第12話 風見鶏令嬢、信仰心を捨てる

 前回までのあらすじ

 両親が新婚旅行から帰ってきたことで、ワトリエル家vsフラミンゴス教会の一触即発となるも、母・マーリンによる提案「カリスマ救世主貸出料」を教会側が支払うという合意の下、無事に戦禍を免れたトコナミア。その一部始終を兎になったニーナは見ていたが、あまりの家族の横暴ぶりに、教会の屋根へと帰っていくのであった。その後を追う、1人の天使。さてさて、今回の天使は彼女に希望を与えられるのか――?


 ◇◇◇

(――ああもう、家族ってなんなんやろ)

 

 兎の姿のまま屋根の上に戻ってきたウチは、項垂れながら町の様子を見つめていた。時刻は8時過ぎくらいやろうか。学校や仕事に行く人らの姿が多く見える。子どもの登校に付き合う親子連れの姿に、ウチは大きな溜息を吐いた。


(ええなぁ、あれぞ普通の家族の光景やん。平和な家族の日常やん)


 それやのにウチの家族ときたら、やれ金を払えやの、切り刻みたいやの、悪魔やの、サイコパスすぎるやろ。


 なんかもう腹たってきたわ。ウチは家族あいつらに蹴りを入れようと、くるりと振り返った。その時――。


 パシャパシャと、ウチに向かって何度もフラッシュが浴びせられた。


(なっ? ま、まぶしっ! なんなんやもうっ……!)


 人の言葉が喋れん以上、ウチを狙うフラッシュを止めさせることなんて出来ひん。……と思うのは大間違いやで!


 カメラのシャッターをきる不審者相手に突進する。


(だれや、ワレえええ!)


 ムシャクシャしとる分、不審者への頭突きに手加減なんかせえへんで。――と息巻くも、ウチの体が不審者をすり抜けた感覚がした。そのまま兎の体が二転三転し、べちっとうつ伏せの状態で止まった。


(……もうなんやねん。この人生)


 兎1羽、なにやっとんねん。くそう、恥ずかしすぎて不審者相手に顔を上げられへんわ。


 コツンコツンと、ウチに近づいてくる足音が聞こえる。


 ウチはこのまま死んだふりを続けた。もちろん、チャンスがあれば、相手に一発かますつもりでな。


 コツンコツン――。

 ピタッとウチの前で足音が止まった。


 ウチに緊張感が走る。


 ふわっとウチの体が持ち上げられた。そのままむき出しになっとる鉄パイプの下へと向かっていく。


 な、なんや? 


 薄っすらと目を開けると、黒髪ショートカットの、女か男かどちらとも分からん綺麗な顔が見えた。その瞳は紫で、厳格な表情で前を見据えとる。


 コツンコツンと足音と共に、ウチは鉄パイプの前へと戻ってきた。そこでパチンと指を鳴らす音がした――。


「……ん? あれ?」


 まぶたを開けると、ウチは元の風見鶏に戻っとった。


 ふう。やっぱりここから見る景色はええなぁ。……って、いや、元の姿は令嬢のニーナ・ワトリエルや。危ない危ない。忘れとった……わ?


 パシャパシャパシャパシャ――!


「なっ? なんやあああ!」


 再び強烈なフラッシュを浴びせられたウチは、反射的にくるりと背を向けた。すると反対側から、


 パシャパシャパシャパシャパシャ――!!


「だあああもう! さっきからなんやねん! 誰やアンタあああ!」


 怒りの叫びに、ようやくフラッシュが止まった。


 するとそこに、満足げに「ふう」と汗を拭く不審者がおった。


 いや、なんやねん。その一仕事終えましたみたいなツラは。さっきまで厳格そうなツラしとったやん。


「ああ、すまない。申し遅れたな。わたしはキボンヌ。『五大教典』は『オタク書』の守護天使だ。以後お見知りおきを、わたしの推し……い、いや、救世主・ニナたん、い、いやっ、ちがっ……! ううん、ニーナ嬢」


 胸に手を寄せ傅くキボンヌに、ジト目を向ける。


「最後に厳格な表情かましても遅いで? アンタ、オタクやろ?」


「な、な、なんですと? わたしがオタクですと? いやいや、わたしはフラミンゴス教会の第2天使・キボンヌですぞ? あ、いや、キボンヌだ! 確かに『オタク書』の守護天使だが、そのオタクではないのだ」


 ウチは遠い目で、一人あたふたする第2天使を見た。


 なんやろ。フラミンゴス教会の守護天使って、こんなんばかりなん? チャランヌ、ユルンヌ、ガリンヌに、そしてキボンヌ。名前だけみたら、コイツが1番希望を持てそうやのに、オタクの守護天使ときたわ。


「まあ、別にオタクやからどうってことはないんやけどな。せやけど、これだけはハッキリさせなアカン……」


「何だ……?」


 厳格な表情で、キボンヌがウチを見下ろす。その腰にはごっつい剣を提げとるくせに、首にかけられたカメラは、いつでもシャッターチャンスを狙っとる。


「ウチはアンタの推しなんやろ? ぎょうさん写真も撮っとったけど、どのウチが本命なん?」


 ウチの問いかけに、「ゴホン」とキボンヌが咳払いした。


「どのウチ? それは細胞単位での話のことか?」


「……はあ?」


 たぶん今まで生きてきた中で、1番ワケ分からん「はあ?」やと思う。


 細胞単位? 何言うとんの、この天使。


「風見鶏の君も兎の君も、君の細胞単位で推しなんだが」


「……ん? は?」


 せやからワケ分からんのよ。


「つまりはその……ゴホン。細胞単位で君を愛している、そういうことだ」


「だあああああ? な、なんなん? つまりはウチのことは、細胞から爪の先まですべて好き、そういうことかいな?」


「ああ。何なら、君を形成した父君のしゅと母君のらんからして愛している、そういうことだ」


「キモおおお! それもうオタクやないやろ! 異常愛やで! 年頃の令嬢の前で言うことちゃうやろ!」


「令嬢? ああ、わたしは別に、人の姿のニーナ嬢には興味ないぞ。私が愛して止まないのは、風見鶏や他の生物で不遇な目に遭う君ですからなぁ! ああ〜堪らんなあああ!! 可っ愛い〜よぉ、ニナたんんんんん!!!」

 

 厳格な天使から恍惚なオタクへと変貌し、パシャパシャと写真を撮っていくキボンヌに、最大級の怒りマークが生まれる。


「とりあえず写真禁止や、アホンヌうううう」


 誰や、こんなんを第2天使にしたんわ。


 神さん、アンタやんなぁ。なら一言言わせてもらうわ。


 神のクソ野郎!!! 



 








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