第11話 風見鶏令嬢、家族に愛想を尽かす。
フラミンゴスポイントのオプション発動により、ウチは兎になった。確かに動けるようにはなったけど、この姿でどないして家族と教会の戦争を止めろ言うんや、チャランヌウウウ!
肝心なチャランヌは、『んじゃ、オレっちは帰るね〜』と無責任な発言を残し、ホンマにお空の上へと帰っていった。
くそや、あの天使。せっかく"他の生き物体験”なんていうオプションを使うんやったら、もっと強そうな動物に変身させんかい! しかも人の言葉が喋れん以上、ウチは兎として家族と教会の間をピョンピョンするしかあらへんやんけ!
ああ、どないしよ。こうして迷っとる間にも、おかんと三つ子は教会相手に
それでも両者のいざこざを止められるんはウチだけしかおらんと奮起し、ピョンピョン飛び跳ねながら教会堂へと降りていった――。
教会堂では、ウマオヤジことウェルバ・マトニクス司教の他、司祭連中とウチの家族が真正面から対立していた。
両者からゴオオオオ! という私怨が目に見えて溢れ出とる。とりあえずウチは様子見のため、教壇の陰に隠れた。
「――それでぇ、ウチの娘が一体何をした言うんですか?」
おかんが改めて教会に問いただす。
あかん。まずいわ。ウチが風見鶏になったホンマの理由は、三つ子にも説明しとらん。あの時は、気がついたら教会の救世主にされとったやなんて、クソみたいな説明で納得しとったけど、ホンマの理由を知ったら、ウチに怒りの矛先が向くんは必至やった。
世界とウチ、ダブルで危機や。どないしよ。
ウチは辺りを見回した。
どうにかして、ウマオヤジからホンマの理由が出てくる前に、この場を丸く収めなならん!
焦るウチの目に、カゴいっぱいに積まれた果物が映った。せや、いいこと思いついたで!
家族と対峙するウマオヤジが、眼鏡の奥をキラン! と光らせたのが分かった。
「おや? 娘さんから何も聞いていらっしゃらないのですかな? あろうことか娘さんは、我がフラミンゴス教会のモニュ――」
「お、おわっ……?」
「ん? どうしたっ……て、スイカだとっ?」
若い司祭が驚愕の声を上げ、振り返ったウマオヤジの下にも大量のスイカが転がっていった。それは家族の元にも届き、教会のモニュメントの下に置かれていた大玉スイカのカゴを、ウチは何食わぬ顔で蹴り飛ばしていった。
「スイカがひとりでに転がってくるやなんて、これは神の思し召しや!」
おとんがモニュメントに向かい、祈りを捧げた。ウチの姿はカゴに隠れて見えない。せやから、スイカがひとりでに転がってきた思うても仕方あらへんな。
「馬鹿な! 小動物でも紛れ込んだのだろう」
ウマオヤジめ、これが神の意志やと分からへんのやったら、アンタ司教失格やで! ウチは救世主。ウチがやることなすことすべて神の思し召しや!
「うーん。誰かのイタズラちゃうかぁ?」
「いや、悪魔の仕業や! 悪魔の気配がする!」
「どっちでも良くない? このスイカを転がした奴が誰であろうとも、ボクが切り刻むことに変わりないんだからさ」
レイピアをブンブン振り回すサニーが、チョコやんとジオンの言葉をかき消す。
くそう、ホンマろくでもない兄貴らや。
「本当に
「は、はい」
若い司祭が近づいてきた。ウチは身を縮めて、その時を待った。
司祭の顔が見えた所で、ピョーンとその前に飛び出た。
「なっ……!」
突然のことに尻もちをついた司祭の頭を跳ね、ウチは家族の元へと駆けていった。
「げっ歯類……?」
「いや、悪魔の化身やろ!」
「かっわいいー! 切り刻んでいい?」
サイコパスな三つ子の言葉は無視して、ウチはおかんの胸に飛び込んだ――。
一瞬驚いたように目を見開いたおかんやったが、真顔に戻ると、飛び込んできた兎をいとも簡単に払い除けた。ペシャリとウチが床に叩きつけられた。
なあああああ?
こないな可愛い兎を払い除けるやなんて、アンタそれでも人の心があるんか!
みたいな顔で、ウチはおかんを見上げた。
「マ、マーリン! 兎に何するんや!」
おとんが慌ててウチを抱きかかえ、怪我がないか見てくれた。
おとん、アンタだけやで。アンタだけがワトリエル家で唯一の良心や。
「ホンマ、兎も立派な食料なんやで! お前も兎のミートパイは好きやろ?」
前言撤回や。この男こそ、守銭奴やった。そういやウマオヤジが言うとったな。ワトリエル家が1番寄付金額が少ないって。その元凶が、ワトリエル家当主、オルトワーズ・ワトリエルやった。そもそも、何十回と繰り返す新婚旅行をドラゴン狩りと称するんも、すべては国からの資金援助を得るため。何を隠そう、この父親こそ、ワトリエル家一のサイコパスやったわ。
おとんがウチの耳を掴み、ミートパイにしようと目を輝かせとる。
……あかん。救世主どころか、家族と教会の戦争を止める前に、ミートパイにされて命尽きるやん。ホンマ、どうしてこないな人生になったんや?
すべてを諦めかけたウチの耳に、ゴホンとおかんの咳払いが聞こえた。
「ウチらが聞きたいんは、娘がどうして風見鶏になったかということです。ガントラスト家の御子息からの電報には、娘が教会の異端審問にかけられることになった、ということが打たれていました。まあ、十中八九、娘がいらんことをしたんでしょうが、それでも人ではないものに堕とされるやなんて、親としては納得いかへんのですわ。そこのところ、きっちりと説明してくださいます?」
笑顔の奥にあるおかんの憤怒に、
「良いでしょう。ご説明いたします。貴方の娘さんは、教会のモニュメントを破壊し、この教会堂まで大勢の民衆を引き連れた、言わば反教会精神を持った御令嬢。教会側としても、そのような反乱分子を危険視するのは当然。ゆえに、教会が掲げる救世主としてまでのこと」
あわわわわ! あかんって! ホンマのこと言うたら……!
耳を掴まれ、食料と化しとるウチにはもう、両者を止める術などあらへん。
「……なるほど。それで異端審問、果ては教会の風見鶏言うことですか」
うわああ。めっちゃ怒っとるやん。その怒りの矛先は教会とウチ、どっちに向けられとんの?
「あれ? ニーナの説明と違っとるようやけど」
「せやな。アイツの口ぶりからして、望まれて救世主になったような言い方やったからな」
「まあ、どっちでもいいじゃない。どのみち、教会と戦争を始めることに違いないんだしさ」
サニーが狂気に満ちた瞳でレイピアの先を司教らに向けた。
「ひいっ……! ワトリエル家の三男、サンタモニカ! あの伝説の『火の七日間』のきっかけを作った、"トコナミアの凶星"……!」
若い司祭らが、狂気に満ちるエメラルドの瞳を恐れとる。まあ、コイツのサイコパスぶりは、当然教会の
せやけど、やっぱりこうなってもうたか。落胆するウチの肩が、最早ここまでと諦めた。
「……そういうことでしたら、どうぞウチの娘を
「は? 母さん?」
「正気ですか、母上。この世界に巣くう悪魔が本当は誰なのか、浮き彫りにするチャンスやと思いますが?」
「そうだよ、母様! フラミンゴス教会を倒せば、それ即ち、ボクらワトリエル家が天下を取るも同じなんだよ! だったら今ここで――」
「黙らんかい!」
「お前……」
おかんの声が響き、おとんがその真意を悟ったような表情を浮かべた。
「教会が危険視するほどのことをしたんは、ニーナ本人や。罰を与えられて当然のことをした、それだけのことや」
おかん……。ホンマ、堪忍なぁ、アホな娘で。全部ウチが調子に乗ったんが悪いんや……。
おかんの主張に、兄貴らは何も口を挟まんかった。ただ黙って、その後の言葉を待っとる。
「……せやけど、タダでウチの娘を救世主として働かせるんは、違うんとちゃいます?」
……ん? あれ? なんかおかしな空気になってきてへんか?
「ほう? それはつまり、ワトリエル家は教会への奉仕精神はない、そういうことですかな?」
「だってそうでしょ? ウチの娘には、教会をも恐れさせるカリスマ性があるっちゅうことですよねぇ? せやったら、当然救世主としてのカリスマ性も抜群やと思うんです。その対価は、教会側が払うべきやと思うんですけど?」
なんや、この母親。恐ろしいこと言うてへん? こないな金の話なんて持ちかけたら、ウチで1番のサイコパスの目がどうなることか……。
「せやなぁ! お前の言う通りやで、マーリン!」
ほらなぁ! おとんの目、金マークになっとるやん! もう嫌や、この両親!
「はああ。分かりました。我々としても、"トコナミアの凶星”といざこざを起こすことは、不本意ですからね。それは『東の教皇』様の意志でもありますから」
ああ、とうに諦められとるんやったっけ。触らぬ神になんとやら。『東の教皇』様は、ワトリエル家を無いものとして見てはるんやった。
「お宅の御令嬢をこの東亜の救世主としている間は、ワトリエル家から一切の寄付金は徴求しない――。それでいかがでしょう?」
「あら? 教会は寄付金をかき集めるだけの組織やったかしら? ワトリエル家はフラミンゴス教会の救世主を輩出した、名門公爵家。ウチの血筋がロイヤルファミリーに(ギリ)入っとるの、分かってはりますよねぇ? なら、教会を庇護し、その教義を広めんとする王族に献金するんは、当然のこと。つまるところ――カリスマ救世主貸出料、払えや……言うことです」
「せやせや! カリスマ救世主貸出料、払わんかい!」
やいややいやとおかんの横から援護するおとんに、ウチはイラッとした。
なんや、カリスマ救世主貸出料って。結局金で解決しようとするやん、この両親。
「分かりました。ええっと、カリスマ救世主貸出料ですね。それで戦禍を免れるならば、喜んでお支払いしましょう。……まったく、金に汚い一族だ。またもや『東の教皇』様のドン引く御顔が目に浮かぶ……」
最後の部分は小声やったけど、
「ヒャッホーイ! これで85回目の新こ……やなかった、ドラゴン狩りに行けるでー!」
おとんが万歳して喜んだことで、ウチの耳が離された。ようやっと自由の身となり、どうしようもないクソ親父に一発蹴りを入れ、その場からピョンピョン去っていった。
「なあああ? 兎が……! 今晩のおかずが……!」
そないな情けないおとんの声がしたけど、ウチは振り返らんかった。なんかもう、何もかもどうでもようなっとった。
◇◇◇
教会堂での一連のやりとりを天井ガラスから覗いていた、1人の天使。1羽の兎が教会堂の屋根に帰っていくのを見届けると、自身もまた、上空へと飛び去っていった。
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