お食事会
目が覚めると、邪神ちゃんが枕元にいた。
最近は色々な所にいたから、定位置にいると逆に不安になる。
横に置いてあったスマホを見ると何やら光っている。KOLONにメールが来ているというお知らせだった。
見てみると相庭さんからメールで、三人で顔合わせをしようと伊達さんから提案されたとの事。今日の十時に元町駅あたりで食事でもしようっていうお誘いだった。
了解とメールを打って、下に降りる。
「おはよう、静。あのね」
「おはようございます、有架さま。どうされましたか?」
「今日は何か、十時過ぎに食事になるらしいんだけど」
「では、朝食は少しにしましょう」
にこにこと、幾つかの材料を冷蔵庫に戻した。
「ごめんね」
「謝られることは何もないですよ?」
「うん」
まだ作る前でよかった。時計を見るといつもより少し早く起きていた。
身体が楽なのかな。
軽めという事で、ゆで卵の乗った蒸し野菜のサラダ。
「おいしいね、これも」
「有難うございます」
これぐらいの量なら、食べきれるようになってきた。まあ随分少なめだけど。
今まで外出など、余りした事がない生活だったのに、この生活になってから急に色々出かけている。カバンを持って肩に掛けると、何時もの邪神ちゃんが飛んできて、ポケットに収まる姿は本当に何時も通りで。この数日の行動は何だったのか。
「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ」
静が微笑んで、僕は安心する。この安心は守ろうと思う。
駅に行って横浜方面の路線に乗る。
通勤通学の人はもういない時間だ。
電車の通る線路沿いに、幾つもの壊れた建物が見える。
ダンジョンが世界に現われた時。
どの地域でも、一回は崩壊寸前になったそうだ。日本は特に多くのダンジョンが現れた。一つの国に対して約三十から百のダンジョンが現れたそうで、国を維持できなくて崩壊した国が幾つもあったそうだ。
こうやって電車に乗って、普通に生活できているのは、国が無くならないように努力をした人たちのおかげで。
ダンジョンがいっぺんに出現して海に沈んだ島なんて、数えられないほどあるらしい。そのあと、ダンジョンの出現時期が遅くなり、いまはもう、新たなダンジョンは出現しないと言われている。
ダンジョンを資源先として扱おうと、コントロールできるようになったのは、ダンジョンが現れてから、十年後だったらしい。
今では普通の事だが、そういう時代もあったのだと、話す人たちがいる。
語り部たちは、ダンジョンのない時代から生きている貴重な生きた歴史だと、誰もが知っている訳で。テレビでも特集を組むぐらいだ。
だから僕も知っている。今の時代は、変質した未来だと。
生まれた時からこうなので、実感は湧かないけどね。
元町駅で降りて、スマホで時間を確かめる。
まだ十時にはならないな。
そのスマホに影が降りた。
見上げると、伊達さんが僕のスマホを一緒に見ている。
「それは新しいやつだな」
「スマホですか?最近買いました」
「俺のは機能がいまいちでな」
伊達さんが少し笑って僕の先を歩き出す。ついて行くと、お店の中から相庭さんが出て来た。
「あ、九条君」
「こんにちは、相庭さん。あの時は急に電話してごめんね」
「ううん、良いんだよ。役に立ったなら嬉しい」
「物凄く助かったよ」
僕達の会話を聞いている伊達さんが、頷いて少し先を指さした。
「話したい事が結構あるから、店に行こうか」
「お兄ちゃん、〔孤虎〕に行くの?」
「あそこなら個室があるからな」
「うん、じゃあ行こう九条君」
相庭さんが僕の手を取って歩き出した。ちらと見ると伊達さんが笑っていない。僕のせいではないと思うが僕のせいかもしれない。
細い道沿いに、台湾料理〔孤虎〕という名前の店があった。伊達さんも相庭さんも、慣れたように中に入る。手を取られている僕も同じように中に入った。
小さな個室に入ってから、伊達さんがテーブルに小さな花を飾った。
ああ、これ、魔導具だ。
「内緒話をしたいから、情報遮断の魔法が出ている魔導具を置いた。一回限りなのが勿体無いけどな」
「これ、可愛いよね」
「芽久に好評でよかった」
兄妹で仲良ししているのは、良い事だと思う。
「九条君は好き嫌いある?」
「ないよ」
「じゃあ、何種類か頼むね」
「あ、でも、物凄く少ししか食べられないから、二人で食べられる分だけ頼んでほしい」
伊達さんが僕を見る。でも、相庭さんは少し頷いた。
「そんな少食には見えないが」
「あの、九条君は、本当は細いよね?」
戸惑いがちに相庭さんが聞いてくる。僕が見るとちょっとだけ笑った。
「支えて貰ってた時に、凄い細いなあって」
「ああ、触ると分かっちゃいますよね」
うん、と肯かれる。
伊達さんが何か悩んだ顔で、水を飲んだ。
「後で判ると思うので先に言います。僕、認識疎外を常に掛けています。身体が凄く細いので怖がられたり嫌がらせされたりが、嫌なので」
人間扱いされたいので。
「そんなに細いのか?」
「家庭の事情で、あまり食事が無かったので」
そう言うと、二人とも控えめに驚く。気を使って表情を押さえていてくれているのだろう。有り難い話だ。
「じゃあ、自分で食べる分だけ取ってね。何が良いかなあ、私ねえ、小籠包は食べたい」
「…そうか、それなら炒青菜と鶏肉飯も頼むか」
「あ、豆花も欲しい。飲み物は烏龍茶でいい?九条君」
「はい、あの、作法とか分からないんだけど」
「平気だよ、そんなのないから普通に食べてね」
相庭さんがそう言って笑う。可愛い子は笑うともっと可愛い。
いや、睨まないでくださいお兄さん。
注文してから、クランの話になった。
「急に入りたいとは、非常事態だったのだろうとは思ったが。また変なのに絡まれたな」
「はい、ご迷惑おかけしまして」
「いや、電話でも言ったが恩人にクラン加入などという簡単な事で、恩返しとも思っていないので、気にしないでほしい。恩はもっと別で返す」
「は、いえ、その」
「お兄ちゃんのクラン、人気があるから加入希望者が多いんだよ?でも、まだ数人しかいないから、九条君が入ってくれてうれしいな」
他の人もいるのかと、伊達さんを見ると少し笑った。
「クランのシステムを知らないだろうから、九条君に説明しよう。そもそもクランは三人以上じゃないと成立しない。リーダーと、サブ。それと管理だ」
「管理?」
お茶が運ばれてきて、大きなポットを相庭さんが持って氷の入ったグラスに注ぐ。
「クランの中でも管理は重要だ。信用がないと出来ない。管理とは武具や装備を持って移動する者だ」
僕が首を傾げると、伊達さんが笑う。
「九条君は少し違うかもしれないが、普通の探索者は武器や装備を持っている。それを移動の時に常に持って居る者はほとんどいない。つまりどこかにしまっている訳だ」
ああ、なるほど。つまり管理って人は。
「伝説のマジックバッグの様なものを持っていない者は、収納の魔導具を持つか、異能持ちを見つけて頼むしかない」
「それをいつも持って、管理してくれる人が、クランには必要なの。あと、報酬で揉めないようにアイテム管理もして貰うみたい」
「うちは今まで二人だったので、そういうのはなかったが」
料理が運ばれてくる。小さな取り皿もたくさん運ばれて来た。
「じゃあ、それぞれ取ってね。いただきます」
「いただきます」
並んだ料理は外食だけど、どこか懐かしい雰囲気もする料理だった。
本当に少しだけ貰って食べる。小籠包おいしい。
「うま」
「美味しいよね。〔孤虎〕が一番おいしい」
「台湾料理なら一番だな」
兄妹がうふふと笑っている。何だか見ている僕も嬉しくなる。
「そういう訳で、クランには管理は必須な訳だ。うちにも勿論いる。後で紹介する」
「天さん忙しいって?」
もぐもぐしながら相庭さんが伊達さんに聞く。
「ああ、レポートがヤバいらしい」
「いつもそんな事言ってるね、天さん」
ふと疑問に思って聞いてみる。
「その人がいないと、ダンジョンに行けない感じですか?」
「あ、いや。さすがにそれは」
伊達さんが、鶏肉を食べながら苦笑する。
「少しなら私達も手で持てるし、天さんが駄目な時は、武装は探索者協会のロッカーに入れて使うの」
「装備がたくさんある時は天がいないと駄目だが」
それは有利なのか不便なのか。僕には分からないシステムのようだ。
「天はダンジョンで見つけた魔導具で、ほぼマジッグバッグ並みの収容が出来る。だからいて貰って有り難いのだが」
「学校のレポートが何時も大変で、ダンジョン前に来るのもギリギリなの」
相庭さんも苦笑している。
取り敢えず頷いておく。
「早く博士課程を終えて欲しい」
「それは天さんの努力次第だよ、お兄ちゃん」
レポートで唸っている人は、博士課程は難しいのでは。
台湾料理は、優しい味付けで食べやすい。少しだけ鶏肉飯を貰う。
「あと、報酬は等倍で渡す。魔石は倒したものが貰う。アイテムはクランで相談してから分配する」
伊達さんが指折り数えながら、必要な事を言ってくれる。
「あの、何時もクランの人と一緒に行動しないといけませんか?」
「それは、どうなんだろうな?」
何故か伊達さんが首を傾げた。
「お兄ちゃんが単独の方が多いから、うちは自由だと思う。私がダンジョンに行く時はお兄ちゃんが一緒だけど」
そう言えばあの時も駆けつけてきたな。離れていたんだろうか。
「じゃあ僕も単独で行っていいですか?」
「かまわない」
「一緒に行ってくれると嬉しいけど」
相庭さんが言ってくるが、伊達さんが止めた。
「だめだ、芽久。九条君は術使いだ。剣士のお前の修行の妨げになる」
「なんでよ?」
「芽久が頼り過ぎて、修行を出来なくなる未来しか見えん」
「ああ~」
本人が納得の声を上げた。
「大きな依頼の時は呼んで貰えれば、駆けつけます」
「単独で行動の時は、全部総取りしてくれていい。ああ、でも」
僕は甘いデザートを口に入れて、伊達さんを見る。
「他のクランと合同で何かをするなら、事前に報告が欲しい」
「駄目って事ですね?」
「あー…駄目じゃないが、敵対クランが複数いる。というかランカーのクランは仲が悪い」
「え?そうなんですか?」
伊達さんは溜め息を吐いてから、ウーロン茶を飲んだ。
「自己主張の激しいやつしか、ランカーにはいない。俺も含めて」
伊達さんは話しやすい気がするけど。
「九条君は芽久の恩人だから、俺には特別枠だ。他とは争っているからな」
「順位を争っているのですか?」
「ダンジョンの到達階層を争っている。それから稼ぎを競っている奴もいるな」
なるほど?
僕が烏龍茶を飲んで満足していると、伊達さんがスマホを出してきた。
「俺にも連絡先をくれないか?クランの連絡で使いたい」
「あ、はい」
お互いのスマホで、連絡先を交換する。
「九条君は、いまどこのダンジョンに行っているの?」
僕達を見ていた相庭さんが聞いてきた。
「特には決めていないけど、第八に行って絡まれたから、少し悩んでいる」
「え、第八に行ったの?あそこ上級者用じゃなかった?」
「うん、調べたらそうだったね」
「何で行ったの?」
相庭さんもデザートを食べている。それ美味しかった。
「知り合いの所に行ったら、案外第八が近かったから」
「知り合い?」
何故か強めの言葉で聞かれる。
「うん」
「へえ。今度紹介してくれる?」
「なぜ?」
そういえば、小鳥遊さんも同じような感じだったな。
「なぜって、クランの人が誰に会ってるか気になるでしょ?」
「プライベートは気にならないけど」
皆どうしてそんなに、他人が誰かに会ってるのかが気になるのだろう?
「私が誰と会ってるのか、気にならない?」
「うん、ぜんぜん」
相庭さんが何だか名状しがたい顔で、伊達さんを見た。そしてなぜだか伊達さんが首を横に降る。
「俺を見ても無駄だぞ、芽久」
「そうだけど」
「え、僕、変ですか?プライベートも気にしなければいけませんか?」
伊達さんが苦笑して僕を見る。
「いや、気にしなくていい。芽久が言ってるのは常識的な事ではないからな」
「…ここのクランでは、気にするとか?」
「いやいや、本当にそういう事ではないんだ」
相庭さんを見ると、困った顔になっていた。
「クランでも、別にプライベートは言わなくていいよ。それが普通」
「そう」
「私が、九条君の日常が気になるだけで」
「…何故?」
聞いたけど、答えて貰えなかった。
僕の日常を聞きたい。どうしてだろう。別に誰にも言いたくはないのに。
「じゃあ次に会う時は、天も連れてくる」
「よろしくお願いします。今日はご馳走様でした。美味しかったし楽しかったです」
仲良し兄妹は見ていて楽しい。
「じゃあ、またね九条君」
二人が仲良く見送ってくれて、僕は手土産を持たされて家に帰る。
最初に相庭さんが出て来たお店は、昔からあるお菓子屋さんだったそうで、洗ったパーカーと一緒に渡された。
家に帰って静に渡すと、好評だった。
本当に有名なお店らしい。喜久家さんという名前で、ケーキが幾つか入っていた。一緒に食べるのは初めてで、静も美味しそうに食べるんだなあと思った。
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