クランへの加入




 買取を終えた受付が困った顔で僕を見ている。

 僕も相当困っているのだが。

 何で無駄にからまれているのだろうか。


「カードに入れますか?」

「はい、お願いします」

 買取金額は別に気にならないので、明細書もすぐカバンに入れた。


「将来有望な坊主なんだから俺達のクランに入れ」

「いやです」

「はあ!?俺達が好意で言ってやってるのに。坊主みたいな素人を入れてくれるクランなんてそうそうないぞ!?」

 これは別にクランに入りたくないと言っても、聞かなさそうだ。

 理由を付けて僕を取り込んで儲けたい感が満ちていて気持ち悪い。


「ほら、カードを寄越せ。クランに入れてやる」

 乱闘しても良いだろうか。

 受付を見ると、泣きそうな顔をしている。こういう事に慣れていない新人だろうか?ベテラン勢はどうしたんだ?


「カードを寄越せ、坊主」

 めんどうくさい。

 手足を千切っても、言いがかりをつけられそうだ。

 ああ、もう。本当に。


 僕はスマホで相庭さんに電話をかける。大丈夫かなと思っていたらすぐに出てくれた。

『九条君!』

「すみません、急に電話して」

『ううん。どうしたの?何か怒ってる?』

「今、そばに、伊達さんいますか?」

『お兄ちゃん?いるよ?待ってて変わるから』


 傍に居る男たちが、僕を見ている。

『電話を替わった。何かあったのか九条君?』

「申し訳ないのですが、伊達さんのクランに入っても良いですか?」

『もしや絡まれているか?』

「…はい」

『普通は、いれないのだが恩人の言葉だ。協会にいるのか?』

「はい」

 話が早くて助かるが、もしかしてこういう事って日常茶飯事なのだろうか?


『受付にクラン名を言って、カードを渡してくれ。すぐに受ける』

「はい、すみません」

 僕は受付に声を掛けた。


「クラン〈悠久の旅人〉に入りますので、手続きをお願いします」

「あ、はい、判りました。カードを貸していただけますか?」

 僕の周りにいる男達が小さく唸った。


 受付がカードを機械に入れて、多分伊達さんの承認を待ってすぐに手続きが終了した。

「はい、どうぞ」

「有難うございます」

 僕は繋がったままの電話に話しかける。


「すみませんでした」

『いいさ。君なら信頼できるからな。ようこそうちのクランへ。』

「有難うございます」

『後で連絡するから、何処かで集まろう。芽久も会いたがっているしな』

「はい、では、あとで」

 僕は電話を切って男達を睨む。


「…もう絡まないでください」

「てめえ、このクソガキ。勧誘しているクランを無視して他のクランに入るとか、信じられねえよ」

 僕はわざと、ふっと笑う。

「どうせ入るなら、知り合いの所が良かったので」

「くそ餓鬼が、覚えてろよ」

「全員の足を切る」

 僕が言うと、男たちの動きが止まった。

 自分の身体の周りに、人型を丸く展開すると、驚いた顔をされた。

 本当にこういう人達って、散々煽って何もなく帰れると思っているから不思議だな。


「しつこくされて非常に不愉快です。何度も断ったのに」

「いや、それは、君のためを思って」

「探索者は警察に出せませんから、二度と会わないために足を切ります」

「そんな事をしたら、お前を訴えるぞ!」

「どうぞ?その時はあなたたちの命がなくなるだけですから」


 僕が札を構えて見せると、一様に男達が慌てだす。

「ちょっとした話だろう?そんな真剣にされても」

「いやな気持ちになったのは僕で、しているあなた方は嫌では無かったでしょうね」

「ちょっと待ってくれ、足が無くなったら生活が出来ない!」

「知った事ではありません」


 一回パチンと指を鳴らして男達の足元の床を消した。全員が崩れたように床に膝を着く。その場所から僕を見上げる、絶望的な顔で。


「本気ですから」

 まだ誰も謝らない。駄目かなこれは。


「そいつらはこっちで処分するから、君の陰陽は使わないでくれ」

 緊迫した空気の中、受付の中から声が掛かった。

 見ると、さっき手続きをしてくれた女性の後ろに、眼鏡を掛けた男の人が立っている。


「すまない、仲裁が遅れたな」

 本気で謝っているのか、タイミングを計っていたのかは分からない。

「どうするんですか?」

「探索者証をはく奪する」

 男達が悲鳴を上げた。


「嘘だろ!?」

「本気だよ?君達が絡んでいる子は、伊達さんのクランに入ったみたいだし、どっちが有用かなんて誰でも分かる」

「伊達、ってまさか、ランク五位の」


 今更気付いたのか。

 あんなに分かり易く電話していたのに。

「謝るからゆるしてくれよ、坊主!」

「…協会の処置をお願いします。いったんは任せます」

「分かった、任された。響、そいつらを懲罰室に突っ込んでくれ」

 受付の横に短い杖を持った女性が立っている。その杖を動かして男達を拘束すると、そのまま地下へ行く階段を降りていった。


 やっと静かになったな。

 ほっと息を吐くと、眼鏡の男性が頭を下げてきた。


「すまなかったな、会議中で声が聞こえなかった」

「そうですか。迷惑だったので何とかしてくれるなら良かったです」

「ああ、どうとでも出来るから安心してくれ。自分は此処の支部長をやっている三島だ」

「九条です」

「うん、九条君。また次の攻略もよろしく」

 はは、と笑いながら外に出た。

 本当に疲れた。ああいう輩にはどういう対処が正解なのか分からない。今度伊達さんにでも聞いてみようかな。




 家に帰る頃にはすっかり日が落ちていた。


 玄関で僕の顔を見た静が、困ったように微笑む。

「今日は大変でしたね、有架さま。ご飯が出来ていますよ」

「…うん。ありがとう、静」


 本当にくたくたの時は、静も抱き付いて来ない。今来られたら倒れること請け合いだ。

 お風呂から出て、ご飯を口に入れて、すぐに寝た。


 昨日の寝不足も相まって、真っ暗な中深く眠った。

 夢なんて見ない。その方が良かった。




 物凄く寝た。

 起きると、邪神ちゃんが喉の上に乗っていた。

 何故そんなバランスの悪い所に。


 指でつまんでそっとどかす。

 ころんと枕の横で、邪神ちゃんが転がった。

 少し心配で、頭を触るとまた転がる。

 うん、どうした邪神ちゃん?


 ふいっと浮かんで、枕横に座った。構われただけだろうか?

 具合悪い?大丈夫?

 撫でると、頭をぶるぶると振ってから動きが止まった。

 …大丈夫そうかな。


 起きて一階に行くと、すでにお昼に近かった。

 僕はすっかり寝坊をしたようだ。


「おはようございます、有架さま」

「うん、おはよう。と言ってもお昼みたいだね」

 台所の椅子に座ると、静がご飯の用意をしていて、水音が心地いい。


 今日は休もうかな。

 家を出てから、毎日外に出ていて、休んで考える事もなかったから、そういう日にしようかな。


 ゆっくりとご飯を食べて、二階のもう一部屋を覗いてみる。

 そこは義父の部屋で、遮光カーテンが日光を遮っている、昼でも薄暗い部屋だ。本がたくさんあるから、あえて光を入れていないのだろうけれど。


 不思議な異界に見える部屋だ。その部屋の真ん中で座ってみる。

 数回しか会った事がない人。

 いきなり親子関係になってしまったけれど、お互いに何か言う事もないのか、僕も彼も連絡を取っていない。


 僕は新しい生活を確保するために、ここに居るけれど。

 彼は此処を出て、新しい生活を手に入れた。


 うまく回る、何かの巡りがそうするように。

 僕らは会わずに、行動をしている。


 それは今のところ、何の支障もない。

 良い事、なのだろうか?



「有架さま。あの、お願いが」

 下から上がって来た静が、部屋の入り口で佇んでいる。

「どうしたの?」

 立ち上がって部屋の外に出てドアを閉める。


「あの、見て頂きたいのですが」

「見る?なにを」

 一階のリビングで、静が僕の前に立つ。

 それから、立ったままその場でクルンと回った。


 着物がぱっと変わる。

「うん?」

「この間の本に、色々な種類の着物がありまして」

「うん」

「どれが良いかと、悩んでおりまして」

 もう一回、静がまわる。そして着物が変わった。


「どれも似合うと思うけど」

「今日は、どれがよろしいですか?」

「え」

 あと半日も無いのに。

 静が、クルンと回る。その度に着物が変わる。


 僕はソファの上で、気持ちが分からないまま呆然と、くるくると回る静を眺めている。新しい着物になるたびに、静はどこか嬉しそうで。


「…さっきの朝顔のやつが良いかな」

「これですか?」

「そう、それ」

 うふふと静が笑った。

「では、これにしますね」


 彼女の試着室の前にいる彼氏って、こんな気持ちになるのかな。

 少し面倒だけど、彼女が喜んでいるからいいかって。

 いや、静は僕の彼女じゃないけど。違うけど。


 嬉しそうにしている静を見ながら、何故だか僕も嬉しくなっていた。



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