第2話 風見鶏令嬢、“ポイ活”を始める。

♦♦前回までのあらすじ♢♢

 自らの信念の下、フラミンゴス教会のモニュメントを破壊した挙句、民衆を扇動し、打倒フラミンゴス教会を掲げた、ニーナ・ワトリエル嬢。教会に捕まり、反乱因子との烙印を押された、ニーナ。異端審問で有罪判決が下された彼女は、風見鶏として、世界を守るよう命じられたのであった。


(ちょ、はじめの方、脚色しすぎやろー! ウチは反乱なんか企ててへん! ただ調子に乗っただけやー!)



♢♢♢

(——ちょ、まってまってまって! 嵐が来とるやん! 暴風雨と風見鶏、最悪の組み合わせやろー!!!)

 

 西の空が雷雲と共に町の方へと近づいてくる。次第に雨風が強まり、教会堂の上に風見鶏としておるウチは、暴風雨にさらされ、勢いよくクルクルと回り始めた。


(わわわわわっ! 目が回るうううう! だれかたすけてええええ)


 なんなん、コレ! 風見鶏って、こない大変な思いしとんの!? しんどおお!


 ウチは何とか風の勢いに抵抗しようとするも、尻の穴に突き刺さった鉄パイプ一つじゃ、どうにもならへん。むしろ、鉄パイプの方が今にも折れそうなんやけど!

 

 ふと、最悪の事態が頭をよぎった。

 

 このままやとウチ、鉄パイプごと折れて、木っ端みじんになるんちゃうの? そうなったらどないなる? ウチの命は? 魂は? バラバラの金属でも、ウチの意識は、人のモンなんやろうか? 


(……)


 怖っわ!!! もう誰か早う助けてや! 


 容赦なく打ち付ける雨風。本格的な嵐に、町の人々は誰ひとり家の外には出ていない。風見鶏として(たすけてえええ!)と口に出しているつもりでも、ウチの声は誰にも届かん。


 もう終わりや、そう思った矢先のことやった——。


「——へえ、キミが新しい風見鶏?」


 ウチの背後で、若い男の声がした。と言うても、クルクルすごい勢いで回っとるウチからしたら、前も後ろも、よう分からんのやけど。


「可哀想だから、そのクルクル止めてあげるね~」


 救世主やん! ホンマ、そう思うた。


 暴風雨がやみ、ウチの体がようやく止まった。


(うえええ。キモチわるぅ。……せやけど、助かりましたわぁ。ありがとなぁ)


 風見鶏としてのウチの声が届いとるのかは分からんけど、素直に礼を言った。


「いいよいいよ、気にしないでよ~! オレッちが風見鶏チャーンを助けるのは、当然っしょ~!」


(へ? って、アンタ、だれえええ?)

 

 そこでようやくウチは、男をマジマジと見上げた。

 

 柄物の半そでシャツに、短パン。靴にはビーチサンダルを履き、額には大っきなサングラスが掛けられている。シルバーの瞳で、ターコイズのサラサラヘアーが、肩につきそうでついていない。


(ほ、ほんまに、誰? どちらさんですかぁ?)


 この嵐の中、教会堂の上で風見鶏相手に話しかけてくる男なんて、イカれた野郎か、変質者か、フラミンゴス教会の回しモンしかおらへんやろ。ウチは本能的に目を合わせちゃあかん、やべえ奴やと思い、さっと男から視線を外した。


「ちょっと~! あからさまに目を反らされちゃ~、オレッち、傷ついちゃうジャ~ン!」


 バッと男に体を鷲づかみされ、その顔がウチの前に近づいてきた。


「……ねえ、ちゃーんと風見鶏チャンのお顔、オレッちに見せてよ」

 

 さっきまでのチャラチャラとした話口調が変わった。ウチの瞳を見つめる綺麗な顔立ちの男に、(な、なんなん、コイツっ……)と、思わず風見鶏としての言葉が漏れた。


「ん? オレッち? オレッちはね、フラミンゴス教会、“五大教典”の一つ、『ミズノ書』の守護天使、チャランヌだよ~ん!!!」

 

 ウチの前でダブルピースをして笑った男。


 は? ちゃらんぬ? ちゃらちゃらしとるから、ちゃらんぬ? それとも、ちゃらんぽらんの、ちゃらんぬ? んで、守護天使? なんなん、コイツ……。ホンマに言うとんの?


 一瞬の内に様々な心の声が過った。けど、ふと冷静になったウチは、(はああああ?)と叫んだ。


(は? アンタが守護天使? それも『ミズノ書』の守護天使やて!?)


「そうだよ~ん。どぅ? ビックリしたっしょ~?」


(いや、ホンマに言うとんの? 確かに“五大教典”には、それぞれ守護天使がおるって学校で習ったけど、ホンマにおるとは思わんやん? え? なに? ドッキリか何かなん?)


「いやいや、人が風見鶏にされてんでしょ~? そういう世界観なんだから、神も天使も悪魔も降臨するに決まってんジャ~ン?」


(え? えええ? ホンマにホンマの天使なん?)


「そうそう! ホンマにホンマの天使! これでも、上から5番目に偉い天使なんだから~!」

 

 そう言うと、チャラ男……やなかった、チャランヌが、バッと白い翼を広げた。


(わわわわわ! ホンマに天使サマですやん。感動でっせ)


「はは。東亜の風見鶏チャーンは、方言強め女子だね~。でもそういうトコも、かっわいい〜! フウウ!」


 テンションアゲアゲで、チャランヌがウチを褒めた。少し冷静になったウチは、雨風が止んでいるのが、自分の周りだけだと気が付いた。


(なんや、嵐過ぎてないやん。ってか、さっきよりも強うなってへん?)


「まあ、オレッちの力で、キミの周りだけ雨風を止めてあげただけだからね~。町は今、嵐の真っただ中だよ」


 見れば、ウチとチャランヌを囲むように、黄金色のドームが雨風を防いでいる。


 町中を見渡せる教会堂の上から、ウチは何か異変が起きとらんか、注意深く見た。すると今にも崩れそうな山の麓に、ボロ小屋を見つけた。


(な、なあ、あの山、今にも土砂崩れ起こしそうなんやけど。麓の小屋に、誰もおらへんよな?)


「ん? ちょーっと待ってね。オレッちの透視能力で、小屋に人がいないか見てみるから」


 チャランヌが真剣な表情で、小屋を見つめとる。


「ハっ……! ま、まずいよ、風見鶏チャーン! 小屋の中に、二人の子供がいるよ!」


(はあああ? 子供が二人って、両親はどこほっつき歩いとんねん!)


「彼らの両親はー……、いたっ! ちゃんと彼らの家にいるよ! そっか~、兄弟二人で山に遊びに来てたところを、急な嵐が襲ったもんだから、慌てて小屋に逃げ込んだんだね~。どうする、風見鶏チャーン? このままだと、彼ら幼い兄弟は、土砂崩れに巻き込まれてしまうよ~?」


 チャランヌの能力なのか、今まさに小屋の中で震えている幼い兄弟の映像が、目の前のドームに映し出された。


(どうするもこうするも、助ける他あらへんやろ! せやけど、ウチは風見鶏やし、ここから動けへんし、どうすればええんや!)


 一刻を争う状況に、ウチは焦りに焦る。


「ほら、風見鶏チャン。キミの記念すべき、初めての“ポイ活”だよ。ここで徳を積んで、ポイントを貯めれば、その不自由な体から解放される日も近いかもよ?」


(なっ!? マジで言うとんの? ポイ活? 徳を積む? よう分からへんけど、あの子らを助けたら、ウチは元の姿に戻れるんやな? やったら、やることは一つや!)


 ウチは脳筋の頭で、出来得ることすべてを考えた。ウチは何にも出来ひん風見鶏やけど、そこらの風見鶏とはちゃうんやで!

 

 コ・コ・コ――コケーコッコー!


 一つの作戦が、閃いた瞬間やった。


♢♢♢

 町中にサイレンが鳴り響く。嵐による土砂崩れ警報を知らせるサイレンに、町の人々は安全な場所へと避難していく。


「——ああ! うちの子達はどこにおるんや! 誰かうちの息子らを見ませんでしたかぁ? 夕方遊びに行ったっきり、帰って来ないんですわ!」


 兄弟の母親が、必死に避難していく町の人々に助けを求めている。


「いや、あんたんとこの二人の息子は、見てへんで?」


「先に避難場所に逃げとるんやないか?」


「今、夫が確認しに行っとるんですが……あ、帰って来た!」


 暴風雨の中、走って帰って来た父親に、不安そうな母親の顔が向けられた。


「どないでした?」


「いや、おらへんかったわ。あいつら、一体どこにおんねんっ……」


 焦燥に駆られる両親に、町の人々も心中穏やかではない。そこに、いくつもの小石が降って来た。どこから降って来たのかと、ふとハッタン教会堂を見上げる。すると、その天辺に位置する場所に、この暴風の中、ある一点を指し示す風見鶏の姿が見えた。


「え? あの風見鶏、なんか変やない?」


「確かに。この嵐の中、風でクルクル回るでもなく、ただ一点を指しとるなぁ。なんや、あっちの方角に行けって言われとる気がするんやが……」


「うちもや。あっちって確か、山の方やんなぁ。……って、まさかあの子ら、あのボロ小屋におるんやないの? せや。山に遊びに行ったんなら、あの小屋に逃げとるんかも!」


「すぐに向かうで!」


「早うせな、土砂崩れでも起きたら、一巻の終わりやで!」


 両親が慌てて山へと向かう。そうしてボロ小屋の中で、身を寄せ合って震えていた、二人の兄弟を見つけ出した。

 彼らを救出後、土砂崩れが起きた。ボロ小屋は土砂に巻き込まれ、間一髪、二人の幼い命は助かったのである。


♢♢♢

(——はぁ。ホンマに助かって良かったわぁ)

 

 ウチはドームに映し出された家族の喜ぶ姿に、ほっと胸を撫で下ろした。


「いやぁ、まさか本当に助けるとは思ってなかったよ~。すっごいね~、風見鶏チャン」


(いやいや、小石をトスしてくれたんは、チャランヌやからな。ウチはこの金属の羽で、トスバッティングしただけや。よう兄貴らとバッティングしとったからな。その腕前に助けられたわ)


「ははは。ほんっと、面白いね、東亜の風見鶏チャンは。それで、“ポイ活”のことだけど」


 チャランヌがウチの前に腰かけ、その“ポイ活”とやらを説明した。その話口調はチャラ男ではなく、天使そのものやった。


「キミはフラミンゴス教会の“風見鶏”として、この世界を守ることが義務付けられている。フラミンゴス教会にとって、救世主となるものは、神でも天使でもない。キミだよ」


(は? よう話が見えてこんのですけど)


「フラミンゴス教会は、そのものが信仰心の顕れ。つまりは、教会そのものが神であり、天使でもある。そうしてその教会の天辺にある“風見鶏”こそ、この世界で唯一の救世主なのさ。キミは救世主になるのと、元の姿に戻るのだったら、どっちを望む?」


(そんなん決まっとるやん! 元のニーナ・ワトリエルに戻って、教会の連中に復讐したるんや!)


「はは。イイね。オレッちもそれには賛成だよ。……そっか、だったらもっとポイントを貯めないとね」


(なあ、さっきから出てくるポイントって、一体なんなん?」


「ああ、フラミンゴス・ポイントのことだよ」


(フラミンゴス・ポイント?)


「そ。さっきみたいに困っている人や、誰かのためになることをした時、フラミンゴス・ポイントがもらえるのさ。そのポイントを貯めれば、キミは晴れて元の姿に戻ることができるってわけ」


(ホンマか! せやったら、さっきの人助けで、何ポイント貯まったん?)


 ウチは期待に胸が高鳴った。子供二人の命を助けたんや。何百ポイントと貯まっていてもおかしくないやろ?


「そうだなぁ、さっきの救出劇は、せいぜい10ポイントかな」


(10ポイントー? けっこう頑張ったと思うんやけど!?)


「まあ、ポイントって、そんなにたくさんもらえるものでもないしね」


(あの、せやったら、元の姿に戻るには、何ポイントほど必要なんでっしゃろ?)


「そうだなぁ、まあ、パッパの気分次第だろうけど、1億ポイントくらいかな」


(1おくうううう? 気ぃ遠くなりすぎて、一瞬走馬灯が見えましたわ! はあ。道のりは遠いなぁ)


「けどまぁ、ポイントを貯めれば、引き換えに色々なオプションを付けられるよ」


(オプション? たとえば?)


「そうだなぁ。たとえば言葉を取り戻す“発声”だったり、“他の生き物体験”だったり、いろいろかなぁ」


(そうなん? せやったらひとまず、その“発声”とやらを取り戻したいですわ)


「分かった。なら今日の10ポイントから、“発声”オプションの5ポイントを差し引くから、キミの残ポイントは、5ポイントだね。1億ポイントまで、道のりは遠いね~! ふうう!」


 チャランヌが本来のチャラチャラした話し方に戻った。


「それじゃ、嵐も過ぎ去ったことだし、今日のところは一先ず帰るよ。また遊びに来るからね、オレッちの風見鶏チャーン!」


 バイバーイと手を振り、チャランヌは天へと戻っていった。


「……はあ。けったいな一日やったわ。……ん?」


 久しぶりに自分の声を聞いた気がした。


「あ、ホンマに声が出るやん。これなら町の人らとも話せるんちゃう?」


 ほんの少しやけど、ウチは希望を取り戻せた。


「よっしゃ! 先は遠いけど、明日から“ポイ活”始めるでー!」


 嵐が過ぎ去った夜、ウチの目前には、夜空いっぱいの星々が輝いとった。



 ♢♢あとがき♦♦

 第二話をご覧いただき、誠にありがとうございます。これは令嬢モノなのかと、甚だ疑問ではありますが、このまま突き進もうと思います。もしかしたら気づいていらっしゃる方もいるかもしれませんが、この物語は、拙作「羊の門の継承者」と同じ世界線です。ただ、あっちは終末臭漂うダークファンタジーに対し、こっちはふざけにふざけております。人の生き死には描きません。ただただ楽しんで頂ければ幸いです。





  

 



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