第31話 風見鶏令嬢、戦場で再び……

 狙撃されたロリーナ様の容態は気になるものの、そっちはフォワンヌに任せて、ウチは銃撃戦を繰り広げる教会兵とアンフラミストの元へと走った。


 ここからが救済活動の開始や。


 救世主ロリーナを狙撃された教会兵の士気は下がるどころか、憎悪を増し、アンフラミストを攻撃し続ける。アンフラミストの方も救世主ロリーナの狙撃に成功したことから、ますます勢いが増していく。そのせいか、この戦いが終わる気配は全くない。


 戦場を走るウチを見つけた両者のリーダー格が、ほぼ同時に声を荒げた。


「裏切り者の風見鶏を反教会主義者アンフラミストの手に渡すなっ!」

「我らが真実の神をフラミンゴス教会に渡してなるものかっ!」


 争う両者。互いに譲れない主張。どちらかを排除することでしか終わらない、殺し合い。


 両者のリーダー格がウチを手に入れようと、躍起になって迫ってくる。伸ばされた手がウチを捕らえようとした、その瞬間――。


 両者の前で立ち止まったウチは、目一杯叫んだ。


「――ウチのために争わんといてええええ!!!」


「……は?」

「え……?」


 戦場が一瞬にして、しんと静まり返った。


 遠くでロリーナ様の治癒に当たっとったフォワンヌも、「ニナニナ? 何その恥ずかしげもないセリフ……」と、両手をかざしながら完全に困惑しとる。


「ニーナ、ふざけている場合ではなくてよ?」と苦言を呈すアリスに、「ふざけてなんかおらへんわ!」と反論した。


「ウチかて分かっとんねん、恥ずかしいセリフやってことは! けど、争う両者を止めるには、このセリフが一番なんよ!」


 まあ、この間は完全に『救世主ワロタ選手権』用に叫ばされたセリフやったけどな。


 みんな、キョトンとした顔で戦闘を止めている。目をパチパチとさせながらも、ウチが叫んだセリフを反芻はんすうしとるようやった。


 そらそうやろ。物語やったらよくあるセリフやけど、実際にそないなセリフを叫ぶ少女がおったら、そら、……え? なんやねん? 思うやろ。しかもそこが戦場なら、なおさら「???」は飛び交うやろうし、そもそもウチを巡って争いが始まったわけでもあらへんから、ますます「?????」やろな。


 実際、対峙する敵同士、重なる視線が「???」を連発しとる。


 いやあの、首まで傾げられたら、ウチかて居た堪れんのよ。もっと簡単に、何も考えず、あるがままにそのセリフを受け取ってほしいんやけど……。


「――ハハ」


 その時、どちらとも分からん笑い声が上がった。それから堰を切ったかのように、両者から笑いがこぼれる。やがて大笑いとなり、戦場に笑顔があふれた。


 両者のリーダー格も露骨には出さんけど、口を手で覆い隠し、必死に笑いを堪えとる。今やというタイミングで、ウチは両者に訊ねた。


「なあ、なんでアンタらは戦っとるん? 各々の主張を互いに訊いたことはあるんか?」


 ウチの問いに、教会兵のリーダー格が厳格な面持ちで答えた。


「我々はフラミンゴス教会に仇なす者は容赦しない。教会へのデモを繰り返し、この世界の平和と秩序を乱す叛乱分子を排除することが使命なのだ」


 それでも一息吐くと、幼気いたいけな少女へ向ける表情で言った。


「……と、俺はずっと思っていたのだが、実際、どうなのだろうな?」


 その視線が、アンフラミストのリーダー格へと向けられる。


「我らはフラミンゴス教会の唯一絶対の神など認めない。奴らが強制的に世界信仰化オプシションを推し進めた結果、元からあった神々への信仰心が異端とされたんだ。本来、宗教というものは、自らが縋りたいと望むものを信じることだ。それが強制的に、フラミンゴス教会の神のみを信じろとされたんだ。叛乱する心を持たないはずがない」


「ウチはフラミンゴス教会以前の宗教は知らんけど、そないな想いの人らも世界にはおるんやな。そらそうや。何を信じるかなんて、人それぞれやん。それを強制するやなんて、おかしな話や。せやけど、だからといって、フラミンゴス教会のすべてを否定することなんて、アンタらもできひんやろ。教会兵らの気持ちもよう分かる。誰だって、世界は平和であってほしいんや。アンフラミストに対する見せしめの処刑なんて、したくないはずや……」


 ウチの言葉に、両者がそっと目を瞑る。


「……おれはもう、戦いたくない」

「俺も。できれば銃じゃなく、筆を握りたい。宗教画を描くのが俺の夢なんだ」

「僕は色々な宗教の神々と悪魔のバトル漫画を描きたい。この世界には、フラミンゴス教会以外にも、様々な信仰の対象があったことを広く伝えたいから」


 両者の心からの望みが、次から次へと溢れていく。夢や希望を語るその姿に、敵も味方もない。誰もが笑顔で、この先の未来を信じとるんや。


「なあ、もうちょっとでエエから、互いに歩み寄ることはできひんのやろか? 衝突しとるだけやと、いずれ破滅がウチらを襲ってまうで? 肝心なのは、両者の言い分を聞くこと。そして、理解することや。権力や暴力で押さえつけたかて、本当の意味での安穏なんか、訪れはせんのやで?」


 なんでこないな言葉がスラスラ出てくるのか、ウチにも分からん。けど、両者の争いを止めたい気持ちを、どうにかして伝えたい。その一心やった。


「……分かった。ここは一度停戦し、互いの主張を聞こうではないか」

「話し合いの席につく、そういうことだな?」

「ああ」


 リーダー格同士が話し合い、停戦が決まった。


「はあああ。良かったわぁ。これで銃撃戦はしまいやな」


 ようやくウチも胸を撫で下ろし、ほっと一息ついた。争う両者は場所を移し、細かい停戦条件などについて話し合うこととなった。


 ◇◇◇

 狙撃されたロリーナの顔色が、見る見るうちに良くなっていく。姿は見えないものの、今目の前で天使がロリーナを治癒していることは事実であった。


 まさに奇跡ともいえる救済。


「……ありがとうございます、フォワンヌ様。ありがとう、……東亜の救世主、ニーナ」


 アリスが見えないフォワンヌに向かい、感謝の祈りを捧げる。その姿に、フォワンヌも満更ではない様子で、戦場に笑いを起こしたニーナに視線を向けた。


「……ん」


「ロリーナさまっ……!」


 意識を取り戻し、瞼を開けたロリーナに、アリスが涙ぐむ。


「わたしは一体……」


 上体を起こし、狙撃された胸に傷がないことに困惑するロリーナ。


「お歓びくださいまし、ロリーナ様! 東亜の救世主が降臨させた天使様のお力によって、貴方様のお命は救われたのです! まさしく奇跡ですわ!」


「そう……。それは感謝申し上げます、


「え? ユルンヌ……さま?」


 アリスの疑問には答えず、ロリーナは一心に天に向かって祈りを捧げた。


「――へえ。ナルシアの救世主は、思っていた以上に闇深いんだしぃ」


 その心を読み取ったフォワンヌが、薄っすらと笑みを浮かべた。


「これはまだまだ祖国には帰れないようだしぃ、ニナニナ。さて、日没まであと三時間かぁ。ここから千人の救済活動、間に合うか、……だしぃ」


 再び色付きメガネをつけたフォワンヌが、ニーナの元へと飛んでいった。

 

  












 



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