第4話 風見鶏令嬢、戦慄が走る
前回までのあらすじ
フラミンゴス教会の風見鶏となったニーナ・ワトリエル嬢は、ハッタン教会堂で一番偉いウェルバ・マトニクスの前で“奇跡”を起こすよう煽られる。そんな中、ニーナは町の中で、今にも暴漢三人組に襲われそうになっているお婆さんを見つけたのであった。どうする? ニーナ。負けるな、ニワトリ令嬢——。
「いや誰がニワトリ令嬢やああ! ウチは風見鶏じゃ、阿呆! ……って、風見鶏でもあらへんけど……(ズーン)」
♢♢♢
ウチは今にも暴漢三人組に襲われそうになっとるお婆さんに向かい、教会堂の上から大声で叫んだ――。
「おっばあさーん!!! 後ろ後ろオオオ! 後ろ見てみいいい!!!」
あんなにも大声出したんは、四歳のとき、次男のジオンに、お気に入りのクワバタマンのフィギュアを壊されたとき以来やったとな。
まあ、それは置いといて、ウチの大声は町中を響き渡り、お婆さんをぎょっとさせた。
そうしてお婆さんが振り返ると、バットを振りかざしとった暴漢三人組は、ダラダラと汗を流し、ぴゅ~と口笛を吹いて、バットを背中に隠した。そこにウチの大声に気づいた町の警備兵がやってきて、お婆さんを無事に確保。暴漢三人組は、武器集合罪と傷害未遂で呆気なく御用となった。
「——どや、ウマオヤジ。これがウチの“奇跡”っちゅうもんや!」
どや顔でウマオヤジを見るウチに、「今のどこに“奇跡”要素があったのだね?」と、堅物司教が眼鏡を曇らせる。
「ま、まあ、確かに今のは、ただの大声やったな。せやけど、結果としてお婆さんを救ったに、変わりあらへんやろ?」
その時、ウチの頭上でピコン! と高い音が鳴った。見上げれば、ウチの頭上で「1P」という数字が光り輝き、消えていった。
「あ、もしや今の救済で、1ポイントもらえたんかな? せやったらウチ、今6ポイントやな。なんや、まだまだ元の姿に戻るんは、遠いなぁ」
はあっと溜息を吐いたウチを、立ち上がったウマオヤジが見下ろした。
「やはり、風見鶏風情の救世主では、教会が求める“奇跡”など起こせんか。まあ、君が元の姿に戻るという夢物語こそ、“奇跡”だがな」
「なっ! いつかウチをこんなんにしたアンタらに復讐したるからな!」
「っは。やれるものならやってみればいいさ。私は忙しい司教の身ゆえ、君に付き合うのは、此処までにさせてもらうがな」
そう言うと、ウマオヤジが天井部屋の窓へと降りていった。去り際、ウチに向かって、えらい思わせぶりな笑みを浮かべて、言った。
「お客様だよ、風見鶏令嬢」
「お客様ぁ?」
その言葉を最後に、ウマオヤジは消え、代わりにそのお客様がウチの下へとやってきた。その正体に嫌気が差したウチが、お
「——よぉ、ニーナ。元気しとるかぁ?」
「けったいな挨拶やなぁ、ライオネル。この裏切りモンっ……! よくもウチを見放したなぁ!」
ウチの幼馴染で、この状況を作り出すに至った、もう一人の共犯。ライオネル・ガントラスト。顔だけイケメンの、性悪侯爵跡取りのボンや。
「ちょ、俺かて司教に許しを請うたやん!」
「アンタが調子に乗ったウチを止めへんさかい、こないなことになっとるんやろ!」
コイツに言いたいことは、ぎょうさんある。
「せやけど、……か、風見鶏になってもかわええなぁ、俺のニーナは♡」
急にウチを褒めてきたライオネルが、次の瞬間には、ゴホッゴホッと咳き込み、ついには吐血した。
「がはぁ! っく! くそう! 幼馴染を褒めたら死ぬ病気が、こないなところでっ……」
大袈裟に苦しみだしたライオネルに、ウチの冷ややかな目が向けられる。
「ニ、ニーナ……! 俺、ホンマはお前のことが……」
そう言ってこと切れるまでが、コイツのお約束。
「……とまぁ、いつものお約束も済んだところで、本題に移ろか」
サッと立ち上がったライオネルが、何事もなかったかのように、ウチの隣に立った。
「へえ。教会堂の上からの景色なんて、初めて見たわぁ。ホンマ、町中を一望出来るんやなぁ。綺麗なもんやで」
さあっと風に吹かれて
「……で、本題ってなに?」
「……なぁ、ニーナ。お前の第二の人生、風見鶏って、どないなん?」
ぷ、ぷぷぷ‥‥‥! と必死に笑いを堪えとるライオネル。コイツを殴れん人生の、何と不幸なことか。
「おもっくそ不自由で、おもっくそ不幸やで。ウチを馬鹿にしとるアンタを殴れんからなぁ」
「ま、まあ、風見鶏じゃあ仕方あらへんやろなぁ。っぷ、ぷぷっ……」
「んで! せやから本題!」
「んんー? 聞きたいか? 本題」
「当たり前やろ! そのためにアンタもここに来たんちゃうの!?」
苛立つウチに、ライオネルが憐みの視線を向けた。困ったようにハの字にさせた眉に、さらなる苛立ちを覚える。青い瞳に光など宿らせず、ただ淡々とライオネルが言った。
「今朝方、うちに電報が届いたんや。お前の父ちゃんと母ちゃんが、ジェノレープから帰って来はるで?」
「……は?」
ウチは頭が真っ白になった。おとんとおかんが帰ってくる? どこに? トコナミアに?
「なんでっ!?」
さっきのお婆さんを助けたときくらい、大声がでた。
「なんでって、お前がフラミンゴス教会に捕まった時、俺に言うたやん」
♦♦♦
『——やっばぁ! 教会に捕まってもうたやん。ライオネル、至急うちのおとうとおかんに電報打ってやぁ! 大事な一人娘が、今からフラミンゴス教会の異端審問にかけられますよって!』
『それはええけど、お前の両親、今ジュエノレープに84回目のドラゴン狩りに行ってはるんやろ? それ邪魔したら、鬼の形相で怒るんちゃう?』
『ええねん、ええねん! ドラゴン狩り言うてるけど、あれホンマは新婚旅行の隠語やねんから』
『じゃあ、今84回目の新婚旅行中なん? なおさら怒りはるんちゃうの? お前んとこの両親も兄貴らも、みんな“トコナミアの凶星”言われて恐れられとるやん。なんで貴族が任侠一家みたいになるねん。訳わからんわ!』
『うっさい、早う電報打ってや! 後のことは頼んだで!』
♢♢♢
「——な? お前がそう言うたん、思い出したか?」
「あ、ああ……せやったな。あの時はパニくってて、後先のコト、考えてなかったわ。そうかぁ、帰ってくんのか……」
84回目のドラゴン狩り……やなかった、新婚旅行からの帰還。しかもウチが無理やりその旅路を邪魔したもんやから、きっと怒っとるやろうなぁ。
「……な、なぁ、ライオネル」
「ほな、俺帰るわ! ほなな!」
そう言って、さっと立ち上がり、帰路に着くライオネルの背中に、「おまええええ!」と、また裏切りを感じた。
「なんやもう、俺かて忙しいんやで?」
面倒くさそうに振り返ったライオネルに、「ううん」とウチは声色を整えた。
「なーあ、ライオネル。可愛い幼馴染からのお願いやねんけど♡」
「断る!!!」
「まだ何も言うてへんやろ!」
断固として可愛いウチからのお願いを拒絶するライオネルに、どすの利いた声が浴びせられた。
アカンアカン。もっと下手で、可愛くお願いせなアカン。
「お願いですぅー、ライオネルさまぁー。ウチと一緒に、おとんとおかんにこの状況を説明してくださぁい」
「きっしょ。なんや、その間延びした声。可愛くあらへんねん!」
くっ。こいつホンマ、顔だけのクズ野郎や。
「それに、そういうお願いは、お前の三人の兄貴にしたらどないやねん。あいつらなら、お前の望み、何でも叶えてくれるやろ?」
「阿呆! 兄貴らこそ、こないな状況になっても、何の手も貸してくれへん奴らやで。実際、妹が風見鶏にされたっちゅうのに、誰一人、助けに来てくれへんやろ」
「ああー……。家族にも見放され、幼馴染からも見放され、友達もいない。可哀想な令嬢やで。お前、ホンマは今、悪役令嬢の断罪ルートの途中なんちゃうの? ホンマに、正規ヒロインかぁ?」
「うっさいわ! そんなん、ウチに聞くなや!」
「せやけど、しゃーないな。哀れでどうしようもない幼馴染のためや。ここは俺が一肌脱いだる」
「ホンマか、ライオネル! 恩に着るわ!」
「まあな。……って、あれ、お前んトコの兄貴らちゃう?」
「え?」
見下ろすと、真っ直ぐにハッタン教会堂へと進んでくる三人の男がおった。
「わわ……兄貴らやん。なんや、怒っとらへん?」
ウチの言葉に、何の返答もない。まさかと思い振り返ると、ライオネルの姿はどこにもなかった。
「あんのくそボン! 絶対許さへんからなあああ!」
今日一の叫びが、町中にこだました。
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