第26話 風見鶏令嬢、絶叫系少女と出会う?

「西の教皇」領、九星連合国・ナルシア――


 人間の姿に戻ったウチは、日没までに千人もの人々を救済するという使命のもと、戦火が燻るナルシアの街を駆け回った。


 困っとる人、怪我しとる人、誰でもええから救済を求めとる人を千人探さな、ネアは風見鶏にされたままや。ユルンヌが何を企んどるのか知らんけど、フラミンゴスポイント大量ゲットが掛かっとる分、いつもみたいなコメディ展開で終わらせるなんてゴメンや。


 自分だけやなく他人の運命も大きく変えてしまう。今回ばかりはマジメに救済活動するで。


 ……と意気込んではみるものの、どういうわけか、戦火の街には人っ子一人おらへん。


 え? なんでなん? 今まさにこの国は叛乱の一途を辿っとるんやないの? 反教会のデモ隊と教会兵との間で、熾烈な争いがくり返されとるんとちゃうの? 人っ子一人おらへんって、どういうこと?


 街中を駆け回っとったウチは、さすがに疲れてきて、その場に立ち止まった。そこは街の中央らしき広場で、大きな噴水がある。その水面に映るウチは、やっぱりニーナ・ワトリエルやった。


「はあ。やっぱり元の姿はええなぁ。どっからみても惚れ惚れする美少女やん! ウチこそ世界一の美少女令嬢、ニーナ・ワトリエルやで!」


 独り言でもええねん。どうせ周りに人なんかおらへんのやから。


「――あらあら、とんだ自惚令嬢ですこと。いっそう、羨ましいですわぁ」


 ハッとして振り返ると、やっぱりそこには誰もおらへん。


「どこを見ているんですの? もう少し下ですわ、ちょっとだけ視線を下にお向けになって」


「は? 下って……って、わああっ」


 声がした方を見下ろすと、そこにはウチの胸くらいの背丈で笑う少女がおった。最近、天使やら騎士団やら、高身長の連中に囲まれとったから仕方あらへん。


 少女はふわふわと腰までウエーブしとる赤毛で、フレッシュグリーンの大きな瞳。水色ワンピースに腰後ろで結ぶ、真っ白なリボンが特徴的やった。


「ほわあああ。お人形さんみたいやなぁ」


「やっぱり。そのクセのある方言、あなた、東亜はトコナミアのご出身かしら?」


「せやで! せやけど、西の方はあんまし訛ってないんやな。綺麗な言葉遣いやん」


「みんながこのような言葉を使っているわけではありませんわ。わたくしが特別なだけですの」


 そう言うと、少女がウチの前でひらりとスカートを持ち上げ、頭を下げた。


「わたくしはナルシアのプルミン伯爵令嬢、アリスディーレ・ジ・プルミンと申します。お気軽にアリスとお呼びになられて結構ですわ」


「これはこれはご丁寧に。ウチはトコナミアはワトリエル公爵令嬢、ニーナ・ワトリエルいいます。気軽に――」


「あら、ニワトリ令嬢ですわね」


「そうそうそう。コケーコッコーってね。って、だれがニワトリ令嬢やねん! ウチは令嬢でも風見鶏令嬢やっちゅうねん!」


 ハッとして口を閉じた。ウチはまた異国の地でノリツッコミなんてしてしもうたわ。


 恥っず――!!! いくらなんでも引かれるに決まっとるやん!


「……ぷ。あはははは!」


 アリスが腹を抱えて大笑いした。


 なんや、ガチのお嬢様かと思っとったけど、こうして見知らぬ人の前で大笑いできる子なんやな。


「笑ってしまってごめんあそばせ。けれども、あなたが風見鶏令嬢ですって? それはつまり、あなたはフラミンゴス教会の救世主――風見鶏というわけですわよね?」


「え? ああ、せやで。なんや、ウチのノリツッコミに笑っとったんやないんやな。風見鶏令嬢の方で笑っとったんかいな」


「ええ。それはもう大笑いですわ? あなたが東亜の救世主? なぜ教会はあなたのような何の変哲もない少女を救世主になど選んだのかしら?」


「なっ!? さっきから何なん、アンタ! ウチかて好きで救世主になんかなるかいな! あいつらが勝手にウチを風見鶏に変えたんや! そのせいでウチは今から千人もの人々を救済せなアカンのやで!」


 アリスの言い方にカチンときて、ウチはぷいっとそっぽを向いた。


「……へえ。千人もの人々を救済にいらしたのね。では、このナルシアで苦しんでいるわたくし達をお救いくださいまし、救世主様」


 恭しくアリスがその場に跪き、祈るようにウチを見上げる。


 なんやの、その好戦的な目は。ウチに千人の救済なんてできひん、そう思うとる目やん。


「……わかったわ。ユルンヌにも日没までがタイムリミットや言われとるしな。この勝負、受けて立……」


 わなわなわな、と震えだす、アリス。


「な、なんや、アンタ。なんで震えとるん?」


「いま、なんと、おっしゃいまして?」


「は? ええっと、アンタなんで――」


「違いますわ! それより前っ、誰がタイムリミットが日没までだと仰ったの?」


「ん? ああ、ユルンヌ――五大天使の一人やで」


「ふぁああああああ!!?」


「な、なんや!!? 急にどないしたっちゅうねん!!!」


「ユルっ、ユルっ、ふぁああああ!!?」


「うるさああああ!!!」


 もうなんやねん! スカしてみせたと思ったら絶叫って、アンタの情緒どうなっとんねん!


「はあはあ。取り乱してしまい、ごめんあそばせ。その、あなたはユルンヌ様とお話になられたことがあるのですか?」


「ああ、あるで! なんなら、チャランヌにガリンヌ、キボンヌとも話したことあるで! みんなアホな天使ばかりやけどな!」


「ふぁああああああああ!!?」


 街中を少女の絶叫が包み、そのままバタンとその場に倒れた。


「な、なんでなーん!!? ちょ、どういうコトー!!?」





 



 






 



 














 


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