第10話 風見鶏令嬢、家族が戦争をおっ始めようと集結する。
悪魔のトラストは、「また来るぜ、ハニー」と言って、地の底へと戻っていった。
ウチはどっと疲れた。天使とか悪魔とか旧世界宗教とか、ぶっちゃけよう分からんし。ウチがフラミンゴス教会の救世主やろうが、やることはただ一つ。元の姿に戻るための、救済ポイント活動や。
困っとる人がおったら、ウチが救ったる。たとえ風見鶏やろうが、教会堂の上から見える世界の平和は、ウチが護ったるんや。ほんの少しの間でも元の姿に戻れたことで、そう決意した。
その日以降、ウチは町中で困っとる人がおったら、大声で「どないしはったんやー?」と聞き、その解決策をどうにかひねり出した。たまにあらぬ方向に解決されたこともあったけど、感謝されることもしばしばで、少しつずつではあるものの、確実に救済ポイントは増えていった。
そうしてウチはフラミンゴス教会の救世主――"喋る風見鶏”として徐々に知れ渡っていった。
そうしてある日の早朝。ウチは顔面に集まる視線に気付き、「うーん」と唸りながらも薄っすらと瞼を開けた。するとそこに、朝日を背に浴びた、2つの黒い影があった。
「……ん? だれや……?」
「え? ホンマにホンマなん? これがウチらの娘……?」
影の一つがそう言った。
聞き覚えのあるその声に、ウチの視界は一気に白けていった。
「おおお、おかんっ……? それからおとんもっ……?」
「久しぶりやなぁ、ニーナ。随分見ないうちに、えらい姿になってもうてからに」
栗毛の髪にヒゲを伸ばしたおとんが眉を下げて、同情の目で見つめてくる。その隣で、長い黒髪を揺らしながら、おかんがウチに迫った。
「阿呆! アンタのことや、いらんことして教会の連中に目ぇ付けられたんやろ! 大方、ガントラストのボンと調子に乗ったんやろが!」
ドキッと鶏冠が跳ねた。
さすが母親やわ。まるで見ていたかのような物言いやで。
「そうなんか、ニーナ。いらんことした罰で、そないな姿になったんか?」
おとんはどこまでも純粋に
「ま、まあ、経緯はどうあれ、今のウチはフラミンゴス教会の救世主なんや。そない大袈裟にせんでも、ちゃんと元の姿に戻る術はあるから、心配せんといてや」
「何言うとんねん! コッチは大事な一人娘をこないな姿にされとんねん! 救世主なんて馬鹿げたこと抜かす教会とは全面戦争や! ウチらワトリエル家を敵に回すということがどないなことか、あいつらに目にもの見せたるっ……!」
ウチが調子に乗ってフラミンゴス教会のモニュメントから逆さ剣を抜き去り、それを掲げて教会堂まで民衆を引き連れた結果――。
ウチは異端審問にかけられ、こうして救世主――風見鶏となった。
異端審問が始まる前にライオネルに頼んで、84回目のドラゴン狩り……やなくて、84回目の新婚旅行中やった両親に帰ってくるよう電報を打ってもらった結果が、これや。
あの時はまさか、自分がこないな目に遭うなんて思うてなかったんや。
おかんは新婚旅行を邪魔された怒りも相まって、ブチギレてもうてるやん。
「ホンマ、待って! 全面戦争なんてせんといてや!」
「アンタは黙ってそこから見ときぃ! ほら行くで、オルトワーズ!」
ずんずん教会堂に降りていくおかんに、「ま、まってぇな、マリーナ!」と、あたふたするおとんが追いかけていく。
「ちょ、ホンマ、待ってえええ!」
悲痛の叫びも虚しく、おかんが教会相手に一戦交えるつもりでいることに、ウチは焦った。
おかん、本気やったな。まずいで。おかんが動くいうことはつまり、三つ子を含めたワトリエル家が動くいうことや。"トコナミアの凶星”言われとるワトリエル家がフラミンゴス教会と戦うとなれば、この町が業火に包まれることも必至。そないなれば、救済どころの騒ぎやなくなるで。
ウチは両者の戦いを止めようと、必死に体を動かした。せやけど、尻の穴に突き刺さっとる鉄パイプは、1ミリたりとも動かへんかった。
くそう、風見鶏になったせいで、ウチはここから動くことが出来ひん。教会堂の上でくるくる回っとるだけの風見鶏に、家族と教会の戦争なんか止められへん言うことか?
そう無力な自分に打ちひしがれていたところに――。
「――お困りのようだね、風見鶏チャーン」
「なっ? アンタ、チャランヌやないか!」
相変らずチャラチャラした見た目と話口調で、第五天使のチャランヌがウチの隣に降り立った。
「ええとこに降臨してくれたで! なあ、頼みがあるんやけど!」
「頼み〜? な〜に〜?」
「ウチを動けるようにしてほしいんや!」
「風見鶏チャーンを? うーん、それは出来なくもないんだけど、風見鶏チャンは今、何ポイント持ってるの〜?」
「ポイント? ええっと、何ポイントやったっけ?」
ウチは反射的に自分の頭上を見上げた。ピコンと音を立てて、15pという数字が光と共に消えていった。
「うーん、15ポイントかぁ。風見鶏チャンさぁ、ちゃーんと"ポイ活"してたの〜?」
「なっ! ウチかて必死で救済しとったわ! せやのに、チマチマしたポイントしか付与されへんのやから、仕方あらへんやろ!」
「まあ、ポイントを稼ぐコツは、"大勢の民衆を一度に救済する”だからね〜」
「大勢の民主を一度に救済……?」
「そ。それこそ、世界中の人々がキミによって救われたと感じることが出来れば、1億ポイントなんて、あっという間に稼げちゃうってコトさ〜」
「あのなぁ、そないなことが出来るんやったら、とっくにやっとるっちゅうねん。教会の上から見える世界がどんだけ狭いか、分かってへんやろ」
「ん〜? ホントに
チャランヌらしからぬ真面目な横顔に、ウチは改めて自分が見ている世界に目を向けた。その瞬間、ウチの脳裏に見えるはずのない光景と、その声が聞こえた。
『――こんな不毛の土地で、どうして作物が育つと言うんだ? そのくせ、税金は高くなるばかり……』
荒れ果てた土地で、枯れた作物を前に項垂れる男。
『どうしてうちの息子が病気なんかに……! 薬を買うお金だってないのにっ……』
ベッドに横たわる幼い息子の前で、必死に涙を堪える、母親。
『……また反教会によるデモだ。何度鎮圧すればいい? 何度見せしめに処刑すればいい?』
反教会のデモ鎮圧に駆り出される、フラミンゴス教会兵の悲痛な叫び。
『だれも、だれもこの現状から救ってなどくれない! この世界に神なんかいるものか!』
この世界のどこかで、飢えや貧しさ、繰り返される戦闘に辟易する人々の姿が見えた。
「な、んやの、これ。これが世界なんか?」
「そうだよ、風見鶏チャン。キミは選ばれし救世主だ。だからこそ、この世界の不条理を知らなければならないんだよ」
突きつけられる世界の不条理は、ウチが知る世界からかけ離れたものやった。ウチの脳裏と耳から、その不条理が消えていった。
「……キミは、どれだけ自分が恵まれてきたかを知らなければならない。目に見える小さな危機に手を貸そうが、それは偽善に他ならないんだよ。だからこそ、付与されるポイントも低いんだ」
「っ……、なら、ウチにこの世界の惨状を救え言うんか? 動けへん風見鶏に、どないしてこの世界を救え言うんか!」
どうにもならない現実に苛立つも、ユルンヌが言った言葉を思い出し、自嘲した。
「それに救ったところで、ウチが救世主として目覚めたら、人間であったことすら忘れてまうんやろ? ユルンヌから聞いたで」
「そう、だね……。ケド、そうなる前に、キミなら元の姿に戻れると信じているよ。だからこそ、オレっちは、キミの下に降臨したんだからさ〜」
「チャランヌ……」
その時、教会堂に向かって走ってくる3人の男たちが見えた。
「なっ……! 兄貴らまで来てもうたやん!」
チョコビッチ、ジオン、サニーの3人が、勢いよく教会堂の中へと入っていった。えらいこっちゃ、おかんに招集されたら最後。どないな理由があれど、敵と戦うんが、"トコナミアの凶星“ワトリエル家や。
それにあの好戦的な表情、特にサニーは、教会と一戦交えることに、狂喜乱舞しとるようや。
「ホンマ、マジで止めな、町がどえらい目に遭うで!」
「分かってるよ、オレっちの風見鶏チャン。君の頼み、今ここで叶えてあげるよ。ただし、これはキミが“発声"を取り戻したときと同じ、オプション扱いだからね。当然、今のキミのポイントから差し引くけど、それでもいい?」
「それで動けるようになるんやったら、何ポイントやろうが持ってけドロボーやで!」
「よく言ったね。だったらオプションの発動だよ」
チャランヌがパチンと指を鳴らした。その直後、ウチは自分が見とる世界がやけに大きくなったような気がした。……いや、ちゃう。これは世界が大きくなったんやなくて、ウチが小さくなったんや!
「さっすがオレっちの風見鶏チャーンだね〜! その姿も最高にカッワイイよ〜! フウ〜!」
テンション上がりまくりのチャランヌに、どないなっとんのコレ! ……と言葉を発しようとして、それが出来ないことを知った。
「ああ、ごめんね〜風見鶏チャーン。“他の生き物体験”中は、言葉を発することは出来ないんだよ。だって、キミは人の言葉を話す兎なんて、見たことも聞いたこともないだろ〜?」
なっ!? なんやてえええ? ウチが兎になった? 確かにピョンピョン動けるけども! だからって、どないして兎が家族と教会の戦争を止めろ言うんじゃあああ!
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