第9話 風見鶏令嬢、“ポイ活”の落とし穴を知る

 ガシャンと音が鳴ったところで、ウチらはハッタン教会堂の屋根に戻ってきた。


「な、なんやったんや、ホンマ……」


 困惑しとるウチの目に、「私の勝利です、トラスト」と天使と悪魔が見合っている姿が映った。


「っち! しゃーねーなぁ。俺サマ、初の黒星だぜぃ」


「おにーちゃん……」


 ガリンヌに引き渡されるのを不安がる少女に、

「敗けて悪かったな」とトラストが謝る。


「ううん。いっしょに遊べて楽しかったで。最後にお姫さま扱いしてくれてありがと、悪魔さん」


 トラストが少女の頭を撫でた。お互いに微笑み合う悪魔と少女に、思わずウチは感涙しそうになるも、「……ん? 最後?」と、少女の言葉に疑問が生じた。


「ええ。この子はもう亡くなっていますからね」


「へ? 亡くなっとる? 誰が? この少女が……?」


「可哀想に。亡くなっても町の中を彷徨うほど、この世に未練があったのでしょう」


 ガリンヌの言葉を飲み込むまで、時間がかかった。


「……は? はああああ? ならウチは、迷子になっとったを助けようとしたってことか?」


「そういうことになります。そして、天使と悪魔の賭けにて、私が勝ちました。ゆえに、この少女は私が貰い受けますよ。良いですね、トラスト」


「……っち! そういう取り決めだったからな。持ってけ、ガリ勉ヤロー」


「ふふ。殊勝な悪魔は嫌いではありませんよ。さあ亡き少女よ、私と共に神の下へと昇りましょう」


 少女も自分の立場を分かってか、こくんと頷き、ガリンヌの下に向かっていく。


「ま、待って! なあアンタ、ホンマにええの?」


 何故かこのままじゃいけない気がして、ウチは少女を呼び止めた。


「風見鶏のおねーちゃん?」

 

 ウチを見上げる少女に、「アンタはなんで、町の中を泣きながら歩いとったん?」とその核心に迫った。


「え? それは……」


「死んでも、神さんとこに行かんかった理由があるんやろ? なんなん?」


 少女がぎゅっとスカートを握りしめ、ボロボロと泣き出した。


「なっ! ハニー、少女が泣いてしまったぜぃ?」


「ほ、ほほほら、すぐに泣き止ませなさい、風見鶏!」


 狼狽える悪魔と天使に、「落ち着けや。まったく、男っちゅうもんは、これだからあかんねん」と、ウチは少女の前で腰を落とした。


「ほら、泣いてんと、アンタの未練を教えてや」


 ウチは泣いたままの少女の手を握った。


 うん、冷たいな、やっぱ。幽霊やさかい、仕方ないか。


 と思うておったところに、少女が涙で濡れる顔を上げて、ウチを見た。


「……自分のうちに帰りたかったんや」


「そっか。うちに帰りたかったんやね」


「うん。でも、どのおうちだったか、忘れてしまってん」


「おうちに帰ったら、アンタのオトンとオカンがおんの?」


「どう、やろ……。わからへん。けど、そこに私の大切なもんがある気ぃがするんや」


「そっかぁ。なら、ウチがアンタの家を見つけたる」


 ウチは後ろにおったガリンヌに目を向けた。


「アンタ、エリート天使はんなんやろ。天使たるもの、すべての人類の生死を把握していて当然なんやったら、この子の生家も分かるはずや。せやろ、第三天使、ガリンヌ」


 ウチは真っ直ぐにガリンヌを見つめた。奴がふっと笑ったのが分かった。


「ええ、もちろんですよ、風見鶏」


 そう言うと、ガリンヌがパチンと指を鳴らした。


 気づくとそこは一軒の家の前で、ウチと少女の2人だけが立っていた。ガリンヌとトラストの姿はない。


「ここがアンタの家っちゅうことか?」


 隣で少女が項垂れとる。そりゃ、もう亡くなっとる身としては、家に帰るなんて、怖いよな。もし自分のことを忘れ去っていたら? 逆に、自分が亡くなったことで家族の形が壊れとったら? そないな不安を抱いても仕方あらへん。


 ウチは少女の手を握ると、「ちゃんとアンタの目で確かめへんと、何にも変わらへんで?」と勇気づけた。


「うん。せやな」


 少女はウチの手をぎゅっと握り返すと、腹を括ったんか、玄関のドアを開けた。するとそこには、一台のベビーベットが置いてあった。そこから「あーうー」と赤ん坊の声がする。その上には、いくつもの人形がぶら下がったおもちゃがゆらゆら揺れていて、赤ん坊をあやすように優しい音楽が流れとる。


「これって……」


 そこに、奥の部屋から2人の若い男女が現れた。ウチらに気づかんと、2人はベビーベットから赤ん坊を抱きかかえると、愛おしそうに見つめた。


「――よう寝とるわ。うちの姫さんは」


「ああ。ホンマにええ子やなぁ、シャーリーは」


 おそらくは、この少女の両親やろう。せやったら、2人が呼んだ赤ん坊の名前は――。


「シャーリー? ……せや、私の名前は、シャーリーや。思い出したぁ……!」


 少女――シャーリーが嬉しそうに両親を見上げた。そこでまた、ウチらは教会堂の屋根へと戻ってきた。


「――大切なものは見つかりましたか?」


 ガリンヌがシャーリーに訊ねた。


「うん。私の名前。とうさまとかあさまが付けてくれた、大切な名前を思い出せた。これでもう、思い残すことはありません。神様の下につれてってください」


「ええ。そうしましょう。貴方にはこれから見習い天使として、悪魔狩りの真髄を叩き込んで差し上げますよ」


「え? それは……」


 シャーリーが後ろ髪を引かれるように、トラストを見上げた。


「まあ、安心なさい。こんな出来損ないの悪魔より、もっと狡猾で滅するに値する悪魔はごまんといますから。トラストが貴方に自ら悪魔であると宣言しない限りは、彼と本気でやり合うこともありませんよ。ねえ、そうでしょう、トラスト?」


「ふん! 悪魔より狡猾な天使が何言ってんだぜぃ。まあ、せいぜい、俺サマに唆されて堕天しないよう、気を付けるんだな!」


 強気なフリでもしとるのか、頬を赤らめてそっぽを向いたトラストが、可愛らしく思えた。


「うん! また一緒に遊ぼうや、悪魔のおにーちゃん!」


「まあ、たまにならいいぜぃ?」


 その言葉を最後に、シャーリーがガリンヌと共に天へと昇っていった。


「ありがとー! 風見鶏のおねーちゃん! 人の姿のおねーちゃん、すっごく素敵やったでー?」


「え? 人の姿?」

 

 はっとした。うちの目に、人間の手が映った。


 いつの間にウチは人の姿に戻ったんや? せやけど、そないなことはどうでもええ。


「よっしゃああ! 元の姿に戻った――」


 喜びも束の間、ドロンと白煙が上がったかと思うと、ウチはまた、風見鶏に戻っとった。


「くそう! なんやねん、期待させよってからに!」


「せいぜい救世主らしく、救済にてポイントを貯めることです、風見鶏。ポイ活の基本は、コツコツと貯める、です。焦れば焦るほど、人の姿は遠のきますよ? まあ、今日は私の記念すべき一勝目でしたので、出血大サービスをしたまでですが」


 なら一時でも元の姿に戻ったんは、ガリンヌのお陰言うことか!


 はっとした。ウチは天へと昇るガリンヌに向かって叫んだ。


「今回の救済によるポイントは付与されるんでっしゃろかー?」


 ガリンヌがウチの頭を指差し、小さく笑ったように見えた。


「ん? なんやの?」


 ウチは頭上を見上げるも、フラミンゴスポイントが付与されたような感覚はなく、首を傾げた。そこに、後ろから声をかけてきた、トラスト。せや、この悪魔はまだおったんやった。


「ハニー、今回の救済は、人ではない幽霊に対してだったんだぜぃ。だから、1ポイントも付与されないと思うぞ」


「なんやの、それ。はああ。頑張って損したわぁ」


「落ち込むのはまだ早いぜぃ?」


「はあ? なんやの、アンタ。悪魔のアンタにウチの何が分かるんや?」


「分かるぜぃ? なんたって、俺サマは元天使。今の五大天使よりも古い、旧五大天使と呼ばれてた過去がある悪魔だからな」


 ふふん、とトラストが笑う。


「はあ? 五大天使は五大教典の守護天使やろ? それより古い天使って、なんなん? 学校で習ったことあらへんで?」


「まあ、そうだろうな。なんたって俺サマ達悪魔は、フラミンゴス教会が邪教とした、旧世界宗教の天使達のことを指すからな。お前さん達フラミンゴス教会が悉く信仰を禁じ、無理やり堕天に追い込んだ、異教の天使なんだぜぃ」


 ウチは目をパチクリとさせた。


 旧世界宗教? 異教の天使? 天使が悪魔で、悪魔が天使? 訳分からんわ。


 ◆◆◆

 小さな天使を連れて神の下へと昇っていた第三天使、ガリンヌ。そこに、敵対する悪魔の集団が現れた。


「ハッハー。ガリンヌよ、積年の恨み、今ここで晴らして――」


 瞬時に細切れとなった悪魔の集団に、「ひゃあ」と見習い天使、シャーリーが目を瞑る。


「こらこら、何を目を瞑っているのです? 今回は初回サービスです。プロの天使による悪魔狩りを良く見ていなさいと言ったのを、お忘れですか?」


「あ……」


「本当に滅するべきは、自らが天使であったことも忘れ去った、異教の悪魔ですよ。彼らには微塵たりとも同情などする必要はありません。我らが滅するに値するかどうかの判断は、地上の救世主によって委ねられています。……ええ、救世主。彼らが鳴き声を上げた先にいるものこそ、フラミンゴス教会の最大なる敵――裏切者と呼ばれる悪魔なのですから」






 





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