、己を取るか、あなたの選択が楽しみだわぁ? さあニーナ、時間がないわよぉ。西に向かってお行きなさい!」
パチン――。指が鳴った音がしたかと思うと、そこは戦火が燻る灰色の街やった。
「ここがナルシア、やんなぁ?」
ふと下を向くと、人間の両手があった。それを顔に当てると、正真正銘、人間のニーナ・ワトリエルがそこに立っていた。
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