第3話 風見鶏令嬢、笑いに走る
♦♦前回までのあらすじ♢♢
風見鶏となったニーナ・ワトリエル嬢は、フラミンゴス教会の『五大教典』の一つ、『ミズノ書』の守護天使——チャランヌと共に、嵐の中、土砂崩れに巻き込まれそうになっていた、幼い兄弟を救うことに成功。チャランヌからフラミンゴス・ポイントを貯めることで、元の姿に戻れることを知ったニーナ嬢は、今回の救済で得たポイントを使い、“発声”を取り戻したのであった。
♢♢♢
「——はあ。やっぱりウチの声は最高やなぁ。天使にも劣らん、カナリアの如き美声やで」
嵐が過ぎ去った翌朝、晴天の中、ウチは機嫌よく町の様子を見下ろしとった。すると町の中央広場に掲げられとるフラミンゴス教会のシンボル――〈三日月に逆さ剣〉のモニュメントに、今まさに教会の連中が逆さ剣を差し込んどるところが見えた。
「なっ! ほら見てみぃ! 嵐で剣吹き飛んでしもうてるやん! せやから接着剤でつけた方がエエ言うたやろ!」
発声を取り戻したウチに、教会の連中は驚いたようにこっちを見上げた。
「何を言っているのだね、ニーナ嬢」
突然背中から声がして、はっとウチは振り返った。そこに立っていたのは、ウチを風見鶏にした、教会一のお偉いサンやった。
「アンタぁっ……」
「司教に向かって、あんたはないだろう。私はフラミンゴス教会、第三司教のウェルバ・マトニクス。君をフラミンゴス教会の救世主として、正しく育て上げる司教だ」
黒い礼服を着て、フラミンゴス教会のロザリオを首から下げるハゲ頭の眼鏡オヤジに、ウチはギリギリと歯ぎしりした。
「うっさいわ、アホ! さっさとウチを元の姿に戻さんかい、ウマオヤジ!」
「なっ! ウマオヤジとはっ……!」
いきり立ったウマオヤジが、冷静さを取り戻したのか、ゴホンと咳払いした。
「私を愚弄するとは良い度胸だ、ニーナ嬢。それに、たった一晩で自らの声を取り戻すとは、ワトリエル家の令嬢にしては、やるじゃないか。大方、五大天使の誰かが、気まぐれに力を貸したのだろうがね」
「あん? ああ、チャランヌとかいう、チャラチャラした天使はんが、“ポイ活”について教えてくれはったで? 元の姿に戻るには、1億ポイント必要なんやろ? なぁ、ウマオヤジ、あんたウチが今、何ポイントか知っとるか?」
「……はて。何ポイントだね?」
至極マジメに、ウマオヤジが眼鏡の奥をキランと光らせた。
「5ポイントやで? たったの5ポイント! 5円玉がどれだけ積もれば1億になんねん! ウチがどれだけ絶望したか分からへんやろ!」
ぶふっとウマオヤジが吹いた。
厳格な顔に似合わず、吹き出すこともあんねんな。なんや嬉しいやん。ウチがこの堅物司教を笑わせたんやろ? なら、もっと笑かしたる。
そうウチの中の何かが騒いで、さらにつづけた。
「なぁ、あんたら今、教会のモニュメントに剣を戻しとるけど、アレ、ホンマどうにかした方がエエで? また嵐が来たら、風で吹き飛ばされて、
「ぶふっ、や、やめたまえ、ニーナ、じょっ……」
その光景を想像し、ウマオヤジが必死に笑いを堪えとる。
「あーあ。そないな新聞記事が出たら、世界中から非難ごうごうやで? そないなったら、あんたの責任は免れんよなぁ? せやったら、ウチが木っ端みじんになる前に、元の姿に戻した方が、賢明なんちゃいます?」
「だか、らっ……私を笑わせようとするのはやめたまえと言っているだろう!」
笑いを堪えすぎて、真っ赤になっているウマオヤジが、さっとモニュメントを指さした。
「いいかね、あれは昨日君が抜き去った剣を戻しているに過ぎないのだよ! 構造上、あの逆さ剣は、どのような暴風でも抜けないようになっている! それなのに君があれを抜いたせいで、我々はいらぬ労力を強いられているのだよ!」
見れば、モニュメントに逆さ剣を戻す作業は、思っとる以上に大変そうやった。
「せやけど、あの時はあっさり抜けたで? 元に戻すんのも、そう労力いらんやろ?」
「誰もが君と同じ脳筋ではないことに気づきたまえ。まったく、これだからワトリエル家は……」
吐き捨てたようなウマオヤジの台詞に、むうっとウチは唇を尖らせた。まあ、元から嘴は尖っとるんやけど。
「あんた、えらいワトリエル家を下に見とるようやけど、そないにうちらを卑下する理由は、なんなん?」
さっきまで笑いを堪えとったウマオヤジが、さっと真顔となった。胸元の逆さ剣を掴み、ウチを睨みつける。
「……君達ワトリエル家は、このトコナミアの公爵家でありながら、貴族で唯一……」
ウマオヤジが溜める言葉に、ごくりとウチは息を呑んだ。ぷるぷるとウマオヤジが震え出した。
「貴族で唯一、君達ワトリエル家だけが、教会への寄付金額が圧倒的に少ないのだよ!」
司教とは思えない叫びに、ウチの目が点になった。
「……は? 寄付金額? うちが一番少ない?」
「ああ。圧倒的最下位だ。とても貴族とは思えないほど、少額の寄付金。まだ庶民の方が出しているくらいだ。まったく、信じられんよ。君達ワトリエル家は、『
「え? 教皇サマも?」
「ああ。信じられんくらい、ドン引いていらっしゃった。あんなにも引いた教皇様の御顔を拝見したのは、初めてだったよ。だからこそ、君がフラミンゴス教会の救世主になるのは、至極当然のことだと思うがね」
「いっそう、ウチを火あぶりにした方が、エエんやったんでは?」
「いや。『東の教皇』様は、四人の教皇の中でも、ダントツで慈悲深き御方。おいそれと、東の民を処刑されることを望んではおられない。ワトリエル家についても、触らぬ神になんとやらの精神で、もう何も考えてはおられないだろう」
「触らぬ神って、うちを
「そうだ」
「そうなんかい!」
はあっとウチは溜息を吐いた。
「すんまへんなぁ。両親にはウチからきつく言うておきますさかい。ああ恥ずかし。もう学校行かれへんやん」
一人ぶつぶつと呟くウチに、ウマオヤジが改まって言った。
「それはそうと、君はこれから、“ポイ活”とやらを始めるのだろう?」
「へ? ああ、せやで。そうせな、元には戻れんやろうしな。あんたもそのつもりはないんやろ?」
「ああ」
きっぱりと言われたウチは、「せやったら、風見鶏として、人助けせなな」と覚悟を決めた。
「そうか。ならば、お手並み拝見といこうか」
そう言うと、意味深に笑ったウマオヤジが、ウチの隣に腰かけた。
「さあ、救世主様。私の前で、“奇跡”を起こしてくださいませ」
くっ。なんや、コイツ。さっきまで散々ウチのことなめとったくせに、急にしおらしく傅きよってからに。……いや、ちょい待ちぃ。コイツがハッタン教会堂で一番の偉いサンなら、コイツを味方にするんは、ウチの今後を大きく左右しそうやな。せや、ならコイツが言う“奇跡”っちゅうモンを、今ここで見せたろやないの!
そう腹に一物を抱えたウチは、もう一度町を見下ろした。そうして町の隅々を見渡したウチの目に、一人のお婆さんの姿が映った。
何やら、このお婆さん、えらく辺りをきょろきょろしてはるなぁ。誰か探しとるんか? それとも――。
そう考えとったウチの目に、今まさにお婆さんを背後から襲おうとする、三人組の輩が映った。
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