第27話 風見鶏令嬢、囲まれる!?

 前回までのあらすじ

 ユルンヌによって風見鶏にされてしまった学友のネストリアを救うために、ニーナはナルシアで千人もの人々の救済のために奔走する。そこでプルミン伯爵令嬢、アリスディーレ・ジ・プルミンと出会うが、ニーナが五大天使の名前を口にしたことで、少女は絶叫と共に卒倒してしまうのであった。



 ◇◇◇

「――ちょ、ホンマ何なん!? どうすりゃエエっちゅうねん!?」


 その場でバタンと倒れたアリスに、ウチは必死になって呼び掛けた。


「はっ……! わ、わたくしはいったい……?」


「良かったわぁ。急に倒れたから心配したんやで?」


 上体を起こしたアリスに、ウチは安堵した。


「取り乱してしまい、恥ずかしい限りですわ。わたくしとしたことが、五大天使様とお話されたというあなたの嘘に踊らされてしまうとは……」


「はぁ? ウチが嘘なんかつくはずないやろ? ウチはこう見えてもフラミンゴス教会の救世主やで? 普段は風見鶏やけど、今回は事情があってナルシアで救済活動せなアカンねん。それもこれも、第4天使――ユルンヌの差し金なんやけど?」


「あなたは何を仰っているの? 荘厳で麗しい五大天使様が、あなたのような小娘の前に降臨されるわけがないですわ?」


「小娘って、アンタもちんちくりんの小娘やで? ……なんや、アンタ。えらい天使に憧れを抱いとるようやけど、本物は大したことあらへんよ。もれなく全員アホやし」


「そ、そんなことなくてよ! 五大天使様はいつだってわたくし達を見守り、導いてくださる存在ですもの! アホな訳なくてよ!」


「いやいや、チャラい、ユルい、ガリ弱、アホヲタ――これが五大天使中、四人の実態やで? 天使に幻想を抱くんはエエけど、現実は思っとる以上に低俗やで?」  


「なっ!? 天使様を低俗などと表現なされないで! 確かに枢機卿様も四人の天使様をそのように表現されていらっしゃったけれど、チャランヌ様もユルンヌ様もガリンヌ様もキボンヌ様も、皆様神々しい天使様に決まっていますわ!」


「神々しいって……うーん、せやなぁ。まあ、口で言うても信じてはくれへんよな。なら、アイツらに降臨してもらうしかあらへんか」


 ウチはすうっと息を吸うと、天に向かって大声で呼び掛けた。


「おーい、守護天使やーい! 誰でもエエから降臨してくれへーん?」


 シーン……。どんより曇り空のナルシア上空に、天使の梯子は降りてこない。


「……は? なんでなん?」


 ウチはもう一度天に向かって叫んだ。


「五大天使はーん! お忙しいところ申し訳あらへんのですけどぉー、救世主ニーナ・ワトリエルが呼んでるんやでぇー! ちょっーとでエエから降りてきてくれへーん?」


 シーン……。


「くそがっ! なんやねん! こっちは今から千人の救済活動するねんで! その足がかりとしてちょっとばかり協力してくれてもエエやんか!」


 ほとんど逆ギレ状態で、ウチは天に向かって怒号を飛ばした。


「フン。やっぱり嘘をついていらっしゃったのね。そうなると、救世主の件も怪しいですわ? あなた、本当は何者なの? まさかこのナルシアを壊滅させようと企む悪魔ではないでしょうね?」


「はああ? ウチが悪魔やって? そんなわけあらへんやろ! 悪魔っちゅうのは、もっとなんや、悪魔っぽい格好をしてて、猫みたいな口から牙がのぞいてて、そんでもって意外と親切な奴やで?」


 ウチは前にガリンヌと将棋崩しで勝負した悪魔のネコトラアクストン……やなくて、トラストを思い浮かべ、言った。


「悪魔が親切ですって? ほらみなさい、やっぱりあなたは救世主なんかではなくてよ? 悪魔信仰に取り憑かれた"ならず者”――フラミンゴス教会の瓦解を企む、反教会主義者アンフラミストですわね!」


「アンフラミスト? なんやそれ。意味わからへんし! ……って、アンタと長々と話しとる暇なんてなかったわ。ほな、ウチはウチの役目を果たすべく、困っとる人々を探しに行くわ」


 ほなな、と言って、ウチはアリスに背を向けた。


「――困っている人々ならば、シンドリック教会堂におりますわ」


「教会堂に?」


 振り返ったウチの目に、俯くアリスの姿が映った。


「なんや、急にしおらしゅうなって。なんでそないなこと教えてくれるん?」


「別にあなたの話を信じたわけではありませんわ。むしろ、疑いの目を向けておりますもの。あなたは悪魔信仰の反教会主義者アンフラミスト。ならば、本物の救世主をご覧に入れようと思っただけですわ」


「本物の救世主? ってことは、このナルシアにも、ウチと同じ救世主の風見鶏がおるってことなん?」


「ええ、おりますわ。あなたと違って、それはそれは気高く美しい風見鶏。まさしく万人を安穏たる世へと導く救世主ですわ」


「そうなん? まあ、アンタにはそう見えても、心の中じゃ、ウチと同じように風見鶏にされたことを恨んどるかもしれへんで? なんや、会うのが楽しみやな!」


 表情が明るんだウチとは対象的に、アリスは浮かない表情で視線を反対側に向けた。


 その時、一斉に銃声が鳴り響いた。ドォンという砲丸が飛び交う轟音に、思わずウチはその場でしゃがみ込み、耳をふさいだ。


「こちらですわ!」


 アリスに手を引かれ、銃声とは反対側の方向へと走っていく。


 後方からは敵対する両者の怒鳴り声や悲鳴が聞こえてきた。


「なんなん? これがナルシアの日常なん?」


「ええ。この国は今、教会兵と反教会の衝突により、危機的状況にありますの。それを救ってくださる救世主が、あのシンドリック教会堂の上にいらっしゃいますわ」


 走って向かう先に、大きな教会堂があった。その屋根の上にアリスの視線が向けられる。


 そこには確かに、一体の風見鶏がおった。その視線が向けられる先に、争う両者の銃声音が鳴り響く。


 風見鶏に後光が差し込んだ。バサリと羽ばたく姿を見たと思った次の瞬間――。


 風見鶏が屋根から飛び、ホンマもんの鳥のようにウチらの上空を飛び去っていった。 


「なんやあれ……。あれがナルシアの救世主なん?」


「ええ。本物の救世主風見鶏がどうやって人々を救うのか、あなたもご覧になるといいわ?」


 風見鶏が本物の鳥となり、飛んでいくさまを、ウチは呆気にとられながら見つめた。


 ……ん? いや待って。そういやウチもオプションで他の生き物になれたよな? っちゅうことは、あの風見鶏も、オプションを利用しとるいうことか。


 ウチは親近感と興味心から、風見鶏を追って戦場へと向かった。


「ちょ、あなた! 危なくてよ……!」


 心配するアリスの声を背中に聞きながら、ウチはオプションである"他の生き物体験”を使って、この国の救世主の活動を間近で見学することにした。


「この間は兎やったからな。今回は戦場でも目立たん生き物にしてや!」


 ウチの言葉に呼応するように、ポンっと白煙に包まれたかと思うと、次の瞬間には、四肢で駆ける姿に変わっとった。


(……ん? この生き物はー……)


 せや。他の生き物体験中は、喋れへんのやったな。


 止まったウチの目に、ふさふさと毛深い金色の体毛が映った。


「ガルル……!」


 なんや、えらい獰猛な生き物の鳴き声やんな。


 いつの間にか元の泉の前に戻ってきとったウチは、恐る恐る自分の姿を確認した。その水面に、大型の猛獣が映る。


(なっ!!? なんで戦場で虎なんんん!!?)


 うそやろ。誰かうそやと言ってくれ。


「――うわわわ! と、とらが動物園から脱走したぞ!!!」


「なんだと!!?」


 バタバタとどえらい人数が集まってくる足音が聞こえてきた。

 

(嫌な予感しかせえへん! 嫌な予感しかせえへんのよおおおお!!!)

 

 振り返ると、案の定、ウチに向かって銃を構える何十人もの兵士の姿があった。




 


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