風見鶏令嬢、救世主になる!?

ノエルアリ

第1話 風見鶏令嬢、誕生

 『世界信仰化オプシション』の成功により、フラミンゴス教会によって世界が統括され、信仰だけでなく、言語、文化、習慣まで統一された世界。


 ここは『東の教皇』が治める、東亜の小国——トコナミア。

 現国王の妃から見て姪に当たる侯爵夫人の夫の従妹の子、それがウチ、ニーナ・ワトリエル。自分で言うのもなんやけど、これでもれっきとした公爵家の令嬢なんやで。おかんが言うとったけど、家柄はぎりロイヤルファミリーに入るとかなんとか。 

 自分ではホンマかいな? 思うとります。


 世界の言語が統一されたと言うても、それぞれの文化に染まった話口調に違いはある。まあ、方言みたいなもんやろ。世界各地で各々違った方言があって、東亜はウチみたいな話し方するんが基本やな。


 それでな、本題はここからなんやけど、ウチ今、めっちゃ危機やねん。というのも今、ウチがおるんは、フラミンゴス教会のハッタン教会堂。今まさに、ウチへの異端審問が行われとる。


「——それで、ワトリエル公爵家のニーナ嬢は、今日の午後二時過ぎ、フラミンゴス教会が掲げるシンボル――三日月に逆さ剣のモニュメントを破壊したと、そういうことで宜しいですね?」

 

 目の前には教会の司祭やら司教やらお偉いさん方がおって、ウチへの取り調べを行なっとる。こいつらはフラミンゴス教会の中枢本部ネヘミヤから派遣されてきとるから、中央の話し方で、ニコリともせえへん。ずっと怖い顔で、ウチを異端判定したいらしい。


「……別に壊そう思うて、壊したんとちゃいますよ。ウチはただ、逆さ剣が抜けるんかな? 思うてやってみただけなんですわ」


 あれは今日の昼下がりのこと。


 町の中央広場に掲げられとる、フラミンゴス教会のシンボル――三日月に逆さ剣のモニュメントがあって、連れのライオネル・ガントラストとの会話から始まった。


♦♦♦

『——なあなあ、あの逆さ剣って、抜けるんかな?』

 

 何気ないウチの疑問に、ライオネルが鼻で笑いやがった。


『もしアレが抜けたら、なんでもお前の言うこと聞いたるわ』と、顔だけイケメンの性悪侯爵跡取りのボンが言うもんやから、


『よっしゃ! なら抜いたるわ。そんかし、アレを抜いたらウチの言うこと、何でも聞いてもらうで?』……そう、言うたんです。


♢♢♢

「——んで、抜けたんですわ。それはもう、すんなりと。アレ、ええんですの? コンクリとかで固定せんと、嵐の時、飛ばされるんちゃいます?」

 

 ありのままを話した。けど、お偉いさん方はニコリともせえへん。「はあ」と右端に座っとった、一番の偉いさんが溜息を吐いた。


「……ニーナ嬢、ただ逆さ剣を抜いただけならば、ここまでの騒ぎにはなっていないのだよ。我々が危惧しているのは、その後の君の行動だ。逆さ剣を抜いた君は、その後、どうしたのだね? もう一度、説明してくれたまえ」


「は、はあ……」


 ウチはまた、その後の行動を振り返った。


 ♦♦♦

『——よっしゃ、ライオネル、抜けたで! ウチの勝ちやな!』

 

 逆さ剣を肩に、ウチはライオネルの所まで駆け寄った。


『まじか。さすがは脳筋令嬢やな。そんなんやと、嫁の貰い手なくなるで?』


『あほう! アンタがウチを嫁にしてくれるんやろ?』


『誰がお前みたいな無鉄砲令嬢を嫁にすんねん。俺はもっとお淑やかで上品な子ぉがええわ! そんな、ボス戦から無傷で帰ってきましたけど何か? みたいな令嬢はいやや』


『なっ! ウチかて、顔だけで城建てましたけど何か? みたいなツラしたアンタの嫁になるんは、嫌にきまっとるやろ! ったく、ボケに対して本気で答えてどないすんねん』


 一瞬でもラブコメに持ち込もうとした自分に腹立たしくなってきて、ウチはそっぽを向いて、ライオネルの返答を待った。


『……ニーナ』


 不意に名前を呼ばれて、『あん?』とライオネルの方を向いた。するとそこに、ブラウンの髪を靡かせ、青い瞳で、そっと微笑みを浮かべるイケメンがおった。思わずドキンと胸が高鳴ったウチに、間髪入れず、『俺と決闘しようや』とライオネルが親指を立てて言った。


『けっこん?』


『あほう、決闘や決闘。いつまで前のボケ引っ張っとんねん』

 

 やれやれとライオネルが持っていた荷物を置いた。その腰には護身用の剣が携帯されていて、するりとそれを抜き去った。


『なあ、俺一度、お前と試合しあってみたかったんよ。ちょうどええ。俺とタイマンしようや』


『別にええけど。ウチが強いの、知っとるやろ? 負けて泣いても知らんで?』

 

 ウチには三人の兄貴がおって、昔から一緒におとんに鍛えられてきた。筋トレかて毎日かかさなかった。ライオネル同様、ウチのことを脳筋令嬢かて陰口叩く奴らもおる。それでも、ウチは男になんか負けとうなくて、強く正しい令嬢でありたくて、剣術やら体術やらを習っとるんや。

 

 剣を胸に寄せ、ライオネルと対峙した。そして、圧倒的実力差をもって、ウチが勝った。


『くっそー。負けたわ』


 地面に突っ伏したライオネルが、悔しそうにウチを見上げる。


『まあ、ウチに勝ちたきゃ、筋トレから始めることやな』


 ふふんと余裕ぶっこいて、ウチが高みからライオネルを見下ろした。そこに、『おお、おお……』と近づいてくる老人がおった。両手を合わせ、『神の御導きじゃぁ!』とウチを崇め始めた。その老人につられて、ぎょうさん、人が集まり出した。

 

 みな一様に、


『神の降臨や! ありがたやぁ、ありがたやぁ』


『この少女こそ、フラミンゴス教会の神。逆さ剣を抜いたことが証明や』


 そう言われたもんで、ウチは内心キモチ良さを感じながらも、


『え? なんなん、こいつら。ウチが神? て、てれるやないの』


 なんて、調子こいてしもうてん。


『かーみ、かーみ、かーみ』

 

 こない神様コールされちゃ、やることは一つやろ。

 

 そう思って、剣を掲げたウチは、民衆を引き連れ、町の中を行進したんですわ。はい、めっちゃ気持ちよかったです。


『——ウチこそが、フラミンゴス教会の神! このニーナ・ワトリエルこそ、世界を平和に導く女神やでぇー』

 

 熱狂する民衆。

 調子に乗る、ウチ。

 煽るように後光が差したんが、悪かったんやろか?

 そのままハッタン教会堂まで行進しましたわ。


 ♢♢♢

「——はあ。君が行ったことは、我々フラミンゴス教会への反逆——デモだ」


「いやいやいや! そないな大それたモンとちゃいますて! なあ、ライオネル!」

 

 ウチは傍聴席に座るライオネルに助けを求めた。


「あ、あの、ニーナに悪気はなかったんですわ。許したってください」


「声、めっさ小っさ! ……あんのボンクラ、ウチを助ける気ぃ、あるんか! 元はと言えば、アンタがウチを煽るようなこと言ったんが元凶やろ! ……まあ、最初にあの逆さ剣が抜けるんか聞いたんは、ウチやけど」


「ゴホン! 静まりたまえ、ニーナ嬢。……それでは、判決を言い渡す」


「はああああ? あの、ちょっと待ってもらえませんか? まだウチの親も来とらんようですし」


「判決は、——有罪」


「だから待って言うとるやろ! って、有罪??? ウチ、火あぶりにされるんか?」


「ニーナ! 幼馴染やったお前のコト、決して忘れへんからな!」


 ほなな! 言うて、うちに帰ろうと立ち上がったライオネルに、「待たんかい、くそボンクラ!」とウチは怒りをぶつけた。


「え? まって? ウチ、まだ14歳やで? うら若き乙女やで? 穢れも知らぬ、天真爛漫な令嬢やで? こないな断罪ルートで終わるんは、おかしいやろ」

 

 呆けるようにウチは呟いた。


「落ち着きたまえ、ニーナ嬢。我々は有罪と伝えただけで、処刑するとまでは言っていないだろう」


「へ?」


「まあ、一度座りたまえ」


「は、はあ」

 

 そこでようやく、ウチは椅子に座った。改めて、偉いさんであるジジイ司教が口を開いた。


「君には、民衆を導くカリスマ性と、反骨精神がある。このまま放置していれば、君はいずれ、フラミンゴス教会、延いては、この世界そのものの秩序を壊しかねない。そこでだ。ならばいっそう、君を我がフラミンゴス教会の“風見鶏”にしようと思うのだが、どうかね?」


「はあ? 風見鶏? って、あの教会の上にある、鶏のアレですかぁ?」


「そうだ」


「いや、意味わからんて! ウチに鶏になって、教会の上におれ言うんなら、お断りですわ!!!」


「そうか。なら火あぶりの刑だ」


「う、うそですって。風見鶏でも何でもなりますわ。なりゃあエエんでしょ」


「よし。なら、ついてきたまえ」


「はあ」


 ウチは言われるまま、偉いさんの後に続いた。


「ニーナっ……」


 背中からライオネルの焦った声が聞こえたけど、ウチは振り返らんかった。


 フラミンゴス教会は、ウチを“風見鶏”にすることを決め、ハッタン教会堂の天井部屋に連れていった。小窓から屋根に飛び乗り、その天辺にあった風見鶏を抜き去った。露になった鉄パイプに、ウチのお尻の穴が、きゅっとなった。


「さあ、ニーナ嬢。今日からここが君の居場所だ。ここから見える“世界”を守ることが、君に課せられた使命だ」


 偉いさんが笑って言った。両親や兄貴たちに何の別れの挨拶もできず、ウチは一人、風見鶏となる。偉いさんがウチの頭に手を乗せた。何か言葉を呟いた気がしたけど、ウチの耳には、なんて言うとるかわからんかった。


 そうして気が付いたときには、ウチは風見鶏として、教会の上から世界を見下ろしとった。


(——は? え? ホンマにホンマ、ウチ、風見鶏になったんか?)

 

 鉄パイプはウチの尻の穴に突き刺さっていたけど、何の痛みも感じない。


(ちょ、だれか助けて! だれかああああ)


 声も出んし、誰もウチのことを見とらん。ホンマにホンマ、風見鶏として、第二の人生が始まってしもうた。

 

 ふと、下から視線を感じた。見ると、地面からウチを見上げとる偉いさん方がおった。奴らがウチに向かい、グッと親指を立て、笑っとるのが分かった。


(くそがっ! 教会の奴らめ、いつか天罰がアンタらに下るからな!!!)


 イラっとするも、風見鶏状態では何も出来ひん。


(ど、どないしよ。元に戻る方法を考えな、ずっとこのままなんて、いやや!)


 焦るウチの目に、西の空がどんどん暗くなっていくのが見えた。


(うそやろ、嵐がくるやん! ウチ、どうなってまうの!?)


 風見鶏人生の始まりが嵐やなんて、幸先悪すぎるやろー!!!


 Fin  or Continue?

 続くんか、続かんのか、どっちやねん。

 


♢♢あとがき♦♦ 

 日頃、皆様の作品を拝読するにあたり、私も令嬢モノを書きたいと思い立ち、こういう形になってしまいました。引き続き読んでもいいよー!という温かいコメントなどありましたら、続きを書こうと思います。






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