第32話 風見鶏令嬢、10年の重みを知る
「――本当に両者の争いを止めるなんて、すごいんだしぃ、ニナニナ」
宙に浮かぶフォワンヌが、ウチの頭をわしゃわしゃと掻き乱す。
「ちょ、フォワンヌっ……! やめーや! ウチの髪にはシルク以上の価値があるんやで!」
「ははは〜! やっぱりいいねぇ、ニナニナ。オモチャにして遊びたいところだけど……今は、それどころではないんだしぃ」
「ウチをオモチャにすんなや! ……って、どないしてん、フォワンヌ」
見れば、その視線の先には、すっかり息を吹き返したロリーナ様が立っていた。
「おっ! ロリーナ様も無事で何よりやな! ありがとな、フォワンヌ。ロリーナ様を助けてくれて」
「……うん。おれチャンは必要なかったかも」
「フォワンヌ?」
なんや、浮かない顔して。争う両者も停戦し、ロリーナ様も無事なら、万々歳やん?
じっとロリーナ様を見つめるフォワンヌが、そっと溜息を吐いたのが分かった。そこに、ロリーナ様と、その後ろを顔を伏せながら歩くアリスがやってきた。
ロリーナ様はウチの前で胸に手を寄せると、「ニーナ嬢、この度は私の命をお救いくださり、本当に感謝申し上げます」と敬意を込めながら礼を言った。
「別にウチは何もしてへんよ! 王女様を助けたんは、天使のフォワンヌやからな!」
「え……?」
ロリーナ様の大きな瞳が、パチパチと瞬きを繰り返す。
「え? って、え……?」
「ニーナ……」
おもむろにウチを呼んだアリスに視線を向けると、ぎゅっと唇を噛み締めながら俯く姿があった。
「フォワンヌさま? ユルンヌ様ではなくて?」
「せ、せやで? なんでもユルンヌの補助天使いうフォワンヌが、アンタさんの命を救ったんや、で……」
雲行きがおかしくなる。ウチもまた、そんやんなぁ? アンタ、フォワンヌやんなぁ? と再確認の意味でフォワンヌを見上げた。
フォワンヌがロリーナ様を見下ろしながら、小さく鼻息を漏らした。
「……まぁ、おれチャン達補助天使は、上司である五大天使から生まれてきたからねん。言わば親子のようなもの。自分と似せて造っているから、間違われてもおかしくはないんだけど……」
確かにユルンヌもフォワンヌも、同じピンクゴールドの瞳やな。せやけど、雰囲気も違えば形取っている性別も違う。
「いくらなんでも、アンタら二人の天使を間違えたりせんやろ」
「そうなんだしぃ。敬虔な教徒であれば、大抵の人間には、おれチャン達天使の姿は見える。まあ、例外もいるけれど」
その視線がアリスに向けられる。
「それが救世主という立場の人間ならば、まず天使が見えないなんて有り得ない。識別すらできないなら、それは最早救世主ではない……」
真面目な顔つきで話すフォワンヌに、ウチはごくりと息を呑んだ。
「なら、ロリーナ様は……」
「ニーナ嬢、フォワンヌ様とお話しされているのね……」
天使が見えないロリーナ様とアリスからしたら、ウチはただ、独り言を呟いているようにしか見えんよな。
「せやで。今ここにフォワンヌがおる。アンタには見えてへんのやろ?」
核心に迫るウチの目に、俯くロリーナ様が映った。
「ああ、ホンマに天使が見えてへんのやな。せやけど、アンタが救世主なんは、ホンマやろ? オプションを利用して、息吹く風見鶏で戦っとったんやし。なあ、ちなみに今、アンタのフラミンゴスポイントって、どれくらいなん?」
「フラミンゴスポイント……私のフラミンゴスポイントは……」
そう言って、ロリーナ様が頭上を仰いだ。すると、ピコン! という音と共に、99,999,000Pという数字が浮び上った。
その数字に、一、十、百、千……と数えていき、それが9999万9千ポイントだということに驚いた。
「ええっ?? 9999万9千ポイントなんっ!? ヤッバイやん!!! 残り1000ポイントで1億ポイントやん!!!」
「興奮しすぎですわ、ニーナ。ロリーナ様ほどの救世主様ならば、それだけポイントを付与されていてもおかしくありませんわ。しかも、様々なオプションをつけての、残り1000ポイントなのですわ」
「そうなんや。なあ、そこまでポイントを稼ぐんは、相当苦労したやろ? どれだけ救済活動してきたん?」
「そうねえ、ざっと十年ほどかしら」
「え……?」
じゅ、じゅうねん? 十年言うた? 十年って、アレやんなぁ。一年が365日やから、日数で言ったら3650日で……って、ちゃうわ! 日数なんかどうでもエエねん。十年……十年もこの人は風見鶏やっとるいうことやんなぁ。それってつまり――。
「ウチも十年間、風見鶏のままいうことなんかああああ!!?」
ウチの絶叫に、「ぶふっ」と傍らで宙に浮くフォワンヌが吹き出した。
「笑うなや! 乙女の十年がどれほど貴重かアンタには分からんやろ!」
「ごめん、ごめんだしぃ〜! ニナニナの反応が可愛くて、つい笑っちゃったんだしぃ」
「ったく、
「あら、1000万ポイントは稼いだのね。最近東亜の救世主は誕生したと聞いていたけれど、もう1000万人近くを救済したなんて、素晴らしいわ」
「ん? ああ、ちゃうで? ユルンヌがお父様(神)を説得して、9000万ポイントにまけてもろうたんや。ウチも救済活動しとったんやけど、オプションの追加とかしとったら、マイナスからのスタートになってもうてな。今やっと0ポイントやねん」
「今やっと0ポイント? その表現の仕方はあっていらっしゃるの?」とアリスが眉をひそめる。
「あっとるもなにも、これが事実や。そんでもって、今日の日没までに千人もの人々を救済せな、友達のネアが……って、忘れとったわあああ! 今何時なん? 日没まで後どれくらいや!?」
「日没まで残り三時間を切ったんだしぃ」
「三時間っ!? ヤバいやん! もう時間があらへん! 今から千人救済せな!」
慌てふためくウチを落ち着かせるように、ロリーナ様が微笑みを浮かべた。
「大丈夫よ、ニーナ嬢。千人を救うなんて、簡単なことよ」
「ホンマか!?」
にっこりと笑ったロリーナ様が、ウチの肩に手を乗せ、耳元で囁く。
「あなたは千人の前で、自分が救世主だと宣言するだけで良いの」
「え……?」
キョトンとするウチを見下ろし、ロリーナ様が続ける。
「そうでしょう? だって、信じる者は?」
信じる者は? ……そんなん決まっとるやん。
「救われる……」
「素晴らしいわ、ニーナ嬢」
上機嫌に笑うロリーナ様の隣では、俯くアリスの沈鬱とした表情だけがあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます