双子の情報屋
無花果さんが、ローテーブルにクッキーやフィナンシェとかのお菓子を大量に置いた。追加でホールのケーキも持って来る。
ドンと置かれたそれは、大きく切り分けられて皿に置かれると、成田さんの前に置かれる。それを何も気にしないで成田さんが口に運ぶ。
どんどん飲み込まれていくケーキは、魔法のように無くなっていく。僕の顔を見た成田さんが小さく笑った。
「俺は、甘党で大食いだから気にしないで」
「はい。羨ましいだけです。僕は少食なので」
「そっか。食べられるだけでいいからね。無花果は大量に持って来るけど、手を付けなくていいから」
「はい」
本当に綺麗に無くなっていくのを見ている僕に、エリカさんが話しかけてくる。
「現状の話なら、三澄からも少しは聞いたかな?」
「はい、ダンジョンが進化したと聞きました。世界中のダンジョンが一斉に強くなったと」
僕の頷きに、双子が肯き返す。
「そうなのだよ。一昨日から急に幾つものダンジョンが機能を停止した。誰も踏破していないのにもかかわらず、だ」
「原因は不明。ただ中に入った人が言うには、階層が浅くても強いモンスターが出ているとの話で、入った探索者たちは想定外の戦闘を強いられたらしい」
お茶を飲みながら、双子から貰った情報を考える。
「それで、昨日の夜中に一斉にダンジョンが変化した。これは今までに起こった事がない変化だ。ダンジョンが何回も強くなっていたとしたら、人類はもう終末を迎えていただろうからね」
「原因の一つに、パニが関与していると思う。パニはダンジョンを無くしたいと思っているから、踏破後に現われるあの光球を破壊しているし」
パニッシュメントが随分省略されて呼ばれているな。
「あれは破壊できるんですか?」
「できるよ。ただ協会は利益のためにやらないし、出来ると言っても随分強敵らしいから、手間はかかる」
「なるほど」
確かにあれを壊すには、ボスだったゴーレムの何倍も時間が掛かりそうだった。
とても小さく切られたケーキが豆皿に乗せられて僕の前に置かれた。ひと口大のそれを食べてみる。甘くておいしい。
ローズさんが、クッキーをバクッと食べてから少し首を傾げる。
「でもパニが今までやっているからって、急な変化の原因というには弱い気もする」
「そうだね、もっと根本的な原因があるはずだ」
そう二人が言うと、話を傍観していた成田さんがふっと笑った。
「原因かあ。二人にも分かるはずだけどね」
「え、なに?」
「情報屋として、話して欲しいけど」
双子がせがむのを成田さんが眺めている。
「俺達に起こった変化が、そのままの原因だとは思えないのかい?」
「へ?」
「はあ?」
無花果さんも給仕をしながら何も話さない。双子は僕を挟んでお互いを見ている。それから首を傾げてじっと僕を見た。成田さんも無花果さんも僕を見つめる。
え、なに。
小さくうなずいて双子が呟く。
「ああ、なるほど。確かに世界は動くだろうね」
「あいつが、呪う相手を見つけたって事かな」
意味不明な話を、僕を中心に置いて話されている。説明が欲しい所だけど、その説明は無さそうだ。
邪神ちゃんが僕の顔にポンとぶつかった。
ハッとしてみると、顔にすりすりと頬摺りをしている。
「どうしたの?邪神ちゃん?」
嫌々のように邪神ちゃんの頭が少し揺れる。
僕の言葉を聞いた双子が少し目を細めた。
「そうか。今の君はそういう事なんだね」
「そちら側なら、それでいいよ。九条くんは」
この場所で邪神ちゃんの事を隠すつもりはなくて。普通なら邪神に好かれているなんて隠した方が良いのだろうけれど。
僕が生きてきた年月を殆んど一緒に過ごした相手を、手放さないのならば僕は全力で守るべきで。それはこの場でも同じだ。
隠すべきではないし、力も表明しておいた方が良い。
邪神にかなう人間など、殆んどいないのだから。
ただ、ここの人達は。
信用できるけれど、どこか分からないものを持っていて得体が知れない部分もある。もしかしたら邪神ちゃんを倒せるかもしれないけど。
成田さんを見ると、微笑まれる。
そうはしないだろう。
どこかから確信が湧きあがってくる。それが遠い日の記憶からだとしても、赤の他人の言葉よりよほど信頼できる。
それは僕の中から湧いてくるものだから。
それに、僕は此処で錬成を作ってもらったり、後々は魔導具も手に入れたいのだから、僕の魔法の特性を伏せたままではいられないだろう。それなら最初から教えてしまった方が良い。
「九条君の方は、何か変わった事はなかったのかい?」
成田さんが聞いてくる。
変わった事とは違うかもしれないけど。
「昨日、パニッシュメントの人と会いました。民族衣装を着たヤギの頭蓋骨を頭にかぶった男性と」
そう言うと、全員が黙った。
エリカさんが、グッとお茶を飲んでから頭を押さえて首を振った。
「それは、パニの主宰だね。東京に来ていたのか」
「その情報は入っていなかったね。どうして来たんだろう?」
ローズさんもやはり首を傾げる。
僕はお茶を飲んでから答えた。
「僕の知り合いが欲しかったそうです」
「え?九条君の知り合いを?」
成田さんが幾分、驚いた声で聞いてくる。
「はい、小鳥遊さんという、大魔女の孫娘さんです。探索者になって知り合ったのですが、利用価値があると言っていました」
「え」
「うわ」
二人が同時に変な声を出す。双子ってすごいな。
「あの一族を狙うとか、命知らずな」
エリカさんが呟いてから、フィナンシェを口に入れる。
「探索者になっている魔法使いは貴重だと聞いています。だからじゃないでしょうか?」
「まあ、そうだろうね。九条君も十分貴重だと思うけれども」
「いや、僕は」
「陰陽も出来るでしょう?」
成田さんに言われて僕はどんな顔をしたのか。ローズさんが少し驚いた顔をした。
「僕は陰陽に関しては、ポンコツなので」
「え、そうなのかい?そうは見えないけど」
「ポンコツです。あまり良く使えないですから」
「そう。じゃあ今は魔法を使って探索しているんだ?」
お替わりのお茶を貰って、口を付ける。
「ほとんど魔法を使っています。魔法の方が上手く使えるので」
大きなホールケーキの、六分の一がエリカさんとローズさんの前にも置かれる。
すこし悩んでから二人が食べ始めた。
「陰陽は苦手ってこと?」
ローズさんが聞いてくる。どう答えたらいいのかな?
「僕が教わった陰陽は、多分、どこかの家の継承とかでは無くて、とにかく全て壊して殺して消し去るような、そんな術式だけです。持っている魔法と大差ありません。まあ、陰陽の方は実物が残るのでえげつないのですが」
ごくりと唾を飲んでから、成田さんが聞いてくる。
「誰にそんな恐ろしい事を教わったんだい?」
「母です。小さい時にまるで気が狂ったように、術式をすべて出来るまで修行を繰り返していました。まあ、結局は母が亡くなるまで僕は良しと言われなかったのですけど」
エリカさんが僕を見たまま、聞いて来た。
「お母さんの名前は?」
「義父から聞いていないんですか?」
「うん。妹の話はタブーだって教えてくれなかったから」
「松崎 桃架です」
「ももか、もしかして植物の桃かな?」
そう聞かれて肯く。
「はい。植物の桃に、僕と同じ十字架の架です」
四人全員が、溜め息を吐いた。
「桃、か」
「桃、ですか」
「桃ってことは」
「ペー…」
最後にローズさんが何かを言いかけて、言葉を止めた。
「晩年はあらぬ話しかしなかったと、誰もが言っていました。母は僕を生んでから妄想が凄かったと言われています。僕にも色々言っていましたが、あまり覚えていません。なにせ二歳から五歳の間ですし」
冷めたお茶の残りを飲む。事実だが、あまり良い話ではない。
「だから僕の陰陽は、出来損ないなんです。本来の松崎の陰陽ではなく、元の家の九条の術式でもない。何処が出自なのか分からない術式をただ無駄に覚えているだけなので」
しかも一回も是と言われなかったものだ。
「その後は誰かに教わらなかったのかい?松崎家と言えば有名な陰陽の血筋だろう?」
「僕に教えようという人はいませんでしたね。母がいなくなってすぐに後妻と連れ子が来て、そちらが主軸になりましたので」
何で身の上話をしているやら。
今まで誰にも言った事など無かったのに。ちょっと僕も気軽くなっているな?気を引き締めないと駄目だな。
「それは大変でしたね」
無花果さんが言って、僕はソファに座りなおす。
「あまり話したい話ではないです。僕の身の上話はもういいので、具体的にこれからの活動方針を考えたいです」
僕の言葉に皆がはっとしたようだが、エリカさんが長い髪をいじりながら呟く。
「そういっても、やれることはパニに気を付けながら、ダンジョン探索をするぐらいしかないと思うよ?」
「必要なものは私達でいくらでも用意できるけど、この中に探索が出来る人がいないから、ダンジョンの直接の情報は、九条くんが実体験で取るしかないと思うよ?」
それしかないか。
全てのダンジョンが新しくなってしまった以上、これからまた踏破する事になるはずで。それはでも、僕以外のランカーたちがきっともう、やっているはずだ。
「あの、僕の義父は、パニッシュメントですか?」
これは聞いておきたい。
四人がそれぞれ複雑そうな顔をしてから答えてくれた。
「だいたい、パニ」
「まあまあ、パニ」
「パニに参加はしていないと思う」
「思想はパニだと思います」
ああ、その意見ではパニッシュメントだと言っているようなもので。
親子で方針が違うのは少し面倒だな。
溜め息が漏れる僕を見て、成田さんが提案してくる。
「九条君に連絡先を伝えておきなよ、二人とも。出来れば綿密に情報を渡して欲しい」
「そうだね、じゃあスマホ出して?」
「あ、はい」
そうやって連絡先を交換しながら、成田さんを見る。
「成田さんも、教えてくれますか?」
「え、俺の?うん、いいけど」
なぜか、あまり積極的でない成田さんに首を傾げると、無花果さんが首を振った。
「宗典さまは、びっくりするぐらい返信不精です」
「ちょ、無花果」
「ですので連絡は、電話が良いと思います」
メールが苦手と、そういう訳ですね。
少し拗ねたような顔で、僕のスマホに連絡先を入れてくる。KOLONでもなく普通にメールと電話番号を貰った。
二条の二人はKOLONも直の連絡先も両方入っている。
「そのアプリは便利だけど、ちょっと怖いからね」
「…情報としては、直メで送ると思う。何かを経由はしたくないからね」
「あ、はい。分かりました」
スマホ一つにそこまで考えていなかった僕は、二人に言われて肯いた。
今日はダンジョンに行くのは止めよう。
これだけの情報を持って、考えないまま行動するのは良くないと思うし、今の時間から行けるのは、すぐ傍の東京駅ダンジョンだけで。
いや、さすがにあそこは、ただでさえ日本で最難関だったのに、進化したって。
誰も帰って来れないんじゃないか?
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