ダンジョンパニック//横浜紛乱・4
下への階段を降りると、激しかったピアノの音が消えた。
静かな部屋になった場所を、感慨深く眺めていられたのは数秒で。
僕らは先を急いだ。
二十一階層もモンスターが多く出現して来て、僕が魔法で消していても溢れかえる数に、前の二人も唸っている。
「こんな数になって、他の場所は本当に平気なのだろうか?」
「考えている暇はないよ、伊達さん」
僕が魔法を掛けても、すぐに倒れないモンスターが増えてきているので、前に出た富士さんも伊達さんも剣を振るい続けている。
魔法耐性が強い種族は魔法を数回打ち込まなければならないから、彼らが切ってくれるのは助かるのだが、僕よりも先に疲れて倒れてしまわないだろうか。
少し荒い息を吐いて汗をぬぐった伊達さんが、富士さんに声を掛けた。
「ポーションを飲む。少し頼むぞ」
「分かった、手早くな。俺も飲みたいから」
「ああ」
そうやって交代しながら戦うものなのか、二人は手慣れたように位置を交換した。
彼らが飲んでいる緑色のポーションは体力を回復する物で、青いポーションは魔力を回復する物だ。僕も少しは持っているが使ったことがほとんど無い。
僕の魔法でとどめを刺したもの以外の魔石は、とどめを刺した方が貰っているようだ。自動になってしまったから、僕の物は勝手に収拾されてしまうのだが。
この魔導具は、そこも判別しているらしい。どんな性能だよ。
二十二階層に降りる。
多分三メートル以上あるだろう天井に届くぐらいの大きさのモンスターが、通路を埋めるように進んでくる。
「〈絶の黒雲〉」
二本の指で魔法を打つ。
一回は大きな魔法を打たないと通路の先さえ見えない事態は、やはり異常だった。
「まだ平気か、九条君」
「はい、僕は平気です。お二人は平気ですか?」
そう言う僕を見て二人は首を横に降った。
「此処が無茶のしどころだ。急ごう」
「嫌な気配が強まってる気がするから急ごうぜ、九条君」
「はい」
富士さんの言う通り、足元から嫌な気配が込み上げて来ている。もしかしたら、二回目のダンジョンパニックがあるのかも知れない。
もはや、なりふり構っていられない。
僕は連続で〈絶の黒雲〉を打ち続けて、階下に進む。
二十二階層、二十三階層と降りた。少し伊達さんが寂しそうだったが、何も言わずに一緒に走っている。
二十四階を走っている時に、右手横の壁でジッという音がして壁が崩れた。
僕が止まって壁を見ると、前を走っていた二人が引き返して僕の傍に来る。
「どうした、九条君」
「いえ、これはどうしたのかと」
「え、これか?ダンジョンの壁が白い石になっているだけで」
富士さんが言葉を飲み込む。
ダンジョンの青黒い壁が、一部白い石になっていた。
「今さっき音がして、変化したんですが」
僕の言葉が終わらない間に、またジッと音がして壁が変色する。
僕達が奥の階段がある方角を向くと、そこから巨大な顔がこちらを覗いている。
「見ちゃ駄目だ!」
伊達さんが言って顔を背ける。僕も視線を逸らして目を閉じた富士さんを見た。
急いで後退して、通路を曲がって視線を切る。
「どうして、ボスのフロアから出て来ているんだ」
嫌な気配はそれだったのだろう。
このままだと、ボスが地上に出てしまう。
「あれは多分メデューサだ。このまま倒すしかないか」
「そうでしょうね」
僕が肯くと、富士さんも伊達さんも心配そうに僕を見た。
「まだ大丈夫か、九条君」
「はい、行けます」
「そうか、頼んだぞ」
伊達さんの声に肯いた僕に、何か考えたような顔で富士さんが聞いて来た。
「なあ、このダンジョンはどうするんだ?」
その質問に首を傾げると、富士さんが苦い顔で言った。
「このダンジョンを存続させていいのか?またダンジョンパニックになるかもしれないダンジョンを残していても良いのか?」
離れた場所で、ずるりといくらか粘着質な音がする。メデューサが動いているのだろう。考える時間はあまり無い。
「俺は、」
何かを言いかけて伊達さんが黙った。此処は彼のホームのダンジョンだ。きっと思い入れがあるのだろう。
「それは僕達で決めて良い事ですか?」
「いや、ダンジョンは国が管理しているけど」
富士さんが少し怯んだように言った。
「ならば、今は法律通りに。いずれ無くすとしても時期が早いと思います」
「けれど、また、すぐにダンジョンパニックが起こったら、この周りは潰滅的になる」
「…分かっています」
「九条君は待つ時間で、犠牲になる人が増えてもいいと言うのか?」
「ならば、ご自分でどうぞ」
僕が言うと、富士さんが口を閉じた。
「そこまで言うなら自分でやって下さい。僕に責任を押し付けるのではなくて」
「俺一人では無理だ」
「そうでしょうね」
肯いてから、黙って考えている伊達さんを見る。
「伊達さんに聞きます。ここは二十五階層までだと思っても良いですか?」
幾らか下を向いていた伊達さんが、顔を上げて僕を見る。
「ああ、俺はそう思う。もっと下にあった階層から出て来ているなら、その前哨のモンスターがもっといるはずだ」
「なるほど」
伊達さんの答えに頷きながら僕は富士さんに伝える。
「あの光る石を砕く事は、僕はしません。でも、モンスターパニックがまた発生しても嫌ですから」
僕の物言いに邪神ちゃんが口を挟む。
「有架、それは」
僕は通路から出て、メデューサの目を見ないように視線を下にずらしながら、両手を前に出す。
「〈玄之又玄〉」
僕の手の平から向こう側、大きな黒い風の球が出現した。
それはメデューサを巻き込み消し去り、ダンジョンの床も壁も柱も飲み込んだ。横浜ダンジョンの半分ほどを巻き込んだ魔法が消えてなくなるまで、五分ぐらいだったろうか。黒い風が消え去った後に、僕の見ている先に光る石が出現する。
僕の指先が触れると石は光を無くし、それは深くえぐれたダンジョンの底に落ちていって、最下層の床に転がった。
振り返ると、二人とも僕を凝視している。
先に伊達さんが口を開いた。
「…本当に君は魔王様なんだな」
僕は何のリアクションも返さない。
「すごいな、確かにこれならモンスターも出ずに、時間も稼げる」
溜め息混じりで富士さんが言う。
「…帰りましょうか」
そう言った僕の肩先に、光る鳥が飛んで来てとまった。
『魔王さま、不味い事に』
「…どうした、リエ・ゼロ?」
『…津島のクランが連絡を絶ちました。このままですと、二度目のダンジョンパニックを起こすかもしれません』
鳥の声に、伊達さんも富士さんも顔色を変えている。
「…分かった、向かうから穂香さんも合流するように言ってくれ」
『はい、分かりました。経路はこちらになります』
また鳥が何かを吐いた。今度はメモだったから驚きは少なかったけれど。いやいや。
溜め息を吐いた僕を伊達さんがみる。
手元のメモを見てから、僕はその方向に歩き出した。
ダンジョンが壊れた事で、いったん終息すると思ったのか、協会職員らしき人が近寄ってきていた。
「〈漆黒の魔王〉の九条さん!」
呼ばれて見ると、いつかの話をした職員だった。
「有難うございます!〈悠久の旅人〉の伊達さん、〈雷の光〉の富士さんも!」
半泣きの黒く汚れた顔で、そう言っている職員さんを見て、助かって良かったなって思う。見知っている人が倒れていたら、いたたまれない。
「それで、あの、〈天原に征く〉の連絡が取れなくなって、九条さんに行ってもらいたくって、その、」
「上から言われましたか?」
「あの、はい」
僕が微笑むと、職員さんがびくっとなった。
「依頼金は取りますので、覚悟しておけと言っておいてください」
「あ、あ、はい!有難うございます!!」
また泣きそうだ。
僕の後ろから二人が近寄って来る。
「俺達も行こうか」
「一緒に行くぞ?」
それには苦笑が出る。
「いえ、クランに依頼なら、クランで片づけます」
「でも君の所は管理が一人だって」
「はい。彼女は魔法使いなので大丈夫です」
「え、九条君のクランは二人も魔法使いがいるのか?」
富士さんは驚いたが、伊達さんは納得したような顔をした。
「小鳥遊さんかな?」
「…はい、そうです。二人とも有難うございました」
そう言って走り出した僕には後ろの人は見えなくて。
なにやら企み顔だったとかは、後で職員さんに聞くまでは知らなかったのだ。
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