第18話 風見鶏令嬢、烙印を押される

「――はあ〜! 堪らんわ、堪らんわぁ!」

 

 パシャパシャパシャパシャ――。

 カメラのフラッシュが、これでもかとウチに浴びせられる。


 満足するまでウチのワロタ写真を撮り終えたキボンヌが、ほわほわの悦顔を浮かべた。その額にはいつの間にか、『♡風見鶏ニーナ・ガチ勢♡』のハチマキが巻かれとった。


「……これはもしかしなくとも、そういうコトやんなぁ?」


 怒りはとうに過ぎ去っていて、今はただ、遠い目をするだけや。


「ああ! すべてはわたしの目的を叶えるため。『第一回、私の救世主しか勝たん!誰が一番不遇な目に遭ってるか調べたらワロタ選手権』――通称『救世主ワロタ選手権』で、珠玉の一枚を撮影するための布石だったのだ!」


 ふふん、とキボンヌが満足気に腕を組み、鼻息を漏らす。


「良かったですね、キボンヌ様。珠玉のワロタ写真が撮れたのなら、我々『ワーヴェル騎士団』も協力した甲斐があるというもの」


 戦闘態勢を解いたアルルカンやオーヘン、タリアンまでもが、キボンヌの前で傅いとる。


「うむ。協力感謝するぞ、聖騎士らよ」


「どれどれ〜? オレっちにも風見鶏チャーンのワロタ写真見せてよ、ボン兄ぃ〜!」


 何事もなかったかのように、チャランヌがカメラを覗く。


「私も見たいわぁ、キボンヌお兄様。どれだけワロタなのぉ?」


「キボンヌ兄様の唯一の生きがいですからね。我ら守護天使も協力を惜しみませんよ」


 ユルンヌにガリンヌまでもが、キボンヌの異常さを肯定する。


 なんや、こいつら。まさか全員がキボンヌに協力しとった言うんか? 守護天使だけでなく、『ワーヴェル騎士団』も? せやったら、さっきまでの死闘も全部、演技ってコトかいな?


「あ、あのー、これってつまりそういうコトやんなぁ。なら、どっからが演技やったん?」


 恐る恐るアルルカンに訊ねた。


「ん? ああ、最初からだぞ、俺の可愛いニーナ」


 爽やかな笑顔で、アルルカンが言った。


「最初からかいな! だったら結婚云々も嘘ってことやな! 良かったわぁ……」


 ホッと胸をなでおろしたウチを見下ろすアルルカン。その青い瞳と視線が重なった。思わずドキリとするも、その瞳は寂しそうやった。


 なんや? なんか言いた気な目ぇしとるけど……。


「……アルルカン? どないしたん?」


「……ん? ああ、なんでもないよ。安心してよ、ニーナ。全部嘘だから」


 そう言って、アルルカンが両頬に人差し指を添えて笑った。


 その笑い方に、ウチは昔を思い出した。そう言えば道化師のアルルカンは、いつもこんな風に笑っとったな。


「――ああ〜、シチェーションといい、表情といい、まさしくニナたんしか勝たん!……ですな。守護天使と聖騎士に取り合いされる、救世主の苦悩――。これほどの不遇を強いられている救世主もおらんわぁ! これは圧倒的投票数で、わたしのニナたんが優勝ですぞぉ!」


 両手を上げ、キボンヌが体をくねらす。


 なんや、その動き。守護天使のそれとちゃうやろ! かといって、オタクのそれでもあらへんけど!


 厳格な第2天使はどこへ行ったんや? ウチはもう、溜息しか出んかった。


「……んで? おたくら『ワーヴェル騎士団』は、守護天使の道楽に付き合うために、こないな所まで来たんかいな?」


 アルルカンの隣に立つ、オーヘンとタリアンに訊ねた。


「それもあるが、わしらがここに来た理由は、もう一つあるぞぃ、風見鶏」


「と言っても、あまり重要なことでもねえんだがな」


 そう言って、視線を逸らしたオーヘンが頬を掻く。


「ん? なんや、もう一つの理由って」


「ああ、それはね、ニーナ。俺達は君の査定のために来たんだ」


「さてい?」


 ポカンとするウチの耳に、「――つまりは君が本当にフラミンゴス教会の救世主に相応しいか、彼らはその実態調査に来たのだよ」とウマオヤジの声が聞こえた。


「ウチが救世主に相応しいか……? って、どの口が言うてんねん! ウチを無理やり救世主にしたんは、アンタらやろ!」


 色々な苛立ちも相まって、思わずウマオヤジに噛みついてしもうた。……いや、ウチは何も悪ないはずや。悪いのは、ウチの周りにおる奴らやろ。


「ふっ。何を言う? こうして風見鶏として救世主の立場となったのだ。その覚悟なくして、元の姿には戻れないぞ、――ワトリエルご令嬢?」


「くっ……! ホンマ腹立つオヤジやなぁ!」


「何とでも言えば良い。だが君はもう、ただの14歳の公爵家令嬢ではないのだよ。それだけは自覚したまえ。そうでなければ、いつ闇落ちするかも分からんぞ?」


「は……? 闇落ちって、ウチは……!」


「――ウェルバ。それ以上、我らが救世主の不安を煽るな」


「……は」


 粛々と頭を下げるウマオヤジ。その先には、厳格な表情で逆さ剣を握るキボンヌ他、三人の守護天使がおる。


「……それで、ウチの査定はいつするんや?」


「ああ、それならもう終わったぞ」


 あっさりとアルルカンが言った言葉に対し、ウチはパチパチパチと瞬きした。


「……は? いつの間に査定なんてしたんや? アンタらが来て、まだそない時間も経ってへんやろ? なんならずっと、天使らと戦っとったやんけ」


「まぁ、それはキボンヌ様の目的を叶えるための手段だったからな。それでも、我々は『ワーヴェル騎士団』として、しっかりと君を査定させてもらったぞ」


「ホンマかぁ? それで、結果はどないやの?」


 異様な緊張感がウチの体中を走る。それを察してか、アルルカンがニッコリと笑った。


「ああ、君は素晴らしい救世主だよ、ニーナ。査定の結果は勿論――不適格だ」


 突きつけられた、アルルカンの真顔。


 なんや、アンタ。そないな冷たい表情もできるんかいな……。って、え? 不適格? それってつまり、ウチは救世主失格や言うことかいな?
















    


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