第24話 風見鶏令嬢、増える!?

 最近は困っとる人もめっきりおらんくなった。教会堂から見下ろす町の様子は平和そのもので、救済を求める人もおらんから、フラミンゴスポイントを増やす機会もない。


 ウチは溜息混じりに尻尾を町に向けた。こないな平和な世の中じゃ、救世主なんて商売上がったりやで。


「――ホンマにおるやーん! アンタぁ、ニーナ・ワトリエルやんなぁ? ホンマに風見鶏になってもうてるやーん!」


「ああ? 誰やねん……って、アンタっ……!」


 気落ちしとったウチの目に、教会堂の屋根まで登ってきた、ブリブリの白ドレス姿の令嬢が映った。


「ネストリア・コーリャン……! アンタがなんでこないな所におるん!?」


「ウチがここにおる理由? そんなん決まっとるやーん! 風見鶏になったアンタを笑い飛ばしに来たっちゅうねーん! プシュシュシュシュ!」


 両手で口を隠しながら、肩を揺らして笑う。金髪のお嬢様巻きの長い髪と口端が猫みたいになっとるんが可愛いんやけど、イラつくもんやから――。


「笑い方キモぉ! 相変わらずウザい奴やなぁ、ネア!」


「何とでも言いなやぁ、ニーナ! アンタは知らんかもしれへんけど、学校じゃ、アンタが教会の風見鶏にされたっちゅう噂で持ち切りなんやでぇ? なんや、噂じゃアンタ、救世主とやらになったらしいなぁ? アンタみたいな脳筋令嬢に、救世主なんて務まるんかぁ? プシュシュシュシュ!」 


「うっさいわぁ、阿呆! さっきから黙って聞いとれば、『噂』とか『らしい』とか、相変わらず周りの輪に入れん、ボッチ令嬢みたいやなぁ!」


「なっ!? ウチがボッチ令嬢やって!? そ、そそ、そないなコトあるわけないやろっ……! ウチはトコナミアの侯爵家令嬢、ネストリア・コーリャンやで! ぼ、ぼぼぼ、ぼっちとか、意味分からんし! ウチの周りには、100人の取り巻き女子がおるんやし!」


 この動揺っぷり、哀しいかな。ホンマにボッチのままなんやな。ウチも言えた義理やないけど、連れのライオネルがおる分、まだマシな方や。せやけど、コイツはホンマにボッチ。庶民が多く通う学校じゃ、令嬢なんて浮いて当然や。せやけど、どういう訳か、同じ貴族出身の令嬢いうだけの繋がりで、ウチにはこうして上から目線でくる。学校では女子グループに属してない者同士で、ウチが突然学校に来んくなったから、ホンマは不安で一杯なんやろうな……。


「……んで? 可哀想なウチの姿見たら、気ぃ済んだやろ? もう帰ってぇなぁ」


 くるりとネアに尻尾を向けて、ウチはまた町の様子を見下ろした。


 何を思ったか、突然ネアがウチの隣りに座り、「アンタぁ、いつもここから町の様子を見とるんかぁ?」と、その桃色の目を見開いて驚いた。


「せやで。これが救世主の眺めやで?」


「そうかぁ……あんたぁ、寂しないん?」


「え? 寂しい?」


 パチパチと瞬きしたウチの視線の先には、幸せそうに笑う町の人々がおる。


 今まで怒涛の日々やったから、あまり寂しいやなんて思わんかったけど、改めて自分の境遇を実感すると、なんや、寂しいわ……。


 思わず涙が溢れそうになって、ウチはネアに尻尾を向けた。


「べ、べつに寂しいなんて思わんわ……!」 


 めいいっぱい強がってみせたウチの体が、くるりと反対方向に向けられた。そこには憐れむようで、それでいて悲しそうに笑うネアがおった。


「あんたぁ、嘘ついとるやろ」


「なっ!? 嘘なんかついとらへんわ! ホンマにホンマ、寂しがる暇もないほど、救世主は忙しいっちゅうねん!」


「そうかぁ。なら、今日からウチも一緒に救世主になったるわぁ!」


 一瞬、目の前のお嬢が何を言うてんのか分からへんかった。けど、猫の口でニッコリとネアが笑う。そこでようやく、ネアが本気なんやと分かった。

 

「はあああ? アンタが救世主になるってぇ? アホなこと言いなやぁ。こないなとこでクルクル回る風見鶏なんて、なりたないやろ?」


「そないなことあらへんわ! ウチも今日からここで町の人らを救ったるねん!」


 そう言うと、ネアが「天使はーん、降りてきてやー」と大声で空を見上げて言った。


「いやいやいや、そないに簡単に天使なんて降りてくるかぁ! この状況で降りてくる天使なんてアホやろ!」


 本気でそう言ったんが悪かったんやろか。ホンマに一筋の光が降りてきた。


「は? 嘘やろ? 誰が降臨してくんの!?」


 キラキラの天使の梯子がウチらの前に降り注ぐ。ゴクリと息を呑んだウチの前に、すぅっと目を瞑る美しい天使が現れた。


「アンタかいなぁ! 最悪やあああ!」 


 嘘やろ。この状況でコイツかいなぁ……。嫌な予感しかせえへんのやけど。


「――あらぁ、可愛い乙女ねぇ」


 うふふ、と笑うユルンヌの前で、わなわな震えるネアの姿がある。


「……ほ、ほんまに天使が降ってきたああああ!!?」


「驚くわな、そりゃ……」


 ウチかて最初に見た時は驚いたもんや。


「それでぇ? 今日はどうしたのぉ、私の愛しい風見鶏」


 ユルンヌが人差し指を口元に寄せ、小首を傾げる。


「んー? ああ、いや、ウチは別に用事はないんやけどな」


「わわわ! めっちゃ美人な天使はんやぁ」


 外見に騙されとるネアに、ウチはげんなりと言った。


「せやな。せやけど、頭のネジ緩めに作られとるから、あんまし話通じへんで?」


「あらあらぁ。そんなことないわよぉ? あれからお父様(神)とお話して、あなたが元の姿に戻るために必要なフラミンゴスポイントを引き下げてもらったんだからぁ」


「ホンマかなぁ? そんで、お父様は何ポイントあれば元の姿に戻してくれる言うたんか?」


「ええっとぉ、確かぁ……」


 ユルンヌが人差し指を頬に寄せ、うーんと天を仰ぐ。


「苛つくわぁ。人の人生かかっとんのやで? はっきり思い出さんかい!」


「ええっとぉ、何ポイントだったかしらぁ? ちょっと待ってねぇ。今お父様に確認するからぁ」


 そう言うと、突然空に向かってユルンヌが大声で訊ねた。


「お父様ぁ、何ポイントだったかしらぁ?」


「はあああ? ちょ、アンタ何聞いとんのぉ? 直接お父様が答えてくれわけ――」


 その時、急に天が暗くなった。さんさんと輝いていた太陽が黒い影に覆われる。


「なんや? どないしてん?」


「ちょ、大丈夫なん? 神様、怒っとるんないの?」


 不安そうに焦るネアの横で、ウチもごくりと息を呑んだ。


「大丈夫よぉ。お父様はこんなことで怒ったりはされないわぁ? それに、ちゃんと質問に答えてくださったわよぉ」


「は……?」


 太陽を覆い隠していた黒い影が、一斉にこちらへと飛んできた。うごめく影の正体、それは――。


「む、むくどりの大群かーい!」


 バサバサバサ……! とムクドリの大群がウチらの前を飛び去っていった。


「な、なんやったの? アレが神様の答えなん?」


「ええ、そうよぉ、私の愛しい風見鶏。今飛来したムクドリがざっと9000万匹だからぁ、あなたが元の姿に戻るためには、9000万ポイント。そう、お父様が9000万ポイントに引き下げると仰っていたわぁ!」


 思い出したぁ! と嬉しそうに笑うユルンヌに、ウチはイラッとした。


「9000万ポイントって、そない変わってへんやろ!」


「なぁ、ニーナ。アンタが元に戻るんに必要なポイントって、何ポイントやったん?」


「ん? ああ、1億ポイントやで?」


「1おくっ? それで、アンタ今何ポイントなん?」


「ん? ああ、0ポイントやで?」


「ゼロっ? アンタ元の姿に戻る気あんるか!? 最早ギャグやん!」


「ギャグ? 何言うとんの? ギャグ通り越してシュールや。自分で言うのもなんやけど、風見鶏にされた令嬢が世界を救う救世主になるやなんて、シュール以外あらへんやろ」


 なんや、自分で言ってて悲しなるわ。


「そ、そうかぁ……。まあ、強く生きるんやで、ニーナ。ほな、ウチはもう帰るな……」


「あらぁ? もう帰っちゃうのぉ? せっかくこの私を呼んだのだし、もう少し一緒に遊びましょうよぉ」


 ユルンヌの間延びした喋り方に、ネアは若干引き気味に「いえ、帰りますわ」と両手を振って断った。


「だぁめ。あなたも一度は救世主になりたいと天使に願ったのでしょう? なら、ちゃんと自分の言葉には責任を持たなきゃだわぁ」


 そう言うと、ユルンヌがネアを抱きしめた。


「え? なんやの――」


 目を見開いたネアの耳に、柱時計のゴーンという音が聞こえた。


 ネアを抱きしめていたユルンヌが振り返ると、ウチに向かって微笑んだ。


「うふふ、私の愛しい風見鶏。これで孤独ではなくなったわね?」


「は? 何言うてんの?」


 微笑むユルンヌが、そっと体を引いた。するとそこには、もう一体の風見鶏の姿があった。


 ウチとネア、二人の視線が交差する。


「は? え? は? え? ……はあああああ!!?」


 二人して、訳わからん絶叫がこだまする。


「うふふ。お揃いで可愛いわぁ、私の愛しい風見鶏


 そこには、意を含むように笑うユルンヌの姿があたった。  













 


 


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