第20話 五人の枢機卿、誰が上司に叱られに行くかで揉める(1)

 世界首脳都市キャンベル・シティにある教会中枢ネへミアに、四人の教皇の補佐役である枢機卿すうききょうはいる。円卓の中央には四股になっている真鍮しんちゅう製のキャンドルホルダーが置かれていて、ゆらゆらと蝋燭ろうそくが燃えている。その円卓で、五人の枢機卿が顔を連ねていた。


「――いやぁ、しかし、困りましたなぁ」


 枢機卿の一人が両手を組みながら、露骨に溜息を漏らした。青・赤・黄・白・黒の五色ごしきで表される枢機卿は、各々の色で統一された手袋と法礼服に身を包んでいる。最初に口火を切ったのは、青の『青春せいしゅん卿』――リヴァーサル・ジャロ・ワーヴォン。長身で細身。群青色の短髪に、白銀色の瞳。年齢は32歳の男性で、20代で大司教に選出されたエリート枢機卿である。


「まあ、想定内といえば想定内ですがネ」


 そう含み笑いを浮かべるのは、赤の『朱夏しゅか卿』――ロミエンヌ・フェヴァリ。薄桃色の長髪を一つに束ねたとび色の瞳。赤系のアイシャドウと洒落た逆さ剣のピアスを付け、物腰柔らかな顔つき。年齢は28歳の男性で、枢機卿の中では、唯一の20代である。大司教の中から選抜される枢機卿であるが、五色の中で唯一、代々の世襲制を認められた名門フェヴァリ家出身者である。


「だが、この報告書を法王様方にお見せするわけにはいかぬだろう。特に問題なのは、東亜の救世主だが……」


 机上に置かれた分厚い報告書を閉じたのは、黄の『土用どよう卿』――ナギ・ヴィ・ホーキンス。褐色肌で金髪の前髪を左目に流し、水色の瞳が片方隠れている。黒いアイシャドウを引き、年齢は50歳近くであるが、30代から見た目が一切変わらない、唯一の美魔女枢機卿である。


「まあ、『ワーヴェル騎士団』による査定の結果じゃりん。報告書を読むまでもないのう。改ざんもなければ嘘もないはずじゃりん。彼らが適格と判断した――。ならば、教会認定の救世主としても良いんじゃないかりん?」


 フォッフォッフォッと笑って仰け反るのは、白の『白秋はくしゅう卿』――ヴァン=サリー・レックスマン。2メートルを超す身長と巨体。全身真っ白の法礼服な上、胸元まで伸びる白髭。腰まで伸びる白髪が、82年もの人生を物語っている。


「クク、さすがは聖騎士団の団長だねぇ、ヴァンサリー。部下の仕事を信じているんだぁ。でも、FP(フラミンゴス・ポイント)0でも適格としたその彗眼は、果たして本物かなぁ?」


 ヴァン=サリーの隣に座って、その貫禄を煽るのは、黒の『玄冬げんとう卿』――オリバー・アングレーム・フィニー。髪色は黒と灰色のシンメトリーで、赤い瞳が愉快そうに笑っている。年齢は321歳と公言している、見た目は20 代前半の色白で麗しい男である。


「確かに、今回の査定でFP0だったのは、東亜の風見鶏だけだ。つらつらと理由が書かれているが、最後のコメントはなんだ? アルルカンは気でも振れたのか?」


「ああ、あのコメントですネ。確かに笑……いや、『ワーヴェル騎士団』の副団長ともあろう男とは思えない報告書ですからネ。その資質さえ、疑わしく思えますヨ」


「なんじゃりん! 寄ってたかって人の部下の仕事を疑いよって! わしの愛するアルルカンが不正でもしたかのような言い草はやめるじゃりん!」


「誰もそこまでは追及しておりませんぞ、レックスマン卿。我らがフラミンゴス教会の救世主は、みな純潔の乙女。だからこそ、アルルカンの最後のコメントには、疑問を抱く他ないのです」


 リヴァーサル他、三人の枢機卿の視線がヴァン=サリーに向く。


「ううむ、奴は何と? わしの愛するアルルカンの報告書じゃりん、私情など挟んでおらぬじゃろ……」


 そう言って、分厚い報告書を「よっこいしょ」と自分の方に寄せたヴァン=サリー。


「この報告書、年寄には重すぎるじゃろ。どれどれ……?」


 ジジイによる独り言が続く。終始、冷めた枢機卿達の視線が向けられていることには気にもとめず、「さてと」と該当箇所に目を走らせた。


――アルルカンの報告書――

『東亜の風見鶏(ニーナ・ワトリエル)の救世主適格査定について』という見出しから十数ページにも及ぶ実態報告書の中身を飛ばしていき、最後のページ。


『――以上、いくらか改善点は見受けられるものの、救世主としての人格に問題なし。四人もの守護天使の加護を受けた、選ばれし救世主であることに疑いの余地はないものとする。最後に……』


「最後に……?」


 その後に続く、締めの報告――。


『私が彼女と出会ったのは十年前であるが、ニーナ・ワトリエルは今もなお、可憐で純潔を守る、敬虔な教会の信者である。そんな彼女に惚れたのは私……いや、俺なので、最後にこれだけは言わせてください。ニーナは俺の嫁!』


「なあんじゃああああ???」


 ヴァン=サリーの目が飛び出る。いや、誇張ではなく、実際に眼球がバッと飛び出た。それくらい、目を見開いて驚いたのである。


「俺の嫁ええええ? わしのアルルカンの嫁ええええ? おもっくそ私情挟んどるじゃりんんん」


「ぶふっ……。あのアルルカンが『俺の嫁』発言するなんて、彼も立派な人の子になったねぇ、ヴァンサリー?」


「煩いじゃりん! お前は黙っとれっ……!」


「落ち着いてくだされ、レックスマン卿。フィニー卿も煽ってはなりませんぞ」


「いや、でもこれは笑えるよ、ジャロぉ。ねえ、ヴィ。君もちょっと面白いと思ったでしょ?」


「ううん! さ、さあ? 私は別に面白いなどとは思ってはいないが……ふ、ふふ」


「笑ってますネ、ホーキンス卿。まあ、あのアルルカンがこんな風に血迷うくらいでス。さぞかし、東亜の風見鶏は、魅力的な救世主なのでしょウ」


「血迷うとはなんじゃりん、ロミエンヌ! わしの愛するアルルカンが、どこのメス鶏かも分からん風見鶏を嫁にすると言い出したんじゃりーん! 血迷うどころか、暴挙じゃろうが!!! これはもう、教会への、いや枢機卿わしへの暴挙じゃろがいいいいい!」


「暴挙……とはまた違うと思うぞ、レックスマン卿。あえてあげるとすれば、親への叛乱はんらんか」


「叛乱? 反抗期というわけか、アルルカン!!!」


 大声で喚くヴァン=サリーを疎ましく思う、四人の枢機卿。いや、それも違うだろう……と内心、ツッコんだ。


 






 



 


 







 














 




 






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