第17話 風見鶏令嬢、教会の上であのセリフを叫ぶ

 壮大な音楽と共に、天使と聖騎士の戦いが繰り広げられる――。


 剣を構えるオーヘンに、チャランヌの拳が飛ぶ。俊敏同士、二人がぶつかり合うと、ぶわっと砂埃が舞った。


「……ふう。あっぶねえ!」


 砂埃が晴れると、そこにはチャランヌの拳を剣で受け止めるオーヘンの姿が見えた。


 ギリギリとチャランヌの拳を押し返そうとするオーヘンが、ニッと笑った。


「嬉しいねぇ。あんたら守護天使と戦えるなんざぁ、騎士冥利に尽きるぜぃ?」


「なぁに言ってんの〜? 聖騎士はこの世界の秩序と平和を護る者っしょ〜? それが天使相手に戦えて嬉しいなんて、聖働法規パーミナル違反なんじゃな〜い?」


「ふん。俺ら『ワーヴェル騎士団』が忠誠を誓う相手は、あんたら天使じゃねえんでね。そうだろう?――タリアン!」


 その瞬間、チャランヌの顔目掛けて切っ先が飛んだ。


「ああ、そうじゃなぁ。わしら『ワーヴェル騎士団』は、神にのみ忠誠を誓う者じゃ。おんしら守護天使に怯む騎士ではないぞい……!」


 さっきまで蹲っていたはずのタリアンが、オーヘンと二人掛かりでチャランヌに攻撃を仕掛ける。それにはチャランヌも分が悪いのか、二人と距離を取るように泉の前まで下がった。


「……まぁだそんなトコにいたの、ガリ兄ぃ。水に弱いんだから、さっさとそんなトコから出なよ」


 泉の中にいたガリンヌに、チャランヌが言う。その目は二人の騎士を見据えていて、ぐっと拳を握った。


「……まったく。第5天使に言われるまでもない。少し休んでいただけだ」


 そう言うと、ガリンヌは泉から出た。眼鏡の縁を上げ、薄っすらと笑う。


「騎士風情が神の子である天使に仇なすとは、これは少々、お仕置きせねばなるまいな」


 ガリンヌが逆さ剣を地面に突き立て、オーヘンと対峙した。


「人間相手に負けたら、今晩のおかず、オレっちがもらうからね〜?」


「フン。末席の守護天使におかずを取られては、第3天使の名折れだからな。――全力で行くぞ」


 ガリンヌが剣を構え、オーヘンに斬りかかる――。


「それじゃあオレっちは、ヤリ損ねた騎士クンにトドメを刺すとするよ〜」


 チャランヌは剣を構えるタリアンに向き、ぐっと拳を握った。


「次は先程のようなことにはならんぞぃ?」


「強がるのはイイけど、まぁた秒で終わらせてアゲルよ〜」


 先に動いたのはチャランヌ。その拳と蹴りを剣で受け止めたタリアンが、渾身の力でチャランヌを薙ぎ払う――。


 一方、教会の上では、キボンヌとアルルカンの熾烈な戦いが繰り広げられていた。互いに引けない理由があるからこそ、この戦いはどちらかが敗北しない限り、終わらない。

 

 またもや鍔迫り合いとなる中、二人の力が均衡する。


「――自らの役目を思い出せ、アルルカン! お前に聖騎士団の副団長など似合わない! お前こそ、フラミンゴス教会の道化師、アルルカンだろう!」


「……道化師、ねぇ。俺をそんな者に落とした天使が、何を偉そうに。心を持たない道化師が、一人の少女の笑顔にどれだけ救われたか、所詮天使には分かるまい……!」


 アルルカンが渾身の力で剣を振るう。その剣身がキボンヌの胴に食い込んだ。


「っ……!」


「キボンヌ……!」


 苦悶の表情を浮かべるキボンヌが、さらなる一撃をくらい、ウチの前に落ちてきた。周り一帯が衝撃波を受けたようで、その中心でキボンヌが四肢を広げたまま動かない。


「おやおや。もう終わりですか? キボンヌ様」


 コツコツと足音と共に、アルルカンがキボンヌに近づいてくる。


「――ふ。そんな訳ないだろう? わたしにはわたしの目的がある。それを成就させるためには、如何なる犠牲も厭わない……!」


 厳格な表情で、逆さ剣を地面に突き刺し立ち上がった、キボンヌ。


「それは俺も同じです」


 アルルカンもまた、この熾烈な戦いを続けようと、キボンヌに剣の先を向ける。


「ちょ、もうホンマやめーや、二人とも! いつまで続くねん!」

 

 ウチの叫びも虚しく、教会の上も下も天使と聖騎士が戦いを続けとる。


「うふふ、私の愛しい風見鶏。この戦いを終わらせるには、あなたの力が必要よぉ?」

 

 文字通り、ウチの上で高みの見物をしとるユルンヌを見上げた。


「ウチの力って、どういうことや? ウチに何をせえ言うんや」


「簡単なことよぉ、私の愛しい風見鶏。二人とも、あなたを取り合って戦っているのだから、そういう時に叫ぶセリフがあるはずよぉ?」


「はぁ? こないな状況で叫ぶセリフ? うーん、なんやっけ?」


「ほらほら、物語でもよくあるじゃない。二人の男が愛する女性を賭けて戦った末、勝負を終わらせようと、女性がどちらにも言い放つ、あのセリフよぉ」


 これ、あれやんなぁ。こういうときに叫ぶセリフいうたら、ただ一つやんなぁ。


「それ言うたら、ホンマにこの戦いが終わるんやな?」


「ええ。きっと円満に終わるはずよぉ?」


 ニコニコと笑うユルンヌに、ウチは大きな溜息を吐いた。


 分かったわ。めっちゃハズいけど、言うしかあらへんのやったら、いくらでも言うたるわ。だから全員、耳の穴かっぽじって、よう聞くんやで――。


「お願いやから、ウチのために争わんといてえええ!!!」


 そう大声で叫んだウチの耳に、パシャパシャと勢いよくカメラのシャッターを切る音が聞こえた。


 これ、多分……と言うか絶対、アイツやろな。すべてはアイツの仕組んだ、壮大なワロタ写真のための布石やったんや。


 そう気づいたウチは、怒りのままギリッと瞼を開けた。

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