第19話 風見鶏令嬢、過去の発言に言及される

「――ああ、君は素晴らしい救世主だよ、ニーナ。査定の結果は勿論――不適格だ」


 アルルカンに突きつけられた、査定の結果。それはまさかの不適格やった。


「……え? それってつまり、ウチは救世主失格や言うことなん?」


「そうだよ、俺のニーナ」


「そうって……! な、なんでなん? ウチのどこか救世主失格なん?」


 別に望んで救世主になったワケやないけど、こうして聖騎士団から受けた査定の結果は、何とも言えんくらい不本意やった。


「その理由はいたって単純明快だよ、ニーナ。君が保有しているフラミンゴスポイント、それは今、何ポイントだい?」


「え? ポイント?」


 自然とウチの視線が頭上に向いた。するとピコン! という音と共に、0pと浮かび上がった。


「はあああ? 0ポイントぉ? 嘘やろ! こっちは地道に救済活動しとったっちゅうねん!!!」


「さすがに0ポイントで、救世主適格とするのはね……」


 憐れみの瞳を向けるアルルカンに、「なんでなんやあああ!?」と叫ぶ。


「あっはは〜! 何故キミが0ポイントなのか、オレっちが説明してアゲルよ、風見鶏チャーン!」


 柄物の半そでシャツに短パン姿のダブルピースをした天使が、チャラチャラした笑顔で言う。


「チャランヌ……! どどどどういうことやねん! おかしいやろ!」


 泡を吹く勢いで、ウチはチャランヌを問い詰めた。


「落ち着いてよ〜、風見鶏チャーン! あの時、キミが言ったんじゃない〜」


「あの時ぃ……!?」


「そう。アレはキミの家族が教会堂に乗り込んできた時のコト――」


 そう言って、チャランヌの回想が、ウチの目の前に実際の映像として映し出された。


 ◇◇◇

『――ウチを動けるようにしてほしいんや!』


『風見鶏チャーンを? うーん、それは出来なくもないんだけど、風見鶏チャンは今、何ポイント持ってるの〜?』


『ポイント? ええっと、何ポイントやったっけ?』


 ――ウチは反射的に自分の頭上を見上げた。ピコンと音を立てて、15pという数字が光と共に消えていった。


『うーん、15ポイントかぁ。風見鶏チャンさぁ、ちゃーんと"ポイ活"してたの〜?』


 そこから回想が進み――。


『ホンマ、マジで止めな、町がどえらい目に遭うで!』


『分かってるよ、オレっちの風見鶏チャン。君の頼み、今ここで叶えてあげるよ。ただし、これはキミが“発声"を取り戻したときと同じ、オプション扱いだからね。当然、今のキミのポイントから差し引くけど、それでもいい?』


『それで動けるようになるんやったら、何ポイントやろうが持ってけドロボーやで!』


 ◇◇◇

「――ハイ、ストップ〜!」


 チャランヌの言葉通り、あの時のウチの映像が、そこで止まった。


 守護天使も、『ワーヴェル騎士団』も、ウマオヤジも、みな沈黙したまま、ウチを凝視しとる。その何とも言えん空気の中、チャランヌだけが、ニッコリと笑った。


「ほらね〜、キミが言ったんじゃな〜い! 動けるようになるんだったら、何ポイントでも持ってけドロボーってさ〜」


「……い、いってますなぁ、たしかに」


 ウチの声が小さくなって消えた。せやけどバッと顔を上げ――。


「確かにあの時、ウチはオプションを利用して兎になったわ! せやけど、その後も何回か救済活動しとったんやで! せやのに0ポイントはおかしいやろ!」


「いいえ、何もおかしくありませんよ、風見鶏」


 そう口を挟んだのは、ガリンヌやった。眼鏡の縁を上げ、キランと目を光らせる。


「この回想を見るからに、貴方はオプションである"他の生き物体験”を利用したのでしょう? かつて貴方が取り戻した"発声”のオプションが5ポイントだったのに対し、“他の生き物体験“には、100ポイント必要ですからね」


「……は? アレが100ポイントぉ? "発声”と大差ないくせに、なんでそないに高いねん!?」


「落ち着いてぇ、私の愛しい風見鶏。元々"発声”は、あなたが持っていた声を取り戻すだけのこと。それに比べ、"他の生き物体験"は、まったく違う生き物になるのだものぉ。それくらいポイントを必要とするのは、当然だわぁ?」


「ぐぅぅ……! ちゅうことは、あの時ウチのポイントが15ポイントやったから、100ポイント引かれて、マイナス85ポイントからの再出発やったっちゅうことかぁ!?」


「そーゆーコト〜だよ、風見鶏チャーン!」


 チャランヌがまたもやダブルピースする隣で、ウンウンと頷く、ガリンヌとユルンヌ。


 パシャパシャパシャパシャ――。


 言わずもがな、不遇な目に遭うウチを激写する、キボンヌ。


「しかし、マイナス85ポイントからの0ポイントは、すごい追い上げですぞぉ、ニナたんんんん!!!」


「うるさいわぁ、アホンヌううううう」


 全力で『♡風見鶏ニーナ・ガチ勢♡』を貫くキボンヌに、すべての怒りと憎しみをぶつけた。


 ゴホンとアルルカンが咳払いして、優しい眼差しをウチに向けた。


「0ポイントの理由も分かったことだし、後のことはマトニクス司教にお任せするよ、ニーナ。不適格とは言ったが、この様子を見ると、君も精一杯頑張っているようだからね。今回は、適格とさせてもらおう。さて、我々もそろそろ出立せねばならないな」


 そう言うと、アルルカンがくるりとウチに背を向けた。それに続くように、オーヘンとタリアンも踵を返す。


「え? もう行くん? もっとここにおればええのに……」


 なんや、いなくなると思うと、寂しなるな。


「ニーナ……。ありがとう。でも、我々はこの査定の結果を、四人の教皇様に報告せねばならないからね。またいずれ、時が来れば、君を訪ねにくるよ。その時こそ……」


 昔と同じように、アルルカンがウチの前で片膝をついた。


「俺の愛する救世主よ、どうか笑顔でいておくれ。いつか必ず、君を妻としよう」


 そう言って、アルルカンがウチの頬に口づけた。


 あれ? このセリフ、あの時と同じ……やんな? 


「って、いやいやいや、はああああ!!? え!? なんや!? えらい感触がリアルやったんやけど!!!」


「ふふ。本当に可愛いね、俺のニーナは。顔を真っ赤にさせて。すまない、驚かせてしまったね。けれど、良かった。君は純潔のまま、俺を待っていておくれ」


 キラキラの笑顔は、さすがアルルカンや。せやけど、オーヘンもタリアンもニヨニヨ笑っとる。なんや、ムカつくんやけど……!


「あらあらぁ。私の愛しい風見鶏……いえ、ニーナ。あなたは本当に愛らしいわねぇ」


 笑顔のユルンヌが鏡をウチに向けた。するとそこには、顔を真っ赤にさせとる、人の姿のウチが映った。


「は? え? まさか元の姿に――」


 ポン! と白煙が上がり、またもやウチは風見鶏に戻った。


「なんやの、もう。誰の仕業やねん。ガリンヌか?」


「そんな訳ないでしょう」


「せやったら、キボンヌか?」


「わたしは風見鶏ニーナ・ガチ勢だ。人の姿の君には興味などないっ!」


「イラつくわぁ。まあ、ええか。ほなな、アルルカン。オーヘンにタリアンも。教皇サマにはくれぐれもよろしゅう伝えといてえや。特に『東の教皇』サマにはなぁ」


 まあ、とっくに諦められとる……というか、無き者として見られとるやろうけど。


「ああ、分かったよ」


 アルルカンとオーヘン、タリアンが逆さ剣を胸元に構え、ウチの背後に浮かぶ四人の守護天使に向かい、一礼した。


 教会堂を降り、白馬に跨る。町に滞在していた歩兵隊が集まり、『ワーヴェル騎士団』は楽団が奏でる壮大な音楽と共に、教会中枢ネへミアへの帰路に着いた。


 ◇◇◇

「――面白いモンが見れて良かったなぁ、アル」

 

 先導する白馬に跨るオーヘンが、すぐ後ろに続くアルルカンに笑みを向ける。


「ああ。不適格だとは言ったが、そんなはずがない。彼女はまさしく、神がお選びになられた救世主だ」


 同じように、アルルカンの笑みが黒髪から覗く。愛する風見鶏から発せられた言葉を思い返した。


『確かにこんな姿にされたんはムカついたし、今すぐにでも元の姿に戻りたいわ。せやけどな、救世主を馬鹿げた存在やと笑うアンタの妻になんかなるんは、真っ平ゴメンや! いつ何時なんどきでも人々を救わんとする救世主を舐めんなや!』


「――じゃが、今回守護天使と一戦交えられたのは、役得じゃったのぅ。天界主催のイベントで優勝するためとは言え、オタクのキボンヌサマサマじゃあ」


 オーヘンと同じく、先導するタリアンが、ふっと笑う。


「しかし、造られた存在とは言え、さすがは天使だったぜぃ。第2天使のみの降臨かと思っていたが、まさか四機が揃うとはなぁ」


「これこれ、オーヘン。天使サマを機と数えるとは、不敬罪で処刑されるぞぃ? まあ、残る一機は、今も行方知れずのようじゃがのぅ」


「てめえも不敬罪だぜぃ? タリアン」


「そうじゃった、そうじゃった。ついうっかりのぅ」


 そう言って、愉快そうにタリアンが笑う。


「守護天使など、どうでもいい。我らが狙うは、神と呼ばれる存在だからな」


 アルルカンが首元に提げていた、教会のシンボルをプチッとちぎった。そうしてそれを、すぐ隣を流れる川に投げ捨てた。


「見せかけの信仰心など、とうに捨てておるでなぁ。さて、我らがアルルカンよ、神を欺く覚悟はできたか?」


「ああ。騎士は忠義を貫く者だ。だが、道化師は大抵、嘘をつく存在だからな。この世界に本当の信仰心を取り戻すことこそが、アルルカンと呼ばれる男の存在理由なのだ」


 青い瞳が黒く染まる。アルルカンが彼らの前に進み、手綱を握る拳を一層強めた。









 


 


  




















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