第22話 五人の枢機卿、誰が上司に叱られに行くかで揉める(3)

「――それで、君の方は本職である悪魔狩り、ちゃんとしているんだよねぇ?」


 今度はオリバーの追及の眼差しが、リヴァーサルに向けられる。すん、と表情を消す「青春卿」に、こいつマジか……? と他の枢機卿達が眉をひそめた。


「あれだけ僕達を糾弾しておきながら、自分はエロ小説書いてたから本職忘れてました、なんて言わないよねぇ?」


「……」


「いやいや、ワーヴォン卿に限ってソレはないでしょウ? 『青春卿』ですヨ? そのペンネームも、『ただいま青春真っ盛り』でしたっケ? フフ、ちゃんと本職を忘れない配慮をなさっているし、小説タイトルも確か……フフ」


「『枢機卿の俺が終末世界を救ってみせるだなんて、いつ宣言しましたっけ!?』と『エリート枢機卿、サキュバスに溺愛され、今日も聖職者の仕事が手につきません!』じゃりん。口にするのも悍ましいっ! 即刻禁書扱いとし、アカウント停止させるじゃりん!」


「タイトル通りなら、ジャロ、君、悪魔狩りなんてしていないでしょ? なんたって、サキュバスに溺愛されて、聖職者の仕事が手につかないんだからさぁ?」


「そうだ。お前のクソみたいなエロ小説に枢機卿の名を出すな。お前の方がフィニー卿より遥かに教会のイメージを悪化させかねんぞ」


「あとついでだから調べてきたけど、君の小説のpv数、どちらも10万を超えているのに、レビュー評価は10以下。つまり、タイトルだけで読みには来たけど、内容がイマイチだから作品の評価はされていない、ということだよねぇ」


 痛いところを突かれたと、リヴァーサルの肩がドキリと跳ねる。


「つまるところ、タイトル詐欺という訳ですネ。よく枢機卿の中で自分が一番正常だなんて言えましたネ。聖職者上位ともあろう枢機卿が嘆かわしイ……」


 ロミエンヌが両腕を組み、うんうんと頷く。ヴァン=サリーとナギも冷めた表情を浮かべるばかりで、誰一人リヴァーサルの擁護をする者はいない。


 趣味を暴露された挙げ句、本職すら忘れて執筆活動に興じていた手前、リヴァーサル自身も何の弁明もできなかった。


 そんなリヴァーサルは、何事もなかったかのように机上で両手を組んだ。これだけ特色ある色に囲まれているにも関わらず、その瞳に映る色はもう何色でもなかった。


「ここからが本題でありますぞ。今回の新救世主の実態報告書を教皇様方に奏上するにあたり、誰がその役を負うか――。ええ、もうお解りだと思いますが、我ら枢機卿でさえこの体たらく。行けば必ず、教皇様方からお叱りを受けるは必須。この中で誰か一人、四人の教皇様方のお怒りを一身に受ける者を選ばねばなりませんぞ」


 キリッとリヴァーサルがその現実を突きつける。それには他の枢機卿も沈黙するだけで、さっと視線を外す。


「やはりここは、最年長であるフィニー卿が行かれるべきだと思いますぞ?」


「ジャロ、君みたいな男を厚顔無恥というんだよぉ? 確かに年齢では僕が最年長だけど、見た目年齢でいけば、ヴァンサリー、君の方が適任じゃないかなぁ?」


「そんなルッキズムは通用しないじゃりん。それにこの歳で上司にドヤされるなんて、心が耐えられないじゃりん」


 ヴァン=サリーが断固拒絶の姿勢を見せたことで、「では、心苦しくはありますが、ここは女性枢機卿であるホーキンス卿にお願いしたく」とリヴァーサルが胸に手を寄せ、しおらしく頭を下げる。


「別に行っても構わないが、その場合は遠慮なくお前達の愚かさを10割増で脚色して報告するが、それでも構わな――」


「フェヴァリ卿、ここは貴公しかおりませんぞ。名門フェヴァリ家出身の貴公ならば、或いは教皇様方も大目に見てくださるというもの。それに何だかんだで、最年少の貴公には、教皇様方も強い叱責はなされないはずですぞ」


「不確かなコトを断定して言うものではありませんヨ、ワーヴォン卿。貴方が一番酷いのですから、ここは枢機卿の筆頭として、貴方が教皇様方に奏上すべきかト」


「そ、それは、私は絶対に嫌です! そんなことをすれば、次の査定に響くではありませんか!」


 誰よりも強い拒絶を示すリヴァーサルに、ロミエンヌの呆れ顔を通り越したドン引く顔が向けられる。


「自己保身強すぎるだろう。誰だ、こいつを枢機卿に推薦したのは。聖職者のくせに欲望まみれだろう……」


 理解不能なリヴァーサルの主張に、ナギは最早視線すら向けない。


「ふう。このままじゃ埒が明かないし、ここは潔く、くじ引きで決めようじゃないかぁ。恨みっこなしの一回勝負――。良いね、枢機卿諸君」


 オリバーが音頭を取り、「……分かりました。そうしましょう」とリヴァーサルが腹を括る。他の枢機卿も各々肯定の仕草を取り、ようやく教皇への報告者が決まった――。


「――この世は不公平でス……」


 ずんと落ち込むロミエンヌと、ガッツポーズで天を仰ぐリヴァーサル。彼らの手には各々マッチ棒が握られていて、ロミエンヌのみ、その先が黒く塗られていた。


「よし、では早速このクソ分厚い報告書を教皇様方に奏上しに行かれよ」


 叱られるのが自分ではなくなった途端、リヴァーサルは誰よりも非道な眼差しを向ける。


「貴方のそういうところ、反吐が出るほどキライでス」


 年上への敬意などこれっぽっちもないロミエンヌが、はっきりと告げた。


「まあ、仕方ないよぉ、ロミエンヌ。皆で決めたことだし、ここは犠牲になってよ」


「はあ。わかりましタ……。では、行って参りまス」


 よっこらしょ、と分厚い報告書を持ち、ロミエンヌが教皇達の部屋へと向かう。


 三時間経過後――。


 満身創痍、げっそりと痩せて戻ってきた、ロミエンヌ。四人の枢機卿が集う円卓に腰掛けた。


「それで、教皇様方は何と……?」


 恐る恐る訊ねるリヴァーサルに、瞳の色を失くしたロミエンヌが一点を見つめる。


「……まず、救世主の方は、これ以上の闇落ちがないよう、十分配慮するようにト。東亜の風見鶏に関しては、アルルカンの好きなようにさせよとの思し召しでス。むしろ、波風たてぬよう、無き者として扱うことが、『東の教皇』様のご意思でス」


「ああ、容易に『東の教皇』様のドン引くお顔が想像できますな。ワトリエル家に関しては、我らもこれ以上は触れないでおきましょうぞ」


「ううむ。東亜の風見鶏めっ……。いつかわしが直々に鉄槌を下すじゃりん!」


 アルルカンの『ニーナは俺の嫁!』という報告書を今なお引きずるヴァン=サリー。教皇の意志さえなければ、今にでもトコナミアに出兵しかねない。


「まあ、何はともあれ、新救世主の報告も済んだことだし、今日はもう解散でいいねぇ。動画の編集作業も残っているし、僕はもう帰るよ」


 そう言って、一件落着の体を見せるオリバー。


「私も帰るとするか。この後、鰻を捌かねばならぬしな。それに、久しぶりにアホばかりと顔を突き合わせて疲れたしな」


 ナギも領地への帰路につくため、立ち上がる。


「やれやれ。枢機卿と言えど、馬鹿の集まりじゃりん。残る三年もの任期をおぬしらとこうして顔をつき合わせると思うと、溜息しか出んわ」


 ヴァン=サリーもまた、そそくさと立ち上がり、ぐううっと背筋を伸ばす。


「アルルカンにも言って聞かせんとならんじゃりん。さてと、わしも帰るとするか」


「私も帰りますぞ。帰って、今日の分の投稿をせねば。予約投稿よりも、自分で今だというタイミングで投稿した方が、PVの伸びも良いもので」


 リヴァーサルもまた、肝心なことには一切触れず、領地への帰路に急ぐ。


 そうして四人の枢機卿が一斉に立ち去ろうとする。その背中に視線を向けることなく、一点を見つめたままのロミエンヌが口を開いた。


「……残る枢機卿も今すぐ教皇室へ来るように。そうしなければ、降格の上、僻地への左遷――、とのコトですヨ、先輩方」


 抑揚なく告げられた言葉に、四人の枢機卿が急いで教皇室へと向かった。


 これ以降、およそ四時間もの間、枢機卿は自らの役目をくどくどと説かれ、しっかりと反省したのであった。


 この日以降、枢機卿による悪魔狩りが頻度を増して行われ、束の間の平和が世界を包むこととなる。


 ◇◇◇

 後日、悪魔狩りにて――。

 帰還の途に着くロミエンヌ。ふと思い出したかのように、通信機器端末で小説投稿サイトを開いた。

 そこで、『ただいま青春真っ盛り』の作品である、『枢機卿の俺が終末世界を救ってみせるだなんて、いつ宣言しましたっけ!?』を読んでみた。


「……うーん、一読しただけでは、あまり世界観が伝わってきませんネ」


 タイトル詐欺と揶揄した通り、その物語はすんなりと入ってこない。PV数は多くとも、その一桁レビューこそ、この小説の真価を表している。


「まあ、昔馴染みの温情でス。とりあえず、レビューしておきますカ」


 そう言って、ロミエンヌが三つ星レビューと共に、コメントを残した。


 ◇◇◇

『枢機卿の務めや葛藤が肌感で伝わり、まるで本職が書いているかのようなリアルさ!終末世界も黙示録的でありながらも、結局主人公が世界を救うのか救わないのか分からない、絶妙なコメディも抱腹絶倒の面白さでス!』――@ROMFEVA


 初めて寄せられたレビューコメントに、作者である『ただいま青春真っ盛り』は、人知れずガッツポーズで喜んだ。




 























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